<前回まで>
ファンドの仕掛け人にスポットを当てる投信人物伝。農林中金バリューインベストメンツ(NVIC)常務取締役CIO(最高投資責任者)である奥野一成氏のロングインタビューも今回で最終話です。これまで奥野氏に自身のキャリアやNVICの立ち上げ、著名ファンド「おおぶねシリーズ」への想いなどを伺いました。NVICは「経世済民」を中心理念に据え、価値に基づく資本配分を通じ世の中を豊かにすることを目標としてきました。「売らなくていい企業しか買わない」運用を進め、長期保有の本当のリスクがとれる個人投資家に機関投資家向けの運用を「おおぶねシリーズ」として開放します。投資家はファンドを通じ永続的に価値を生み出す企業のオーナーになり、資産を増やしながらも世の中をより良いものにするという資本主義のあるべき姿にふれることが可能になります。たとえ一時的な含み損を抱えようとも保有する企業の素晴らしさに納得してもらうことが長期運用の重要要素ととらえ、いまなお投資家との対話を重視した取り組みを続けるのです。

事業を見極める能力を磨き、ファンドの運用クオリティを向上へ

いよいよこの連載も最終回になりました。最後は、私たち農林中金バリューインベストメンツ(NVIC)が、どういう未来を目指しているのかに触れたいと思います。
といっても、これまでと違う方向に、大きく舵を切るわけではありません。NVICの未来は、今まで取り組んできたことの延長線上にあります。それはつまりで述べたNVICの設立趣意書に明確に規定したNVICにとってのステークホルダー「投資家」「投資先企業」「投資コミュニティ」への価値提供以外にありません。

第一に、当然ですが、私たちのプロダクトである「おおぶねシリーズ」の運用クオリティを向上させることです。資産運用や企業の本質に迫る分析には、明確な正解もゴールもありません。今、私たちが取り組んでいるように、売らなくてもいい会社、長期的に価値を創造し続けられる会社を発掘する能力を高めていきます。ビジネスを見るという点を、ひたすら深化させることによって、おおぶねシリーズの運用クオリティを絶えず向上させていく努力を続けていきます。

私たちの「事業の経済性を見極める能力」を高めてくれたのは、紛れもなく15年に及ぶ企業経営者の方々との対話です。長期投資家である私たちは、企業価値を増大させるという同じ目的のために経営者の方々と経営戦略、経営資源配賦について議論します。そのミーティングに臨んで、私たちは決して「手ぶら」ではいきません。私たちがその企業が営む事業の経済性に関する仮説をぶつけるべく、独自に作成した資料を持ち込み、それをベースに議論します。実際に欧米のグローバル企業に訪問し、議論を重ねて深まった知見は、日本企業の経営者と議論するときに大きな効果を発揮します。

私たちが持ち込む独自資料は相当な量に及ぶこともありますが、「NVICのこの資料って面白いんだよね」と経営者やIRの方々からフィードバックを受けるのは楽しいものです。私たちが行う本質的な議論というものは、直ちに企業価値を増大させるものではないことは百も承知です。しかし本当に大事な物事というものは、時間をかけて、しかも着実に効いてくるものなのだと思います。

このような企業との本気の議論の蓄積を通じて、私たちの「事業を見極める能力」は磨かれていきますし、長期的には投資先の企業価値増大にもつながっていくという「一粒で二度美味しい」相乗効果を発揮してくれるのです。

「長期投資コミュニティ」を設立し、機関投資家、個人投資家の満足度向上へ

二番目に取り組みを強化したいのは、受益者である機関投資家、個人投資家の満足度を高めることです。

もちろんファンドの運用クオリティが向上すれば、自然と受益者の満足度も高まるはずですが、それ以外の面で何が出来るのか。今、さまざまな試みを検討している最中です。

たとえば長期投資のコミュニティをつくるというのも、ひとつの方法でしょう。単に運用会社と受益者の関係だけでなく、受益者同士のつながりが出来たら、どういう化学反応が起こるでしょうか。

趣味やビジネスなどさまざまなジャンルのコミュニティ、あるいはオンラインサロンなどは多数運営されていますが、資産運用、長期投資のジャンルで参加者が腰を据えてコミュニケーションできるようなものはほとんど目にすることがありません。おおぶねシリーズの受益者を中心にして、このようなコミュニティが立ち上がり、受益者間のコミュニケーションが行われるようになったらどのような世界が広がるのか、などと想像するだけでワクワクしてきます。

、運用の手触り感を持っていただくために、おおぶねメンバーカンファレンスを開催した話をしましたが、同じような観点で、毎年定期的に開催している「年次総会」も、さらに充実させていきたいと思います。

2021年4月、コロナ禍でなかなか開催できなかった第3回目の年次総会を開催しました。「おおぶねグローバル」の投資先であるラショナル社にご協力を仰ぎ、自分たちが受益者になっているファンドの投資先がどういうところなのかを体感していただきました。

ラショナル社は、スチームコンベクションオーブンという業務用オーブンで50%超の世界シェアを持つ、ドイツの会社です。

この会社はセールス方法が独特で「クッキングライブ」という形態をとっています。これは、世界に300人いるセールスシェフが、製品を買ってもらいたい先であるレストランのオーナーやホテル・旅館のオーナーなどを招き、実際にラショナル製品を使って調理したものを食べてもらうことでオーブンの良さを体感して頂き、販売につなげていきます。おおぶねシリーズの受益者をラショナル社の日本オフィスに招き、このクッキングライブを体験していただきました。

資先企業であるラショナル社のクッキングライブを開催し、受益者にファンドへの理解を深めてもらったNVICの年次総会

2013年から投資しているラショナル社には何度も訪問し、実際に私もラショナル製品で調理したものを食べてみましたが、実に美味しかったことを覚えています。このように「美味しい!」という感動を、受益者向けに定期的に出している運用レポートや、オンラインセミナーのみで伝えるのは限界があります。

でも、年次総会に参加していただき、実際にラショナル社の製品で調理したローストビーフなどを、その場で食べてもらえれば、ラショナル社の強みが一発で分かるだけでなく、こういう会社に投資しているおおぶねシリーズの強みも理解していただけるでしょうし、それが顧客満足度の向上にもつながると信じています。

第4回目となる今年も、9月に投資先の医療機器メーカーの施設見学会を企画しています。模擬手術室の中で、普段は絶対に手にすることがない医療機器を実際に触ってもらい、当社の技術の凄さを実感してもらいたいと考えています。

若者の「投資家マインド」を育む投資・金融教育を推進

三番目の柱になるのは、「投資教育・事業教育」です。ファンドの運用クオリティ向上と受益者の満足度向上を通じて、おおぶねシリーズやNVICの魅力を高めるのと共に、もうひとつ私たちがこれから力を入れていくのは、これからの日本を支える若者や子供たちに、「投資家マインド」を持ってもらえるような投資教育を行っていくことです。

2000兆円を超える個人金融資産のうち、52%が現預金に集中しているのが、日本の現状です。それは、自分が持っているお金をどのように活用していけばいいのか、ということについて、「わからない」あるいは「きちんと考えたことがない」という人が多数を占めることの何よりの証拠でもあります。その状態で子供たちが大人になったら、他人に働いてもらうという「投資家」としてのマインドセットは醸成されることなく、「労働者」として自分で働いて稼いだお金だけで生きていくしかありません。

今から50年、あるいは60年前の日本で生きてきた人は、労働者としての人生でも十分に幸せでした。それは、日本という国が戦後発展途上で伸び盛りだったからです。

でも今はどうでしょうか。GDPはもう30年近く横ばいです。加えて超高齢社会と少子化の加速により、人口はどんどん減っていきます。下手をすれば、未来のGDPは横ばいどころか、どんどん下がっていくことも考えられます。そのような時代に労働者マインドしかなかったら、報われない生涯を送ることになります。そうならないようにするためにも、私たちは日本の未来を担っていく子供たちに、投資家マインドを持つことの大切さを教えていかなければなりません。

NVICは、2022年4月から高校家庭科の授業で金融教育が必修になったことに合わせ、高校の先生に教科書の補助教材として使用して頂ける金融教育の教材を開発し、全国の先生に無償で提供しています。(※参照:)。

先生の中には、「金融の知識、ましてや投資の経験がないのに、子供に教えることが出来るのだろうか」という不安の声があると聞いたので、金融の知識や投資経験が無くても「投資とは何か?」ということを理解できる内容にしました。その目指すところは、投資というのは金融投資だけでなく、特に高校生にとっては自己投資の方がより重要であることを理解してもらうことにあります。

資本主義の本質は、お金を持っている人が、そのお金を然るべきところに投じることによって、世の中をより良いものにしていくことにあります。そのお返しとして受け取る「お金」というのは「ありがとう」の印であり、問題解決の対価なのです。

金融教育を通じて、一人でも多くの子供たちがそのことを理解し、投資家マインドを持つようになれば、日本の未来は確実に開かれていくでしょう。

NVICは、株式投資を通じて人々の資産形成に寄与するのと同時に、日本人の多くが抱いている労働者マインドを、投資家マインドに変えることによって、より豊かな日本を創造する一助になることを目指しているのです。

経済の力で国民を豊かにする、この「経世済民」の哲学こそが農林中金バリューインベストメンツがこれから50年先も100年先も生き残っていくための存在意義(レゾンデートル)なのです。

(おわり)

取材・文/鈴木 雅光(金融ジャーナリスト)