昨年はFTXトレーディング(以下FTX)の経営破綻が暗号資産(仮想通貨)業界を騒がせました。FTXはアメリカの大手取引所で、負債は数兆円に上るとみられています。FTXでは破綻後に不正な流出が発生したとも報じられ、資産を預けていた利用者が保護されるか不透明です。
5年前には日本でも大きな事件がありました。大手取引所コインチェックで巨額な不正流出が起こったのです。
580億円分の「ネム」が流出
コインチェックは2018年1月26日、利用者から預かる約580億円分の暗号資産が不正アクセスで流出したと発表しました。狙われたのは「ネム」という銘柄で、コインチェックが保有するほぼ全量が外部へ送金されてしまいます。
580億円もの流出は、当時の過去最悪の規模でした。2014年に注目されたマウントゴックスの流出は約470億円で、それを100億円以上も上回っています。
不正流出を受け、ネムも急落しました。下落は年末まで続き、年始のおよそ15分の1の価格で2018年の取引を終えています。ネム以外の多くの銘柄も下落し、暗号資産市場全体が急速に冷え込みました。前年は「仮想通貨元年」と呼ばれるほど好調な相場が続きましたが、一転して厳しい年を迎えることになります。
【ネム、ビットコイン、イーサリアムの価格(2018年1月1日=100)】
コインチェックはマネックスグループに。ソニーが共同出資したネット証券
不正流出後、コインチェックはマネックスグループの子会社となりました。マネックスグループは、大手ネット証券のマネックス証券を中核に持つ金融グループで、電機大手のソニーから共同出資を受けて設立されたことで知られます。
当時コインチェックは法律上の登録を終えていない「みなし業者」として営業しており、事件を受け登録を受けられるか懸念されていました。そこで、オンライン取引で実績を持つマネックスグループの支援の下、コインチェックは社内整備を進めることにしたのです。
コインチェックは2019年1月、無事に金融庁から承認を受け暗号資産交換業者となりました。現在の経営状況も良好なようで、2022年3月期は約285億円の売り上げに対し約98億円の純利益を計上しています。
現在、マネックスグループの大株主にソニーの名前はありません。しかしソニーとの協業関係は随所に見られます。2012年にマネックスグループがソニーバンク証券を買収したほか、ソニー銀行は金融商品仲介や投資一任契約を通じマネックスグループの商品を販売しています。
【マネックスグループとソニーグループの業績】
出所:各社の決算短信より
【マネックスグループとソニーグループの株価(2022年1月4日=100)】
破綻したFTXの日本法人が資金を確保できたわけ
冒頭紹介したFTXは、破綻後の不正アクセスなどが原因で、資産の大部分の行方が分かっていません。しかし、同社の日本法人であるFTX Japanは、事件後に顧客からの預かり以上の資産を保全できていると発表しています(2022年12月26日時点)。
なぜFTX Japanは資産を守ることができたのでしょうか。それは、利用者の資産が守られるよう法律が改正されたためです。
「資金決済法」が2019年5月に改正され、国内の暗号資産交換業者は、自身の資産と顧客の資産を分けて管理するよう義務付けられました。管理の方法も定められており、金銭については信託銀行で、暗号資産についてはコールドウォレット(※)など保護に欠けるおそれの少ない方法によって管理しなければいけません。
※コールドウォレット:暗号資産を保管する媒体(ウォレット)のうち、インターネットにつながっていないもの
【資金決済法第63条の11「利用者財産の管理」(一部抜粋)】
1.暗号資産交換業者は、……利用者の金銭を、自己の金銭と分別して管理し……信託会社等に信託しなければならない。
2.暗号資産交換業者は……利用者の暗号資産を自己の暗号資産と分別して管理しなければならない。この場合において、当該暗号資産交換業者は、利用者の暗号資産……を利用者の保護に欠けるおそれが少ない……方法で管理しなければならない。
3.暗号資産交換業者は……定期に、公認会計士……又は監査法人の監査を受けなければならない。
出所:e-Gov法令検索 資金決済に関する法律
FTX Japanもこの規定に則って運営されていたため、利用者の資産を守ることができました。
なお、親会社のFTXは昨年12月、FTX Japanを含む子会社の売却を裁判所に申請しています。承認されれば3月に競売が実施され、FTX Japanは新しい買い手の下で再建を進めることになるでしょう。
また、FTX Japanは本記事執筆時点でまだ顧客へ資産を返還できていませんが、FTX JapanはFTXによる子会社の売却が返還プロセスに影響を与えることはないと説明しています。出金および出庫は、2月中旬ごろに「Liquid Japan」の口座を通じて行われる予定です。
出所:FTX Japan お客様への資産返還に関するご案内(2022年12月29日)
執筆/若山卓也(わかやまFPサービス)
証券会社で個人向け営業を経験し、その後ファイナンシャルプランナーとして独立。金融商品仲介業(IFA)および保険募集人に登録し、金融商品の販売も行う。2017年から金融系ライターとして活動。AFP、証券外務員一種、プライベートバンキング・コーディネーター。