千里さん(仮名、70歳男性)は3つの店舗を経営する飲食店のオーナー。20年共に生活している同性パートナー(60歳)はフリーランスのライターで、それなりに仕事はあるものの千里さんほどの経済的基盤がないことが心配。最近は専ら、事業を誰に引き継ごうか、どのようにしたらパートナーに財産を分与できるのか、と思案しています。

●「彼に全てを遺したい」千里さんの願いを阻む日本の現状とは… 

遺言

千里さんが苦労して築いてきた財産は、このまま何もしなければ民法の定めに従って法定相続人(千里さんの場合は姉と弟、またはその子)に渡ることになります。購入した家も相続の対象となるので、そのままパートナーが住むことは難しい可能性が高くなります。千里さんの意思を表明するためには、遺言書を正しく残すことが有力な手段となります。

「自筆証書遺言」「秘密証書遺言」「公正証書遺言」が主な手段となりますが、それぞれ定められた形式を守らないと無効になってしまうので注意が必要です。

自筆証書遺言は自分で作成でき、2020年から法務局が原本を保管してくれる遺言書補完制度が始まったことで紛失や隠匿が防止できるほか、遺言書があること自体を遺された人が確認しやすくなりました。ただし、作成時の判断能力や形式を第三者がチェックしているわけではないので、形式上無効と判断されたり、有効性を巡って争いになってしまう可能性があります。

一方、公正証書遺言は公証人が関与し形式をチェックしてもらえるため、より確実な方法といえますが、当然のことながら費用が発生します。秘密証書遺言は公正証書遺言のように公証人と証人が関与して遺言があることを証明してもらいつつ、その内容は秘密にしておけるものですが、あまり利用されていません。

遺贈

最近、関心が高まっているのが「遺贈寄付」です。遺贈寄付とは、亡くなった際に遺産の一部または全部を自分の選んだ団体等に譲ることを指します。遺言によって寄付する場合もありますし、相続した人が故人の意向に従って寄付する場合もあります。そのほか、生命保険や信託の仕組みを活用する場合もあります。寄付先とのコーディネートを手掛けるサービスも出てきており、相続人のいない人が増える中でこれから活発になる分野といえるでしょう。

千里さんの計画

専門家に相談したりインターネットで調べたりしているうちに、千里さんが不安に思っていたことが徐々に整理されてきました。事業については、右腕としてずっと働いてくれている人が引き継ぐ気があるかどうかを確認し、引き継いでくれる場合は信託契約や遺言によって形にしておこうと考えています。

自分の心身が弱ったときのためには、パートナーと任意後見契約を結んでおくことが有効かもしれないと思いつつも、かなりの書類仕事が発生するとも聞くので、負担になるかもしれないと心配です。専門家への依頼も検討しています。

●「任意後見契約」でできること、できないことは? 

死後のことについては、遺言を書きつつも、普通養子縁組によってパートナーを千里さんの子とし、法定相続人に含めることも考えています。この場合はパートナーと実の親との親子関係は維持されるので、千里さんが心配していたように「縁を断つ」ことにはならないと知り安心しました。

また、遺贈の仕組みも知ったので、社会貢献したいという気持ちも湧いてきました。同性カップルがもっと生きやすいようにするための取り組みをしている団体が寄付先候補です。

いずれにしても、死後にトラブルにならないよう、契約や書面をしっかり残すとともに、故郷の姉と弟にも自分の意思を知らせておく必要があるなと思っています。