今回は森七菜にすべて持っていかれた。次世代女優のトップランナーは彼女だ。

岡田惠和脚本のNHK土曜ドラマ「少年寅次郎」。国民的人気を誇った映画「男はつらいよ」の主人公・車寅次郎の少年時代を育ての母・光子(井上真央)との関係を中心に描く。

原作は山田洋次による『悪童(ワルガキ) 小説 寅次郎の告白』。映画とドラマの関係については、こちらの記事をご覧ください。


「死」で覆い尽くされる「くるま屋」


先週放送された第3話は、大きく2つに別れていた。大まかに言えば、前半は「死」の匂いが濃厚で、後半は「生」の気配があふれ出ていた。

まずは前半。昭和20年の大晦日、寅次郎(藤原颯音)の父、平造(毎熊克哉)が戦地から葛飾柴又の「くるま屋」へ帰ってくるところから始まる。

ろくでなしの遊び人で屁理屈と悪態ばかり言っていた平造だったが、戦争が人を変えてしまったようで、家にいても無言でうつろな目をするばかり。心から可愛がっていた娘のさくらを見ると目を剥いて怯えはじめて、「連れて行け」とうめく。夜中にうなされ、「俺は嫌だ!」と叫んで家を飛び出すと、帝釈天の門前に這いつくばって手をこすり合わせる。許しを乞うような姿だ。

「平造のやつ、戦争で殺したんじゃねえのか。子どもをさ。さくらくらいのさ、子どもを」

祖父の正吉(きたろう)は息子の戦場での体験に想いを馳せる。岡田惠和の脚本は、非常に簡潔に、しかし極めて残酷に、戦場の地獄を示唆している。可愛くて仕方がなかった娘のさくらと同じような子どもを自分の手で殺さなければいけない。そんな状況に追い込まれてしまうのが戦争だ。

原作の小説では、平造はパラオ諸島のペリリュー島から帰ってきたことになっていた。2014年に放送されたNHKスペシャル「狂気の戦場 ペリリュー 〜“忘れられた島”の記録〜」でその名を初めて知った人も多いかもしれない。原作では、寅さんによって次のように語られている。

「何しろ、一万人以上の日本兵が弾薬や食料の補給がいっさいなくて、何万人という武器も食い物もたっぷり持ったアメリカ兵と戦って、というよりこっちはもう撃つ弾なんかないんだからひたすら殺戮されて、生き残ったのはたった二百人だそうですよ」

苛烈な戦地から生還し、半死半生の身のまま、やっとの思いで家まで帰ってきたら、愛する息子の昭一郎(山時聡真)は戦中に病死していた。無口だが平造のことを心配していた正吉も、流行性感冒(インフルエンザ)に倒れ、「お前、元に戻れよ」という一言を遺して死ぬ。

「死」が覆い尽くしていた「くるま屋」の転機になったのは、平造の弟・竜造(泉澤祐希)の戦地からの帰還だった。平造は涙を流して喜び、寅次郎も心からの笑顔を浮かべる。ここでようやく車家の戦争が終わったということなのだろう。

寅次郎の初恋の相手は森七菜


3年の月日が流れて舞台は昭和23年へ。街は徐々に活気を取り戻し、アロハにリーゼント姿の若者も見かけるようになっていた。「くるま屋」では、おいちゃんこと竜造と妻のつね(岸井ゆきの)が光子たちと一緒に働くようになっていた。

12歳になった寅次郎役を演じる井上優吏も、若干都会的でスマートではあるが、渥美清の気配たっぷり。藤原爽音くんといい、よく見つけてきたものだ。若き日のタコ社長こと桂梅太郎を演じる新納だいも、なんとなく太宰久雄っぽい。この頃から2人が何かといがみ合っているのがおかしい。

で、寅次郎の初恋の相手が、タコ社長の朝日印刷で働く工員のさとこ(森七菜)。故郷の山形から出てきたばかりで山形弁が抜けない18歳。素朴で、笑うと目がなくなるような可愛らしい娘だ。あと、人との距離がちょっと近い。これは寅次郎ではなくとも好きになる。

演じる森七菜は、映画「天気の子」のヒロイン・陽菜役を務めたブライテスト・ホープ。岩井俊二監督「Last Letter」への出演のほか、朝ドラ「エール」への出演も決まっている。映画「最初の晩餐」では、「スカーレット」主演・戸田恵梨香の少女時代を演じ、戸田にして「本当にきれいで驚愕しました」と言わしめた。たぶん、この後、活躍しまくるだろう。

日本のお母ちゃん・井上真央


大雨の夜、一緒にさとこ手作りの芋煮を食べて有頂天だった寅次郎だが、すぐに奈落の底へと突き落とされる。さとこは鰻屋の千吉(尾上右近)に惚れていたのだ。「歌舞伎役者みたいな顔」と噂されていた千吉を演じているのが本物の歌舞伎役者というのがおかしい。

しかし、千吉は傲岸不遜なプレイボーイだった。いつも女性ファンに囲まれ、「くるま屋」にも水商売と思しき派手な女性と一緒にやってきていちゃついている。そこへ、さとこが鉢合わせてしまった。

いつもニコニコしていたさとこの表情がすーっと固まると、つかつかと千吉のもとへと歩み寄る。千吉にしなだれかかる女に「誰、この田舎娘?」と嘲笑されると、「あんたこそ、誰!」と硬い声で敢然と言い返す。千吉にも詰め寄るが、逆に「何で俺がお前みたいな町工場の田舎娘と一緒になんか」と笑われると、みるみるうちに目に涙がたまっていき、うつむいて店を出ていってしまう。

素朴な朗らかさと芯の強さと純情さ、そして深い悲しみという感情の起伏が短い時間で一気に表現され、視聴者にも怒涛のごとくそれが伝わってくる。これはすごい女優だ。ネクスト井上真央と言ってもいいかもしれない。

さとこは山形に帰ることになり、寅次郎は千吉にささやかな復讐を果たすが、寅次郎の初恋は悲恋に終わる(この後、一生ずっと悲恋ばかり続くのだが)。なお、原作では寅次郎とさとこは20年後に山形で再会を果たすが、さとこの長男が千吉にそっくりだったというブラックなオチがつく。

第3話の前半は大人の男たちが決めた戦争が人々を死に追いやり、後半は若者たちが大人とは関係ないところで好き勝手に恋をしていた。戦争は子どもたちを殺し、恋は子どもたちを生き生きとさせる。どっちがいいかなんて、わかりきったことだ。

今回、井上真央の出番は少なかったが、寅次郎の初恋を知って「そうか……つまんないね、母親なんて」と諦めたような微苦笑を浮かべる場面が印象的。まだ32歳の井上真央だが、すっかり「日本のお母ちゃん」のような風情が漂っていた。

今夜放送の第4回は、寅次郎の実の母親がやってくる。寅次郎がなぜ大好きな光子のそばを離れて家を出ていくのか、その理由の一端も明かされそうだ。21時から。
(大山くまお)

作品情報
NHK土曜ドラマ「少年寅次郎」
脚本:岡田惠和
演出:本木一博、船谷純矢、岡崎栄
音楽:馬飼野康二
出演:井上真央、毎熊克哉、藤原颯音、泉澤祐希、岸井ゆきの、きたろう、石丸幹二
制作統括:小松昌代、高橋練
制作:NHKエンタープライズ
製作:NHK