2022年11月に仮想通貨交換業における世界最大手のひとつ、FTXトレーディングが経営破綻した。同社の財務健全性が疑問視され、投資家がFTXから資金を引き出す「取り付け騒ぎ」で資金繰りが行き詰まったのが原因だ。顧客資金の不正流用などの疑惑もあり、創業者が逮捕・起訴されるなどの刑事事件にも発展している。
仮想通貨市場の信頼性も大いに揺らぎ、代表的な通貨ビットコインは2022年11〜12月中旬にかけて20%以上下落した。そんな一連の騒動の原因となったのが、FTXと並び業界をリードしてきた仮想通貨取引所バイナンスの存在だ。とくに同社CEOはFTXの破綻劇において、主導的な役割を果たしたとの見方もある。そこで今回は、仮想通貨市場での存在感をさらに増しているバイナンスについて解説する。
業界屈指のオピニオンリーダー「CZ」が率いる無国籍企業
バイナンスは2017年に設立された仮想通貨取引所だ。創業当初は中国・香港に本社を置いていたが、中国当局が仮想通貨取引の規制を強化したことに伴い撤退。以降は本社所在地を明確にしない独特な運営体制をとっている。
創業から5年とほかの主要取引所と比べ後発の部類に入るが、豊富な取り扱い銘柄数や証拠金取引・先物といった投機性の高い商品の提供、積極的なグローバル展開などにより急速にユーザー数を拡大した。
現在確認されている登録ユーザー数は約1億2000万人。利用者の国別構成比率は明らかになっていないが、米国をはじめ全世界で広く利用されているようだ。日本にも一定数のユーザーがいるが、バイナンスは金融庁の認可を受けていない。
2022年12月中旬時点の日次取引高は全取引所中1位の100億ドル以上にのぼり、2位の米コインベースと比べ5倍以上。週次アクセス数はコインベースの約15倍と、新興企業ながら業界トップの座に君臨している。
米大手メディアブルームバーグは、仮想通貨市場が比較的堅調だった2021年におけるバイナンスの収益について、少なくとも200億ドルと推定した。また、同年11月のウォールストリート・ジャーナルの報道によると、バイナンス元幹部が「現在の取引高と取引手数料から考えると、上場したときの企業価値は最大3000億ドルにものぼる可能性がある」と言及。これは2021年4月にナスダックへ上場したコインベースの過去最高時価総額と比べて2倍以上の評価額となる。
そんなバイナンスのCEOを務めているのが、創業者でもある中国系カナダ人のチャンポン・ジャオ氏だ。通称「CZ」と呼ばれ、バイナンスの成長とともに、仮想通貨業界のオピニオンリーダーとして年々存在感を高めてきた。2020年にはブルームバーグにより「最も影響力ある世界のリーダーのトップ50」にも選出されている。
ジャオ氏の言動に仮想通貨市場が反応することも珍しくない。例えば2018年に同氏はSNS上で、当時時価総額3位だった仮想通貨XRPをバイナンスの基軸通貨に追加する可能性について言及。これによりXRPの価格が大きく上昇し、実際に基軸通貨として採用されると第2位の仮想通貨イーサリアムの時価総額を一時的に抜く場面も見られた。
ライバルFTXの破綻で業界シェアをさらに拡大
冒頭で述べたFTXの破綻劇は、そんなジャオ氏の影響力が大いに関係している。2022年11月初め、FTXの財務健全性に懸念があると報道が流れると、ジャオ氏はSNSに「バイナンスが所有するFTXの取引所トークン(電子証票)をすべて手放す」と投稿。これはFTXが破綻し、FTX発行の資産がすべて無価値になる可能性を示唆していたといえる。
ジャオ氏の言動を受けて、投資家がFTXから資金を引き上げる動きが相次いだ。FTXが資金繰りに奔走するなか、バイナンスはFTXの支援を目的とした買収を提案するもわずか1日後に撤回。FTXの状況についてバイナンスが「当社の制御や能力を超える問題」と説明したことで、より一層FTXの経営危機を印象付け、破綻を強力に後押しすることとなった。
バイナンスにとって、FTXという強力なライバル企業が退場する結末となったわけだが、ジャオ氏がこれを意図して行ったとする見方も多い。結果的に、FTXに代わってバイナンスが投資家の受け皿となり、業界におけるバイナンス1強の構図がより強固となった。月次売買代金ベースで見ると、バイナンスと米国支社であるバイナンスUSDの占めるシェアは2022年12月18日時点で71%と、40%程度だった2022年初から急速に拡大した。
FTX破綻によって仮想通貨業界への信頼が揺らぐなか、バイナンスはスタートアップ支援など、業界再生への取り組みのため最大20億ドルを拠出する意志があると表明した。業界回復基金(通称IRI)の設立も発表し、すでに150社ほどの企業が拠出を希望している。仮想通貨交換業そのものだけではなく、業界再生への働きかけにおいても主導的地位を固め始めたのだ。
財務の透明性を示せず、市場の不安材料にも
こうした取り組みから「仮想通貨最後の砦」とも目されるバイナンスだが、同社自身に財務の透明性がある経営とは言い難く、業界再生をリードする立場と矛盾しているともいえる。
そもそもバイナンスは証券取引所に上場していない未公開企業であり、特定の国において、金融システムを管理する規制当局に財務諸表などを開示する義務がない。加えて取り扱うのが国家の法規制を受けにくい仮想通貨。そのため中国など監視が厳しい一部の国を除き、各国当局に経営状況を報告してライセンスを得なくても、ある程度はサービスの提供ができる状況にある。
だがFTXの破綻後、仮想通貨市場において取引所の顧客資産管理に対する警戒感が高まり始めた。市場参加者から、仮想通貨交換業者に準備金の保有証明を求める動きが相次いでいるのだ。バイナンスも投資家から資金流出を避けるために、預かり資産の安全性を証明する必要が生じている。同社は2022年11〜12月の間に仮想通貨のウォレットアドレスの詳細を公開したり、国際監査法人マザーと連携したりして、財務健全性を示す取り組みを進めてきた。
しかし2022年12月16日、マザーは突如としてバイナンスを含む仮想通貨関連事業者への監査サービスを終了すると発表した。詳しい理由は明らかになっていないが、これは信頼獲得を図っていたバイナンスにとって大きな打撃になったといえる。ウォール・ストリートジャーナルをはじめ、各種金融メディアはバイナンスに対し、いまだに十分に財務状況を示せていないと指摘している。
さらに同時期にはロイターで、米司法省がバイナンスおよびCEOジャオ氏を刑事告訴する可能性についても報じられた。主な容疑は無免許で送金事業を行なったことや、マネーロンダリングへの関与などだ。ロイターの報道に対してバイナンスは「間違っている」と反論しているものの、明確な根拠は示せないままでいる。
バイナンスはFTX破綻により業界シェアを高めつつある一方、一連の報道を受けて、信頼性の低下や多額の資金流出という逆風にもさらされ始めている。今後、バイナンスについてさらなる疑惑が浮上すれば、仮想通貨市場もより一層低迷する可能性もある。
日本参入を計画、国内投資家との関わりも密接に
このように波乱含みのバイナンスだが、日本の仮想通貨投資家との結びつきはますます強くなることが予想されている。
2022年11月末にバイナンスは金融庁登録の仮想通貨交換業者、サクラエクスチェンジビットコインの発行済み株式を100%取得したと発表。国内企業を買収し、日本市場への本格参入の足がかりを得たかたちだ。
かねてから仮想通貨市場の動向を予想するうえで無視できない存在であったが、国内の仮想通貨投資家は今後、ユーザーとしての視点からもバイナンスを注視していく必要があるだろう。
仮想通貨市場全体における日本のシェアは、2018年前半までをピークに減少に転じているものの、依然として強い存在感を示している。FTXの破綻により日本市場も冷え込んでいるが、バイナンスの参入が新たな投資家を呼び込む起爆剤となり、世界を牽引する市場に成長するかにも注目したい。