金融ビジネスの転換で着実に増える「ラップ専用投信」残高
野村総合研究所金融デジタルビジネスリサーチ部が作成した「日本の資産運用ビジネス2022-2023」が発行されました。詳しい内容を知りたい人は、野村総合研究所のサイト(日本の資産運用ビジネス | 野村総合研究所(NRI))から全文をダウンロードできるので、興味のある方は読んでみて下さい。
全文は20ページ程度にわたるもので、分析内容も年金や投資顧問、私募投信など、個人とはあまり関係のないものも含まれているので、本稿では個人の資産運用に関係のあるところだけを抽出して解説します。
データは各年とも年度末(3月末)時点の推移で、2022年3月末時点の公募追加型株式投資信託(ETFを除く)の残高は、2年連続で過去最高を更新しました。このレポートでは、リテールビジネスにおける投資信託の資金流入経路を、「一般の投信」つまり証券会社や銀行を通じて販売されている投資信託と、「ラップ専用投信」、「DC専用投信」の3つに分けて、残高や資金流出入の推移をチェックしています。
絶対的な残高としては「一般の投信」が最も大きいものの、資金流出入を見ると、一般の投信は2014年3月末から2022年3月末に至るまで、多くの年度において資金流出状態にあります。それが2021年3月末に、一転して大幅な資金流入になっているのは、分配型投信の解約にともなう資金流出が一巡したのと共に、分配金支払による資金流出が抑制されたためと見られています。分配金の総額は、ピーク時の3割まで減少したと、同レポートで説明されています。
また、「DC専用投信」は毎月定期的に積み立てていく確定拠出型年金を通じて買われる投資信託なので、加入者の増加ともあいまって、安定的な増加傾向が今後も期待されます。
それとともに、着実に増えているのが「ラップ専用投信」の残高です。この背景にあるのは、大手証券会社や銀行、その他の金融商品仲介業者などがラップ・サービスを用いた残高営業を行っているからと考えられます。
特に大手証券会社のリテールビジネスは、株式の売買委託手数料や投資信託の購入時手数料を積み上げるコミッション営業が、ほぼ機能しなくなりつつあります。すでに一部のネット証券会社は、株式の委託手数料をゼロにする方向に舵を切り始めました。こうしたなかで大手証券会社のリテールビジネスが生き残るためには、ラップ・サービスを核にしたフィーベースのアドバイスサービスを展開するしかありません。
それは大手証券会社に限らず、他の対面型証券会社も同じですし、銀行にも当てはまります。その点で考えると、ラップ専用投信の残高も今後、大きく伸びることが期待されます。
老後2000万円問題が起因?20〜30代の投信保有者が急増
次に注目したいのは、「投資信託を保有している人の割合」です。同レポートでは、2012年、2015年、2018年、2021年の各年において、20代、30代、40代、50代、60代、70代の各年代で投資信託を保有している人の割合がどう推移したのかをグラフで表示しています。
これによると、2018年に比べて2021年の状況は、20代と30代の投資信託保有者が大きく伸びている点が注目されます。これは、2019年に金融審議会市場ワーキング・グループが出した報告書によって、いわゆる「2000万円問題」が噴出し、世間の関心が老後資金に向いたからと考えられます。
ちなみに投資信託を保有している人の割合を、2012年から2021年までの推移でみると、20代、30代、40代、50代の各年代は年を追うごとに上昇傾向をたどっているのに対し、60代、70代についてはその傾向は見られませんでした。とはいえ60代の場合、2021年の割合は他の年に比べて最も高いので、やはり投資信託に対する関心は高まっているものと思われます。この理由のひとつとしては、やはり「人生100年時代」が意識されているからでしょう。
では、投資信託の購入理由はどうでしょうか。同レポートでは20-59歳と60歳以上で分けて、2012年から2021年にかけて、購入理由がどのように変化しているのかをグラフで示しています。
それによると、20-59歳までの購入理由で、2021年にかけて大きく増えているのは「長期にわたっての資産運用として」という回答比が大きく伸びており、全体の60%を占めています。それ以外では「比較的少額でも投資できるから」、「積立て投資ができるから」、「分散投資ができるから」の順になっています。
ちなみに各年の推移を見ると、「比較的少額でも投資できるから」の回答比はほぼ横ばいですが、「積立て投資ができるから」、「分散投資ができるから」という2つの回答比は2021年が最も高くなっており、この点から金融庁が提唱している「長期」、「積立」、「分散」投資が徐々に浸透しているように思えます。
投資信託を保有する理由に、短期値上がり益を狙う割合が減少
なお、回答比の推移で大幅に下げているのが「短期の値上がり益を期待して」の項目です。2012年の時の回答比では、「長期にわたっての資産運用として」という回答比とほぼ同率でトップ回答でしたが、2021年は上から5番目の回答比になりました。「投資信託は短期の値上がり益を狙うための商品ではない」という認識が広まっているのは喜ばしいことです。
一方、60歳以上の購入理由は、20-59歳までの回答割合とやや異なります。特に2012年から2018年までは、「定期的に分配金が受け取れるから」が最も高い回答比でしたが、2015年をピークにして徐々に低下傾向をたどり、2021年には「長期にわたっての資産運用として」の回答比と逆転しています。これによって、60歳以降も投資信託を長期投資の対象として捉える人が徐々に増えていることが分かります。これも前述したように、「人生100年時代」の意識が強まってきたからでしょう。実際、60歳から資産運用をスタートさせたとしても、たとえば80歳までなら20年ありますから、十分に長期投資に耐えられるというわけです。
最後に特筆すべきなのが、「ESG」や「SDGs」をテーマにした投資信託についてです。一時期、「ESG」や「SDGs」関連の投資信託が多数設定、運用されました。ある意味、社会貢献をテーマに据えた投資信託だったわけですが、購入理由を見ると、最も回答比が低いのは、「投信の購入を通じて社会貢献ができると考えたから」です。これは20-59歳と60歳以上という年齢別、そして2012年から2021年までの各年においても、最低の回答比になっています。
別な言い方をすると、「ESG」や「SDGs」をテーマにした投資信託が人気化したのは、「そのテーマなら儲かるかも知れない」と考えた人が多数いたということなのです。これはいささか皮肉な結果と言わざるを得ない状況です。