ソリッドなシチュエーションの時点で8割勝ち、というちょっと変わった戦争映画。『ザ・ウォール』の舞台は広大な砂漠なのだけど、密室劇のような感触のある作品である。


シチュエーション設計の時点で優勝な緊迫感


2007年、ブッシュ大統領が勝利宣言を発表するも、なおも戦闘が続くイラク。パイプライン工事で発生した銃撃事件の調査のため、狙撃手のマシューズと観測手のアイザックから成る2人のチームが現場に派遣されて20時間以上が経過していた。長時間の監視を経ても事件を起こした敵スナイパーは発見できず、2人は監視を打ち切って帰投することを決定。現場に放置されていた無線機を回収するべく、マシューズは事件現場へと移動する。

そこに撃ち込まれる敵スナイパーの銃弾! その場に倒れこんだマシューズを救出するべく駆けつける観測手のアイザックだが、彼自身も脚に被弾し、半ば崩れつつ立っていた瓦礫の壁の裏側に飛び込む。脚の負傷を止血しつつ助けを呼ぼうと長距離用無線機を操作するアイザックだが、無線機は銃撃で破損していた。やむなく起動した短距離用無線機から聞こえてくるのは、米軍から恐れられた伝説のイラク人スナイパー"ジューバ"の声。敵の狙撃手と対話しつつ、圧倒的に不利な状況で反撃の機会を伺うアイザックに打つ手はあるのか。

現在、米軍のスナイパーが単独で行動することはほとんどない。大抵はスコープ付きの狙撃銃を使って実際に狙撃をする狙撃手(スナイパー)と共に、観測手(スポッター)という兵士が任務に当たる。このスポッターというのは自分も狙撃手としての能力があるが、狙撃手を狙撃に集中させるために天候を読み取ったり周囲の状況を把握したり後方と連絡したりという近距離の敵と戦ったりという仕事をこなす立場。『ザ・ウォール』の主人公アイザックはこのスポッターである。なので、彼自身は長距離を狙うことのできる銃を持っていない。

そんなスポッターのアイザックが放り込まれるのは「遮蔽物になっている崩れかけた壁を出た瞬間に撃ち殺される上に、無線を通して敵のスナイパーから煽られまくる」という悪夢のような状況だ。スポッターを主人公にしつつ、逃げ場なし、連絡手段なし、水も食料もなし、対抗できる武器なし、というないない尽くしの状態を成立させた時点で、この映画は半分くらい勝っている。

こういう内容の作品なので、映画全体に登場する人物は3人だけ。終始緊張感を保ちつつ、絶対的な窮地からどうやってアイザックが生き延びるのかでストーリーを引っ張るとともに、アイザックの使う単眼鏡などが後半で伏線として立ち上がってくる構成は見事だ。戦争映画ではあるが、どちらかというと舞台劇っぽい雰囲気の作品である。

正味、敵の方が主人公っぽくないですか


この映画の真の主人公と言えるのは、姿の見えない敵スナイパーの"ジューバ"である。ジューバというのは一応実在したとされている人物で、イラク戦争時に37人のアメリカ兵を狙撃したとされる。2005年、インターネットにアメリカ兵を次々に狙撃する映像を流し一躍有名になったが、覆面をかぶり音声を加工していたことから正体や生死は一切不明。『ザ・ウォール』が題材にしているのは、この"ジューバ"だ。

前述のように、劇中でジューバは一切姿を現さない。短距離用の無線機から声だけが聞こえ、アイザックらをいたぶるように遠くから銃撃を加えてくるだけである。しかし、会話の内容からするとジューバには欧米への留学経験があり、古今の文学に通じ、そして何より重要なのが劇中において「戦う理由」があるのは彼だけなのだ。

アイザックもマシューズも基本的には「仕事で他人の戦争に出張ってきてる兵士」にすぎない。そんな彼らに対して、ジューバは自分が戦っている理由を無線で明かす。どこまで本当なのかはわからない。しかし、20時間以上におよぶ長時間の潜伏を耐える忍耐力や狙撃を可能にする集中力を見るに、その覚悟や訓練は並大抵のものではない。

アイザックやマシューズはおそらくアメリカ海軍の特殊部隊であるSEALsの所属なのだが、優秀な兵士であるはずの2人を軽々と手玉にとるところからもジューバの卓越したテクニックは伺い知れる。戦う理由があり、そのために修練を積み、強力な敵に心理戦をしかけつつ単独で立ち向かう。要素だけ抜き出すと完全にジューバが主人公ではないか……。

というわけで、いつのまにか途中から「ジューバ先生めっちゃ強いやないですか……」という変な心の奪われ方をしてしまった。一発当たったら即終了という緊迫感に満ちた、アリジゴクのようなジューバ先生の大暴れは必見である。
(しげる)