株式相場の変動で個人金融資産も大きく影響
2022年12月28日付のニッセイ基礎研究所「基礎研レター」では、「家計金融資産の状況」と題して、日銀の「資金循環統計」から家計部門における金融資産の状況が分析されています。
資金循環統計とは、日銀が四半期ベースで調査・公表しているもので、日本国内における金融機関、法人、家計といった各部門が保有している金融資産ならびに負債の推移を、預金や貸出など金融商品ごとに記録しているものです。「個人金融資産が2000兆円に乗せて……」などと新聞やテレビニュースで報道される場合の2000兆円は、この資金循環統計の家計部門における金融資産の総額を示しています。
直近、公表されている数字は2022年9月末のものです。個人金融資産の総額は2005兆円となっています。この個人金融資産の総額は、日銀のデータベースだと1997年12月まで遡ることができます。ちなみに1997年12月時点の総額は1285兆1274億円でした。
個人金融資産の総額は2007年6月にかけて1657兆5088億円まで増加しましたが、2009年3月には1501兆1682億円まで減少しました。この背景にあるのは、サブプライムショックやリーマンショックによる株価の急落です。
資金循環統計の家計金融資産残高には株式や投資信託が含まれていますが、これらの残高は、原則として時価評価ベースです。したがって、売却や解約にともなう資金流出が生じていなくても、株価や投資信託の基準価額が下落すれば、それらの評価損によって残高は目減りします。
ちなみにリーマンショックでは、世界の株式時価総額の60%が吹き飛んだと言われています。これだけの時価総額が消滅すれば、個人金融資産の総額が減少するのも当然です。
低金利時代を反映し定期預金の構成比は大きく減少
ちなみに直近の動きを見ると、2020年3月末が1815兆2239億円だったのが、2021年12月末に2014兆759億円で2000兆円台に乗せ、過去最高になった後、2022年9月には2004兆9176億円となっています。
家計部門における金融資産の総額をグラフで表示すると分かるのですが、2020年前後から上昇カーブが急になっています。つまり個人金融資産の増額ペースが速まっているのですが、これは新型コロナウイルス感染拡大期に、さまざまな名目で補助金、助成金、給付金が支払われたからです。これらの資金が各人の預金口座に振り込まれた結果、現金・預金の残高が大きく伸び、個人金融資産の2000兆円乗せに影響としたと考えられます。
以上が、資金循環統計のこれまでの流れですが、同レポートでは、資金循環統計をベースにして、さらに細かい分析を行っています。
まず、「家計金融資産の種類別構成比」ですが、資金循環統計の「現金・預金」という項目を、預金の預入が自由な普通預金などの「流動性預金」、預入期間が決まった定期預金などの「定期性預金」、「その他の現金・預金」に分けて、2017年から2021年までの推移を見せています。
注目点は「流動性預金」と「定期性預金」の比率です。2017年時点における流動性預金の比率は23.1%で、これが2021年には29.4%まで上昇する一方、定期性預金は23.7%から19.3%まで低下しています。周知のように、現在の預貯金金利は極めて低く、メガバンクで普通預金利率が年0.0010%。定期性預金は預入期間の長短、預入金額の多寡に関係なく一律年0.0020%を提示しているところが大半です。
この超低金利では、収益面で定期性預金を選ぶインセンティブがないことを意味しています。より高い利率が得られるからこそ、多少換金性が犠牲になっても定期性預金を選ぶわけですが、実際に受け取れる利息の差がこれだけ小さいと、流動性に勝る普通預金の方が良いと判断する個人も多いと考えられます。
80歳以上は貯蓄ゼロも?リスク性商品の比率が高いいびつな構成
同レポートのもうひとつの注目点は、各種統計を参考にして、家計金融資産の偏在状況や家計ポートフォリオの状況について分析していることです。
まず「貯蓄の状況」として、年代別に貯蓄額の水準が示されています。気になるのは「貯蓄がない」と答えた人の割合で、定年を迎えた年代の60歳代で11.9%、70歳代で13.6%、80歳以上で14.2%もいます。水準もさることながら、年代が上がるごとに「貯蓄がない」という回答比が上昇している点にも注目したいところです。
なかでも80歳以上の14.2%という数字は、30歳未満の17.5%に次ぐ高さである点には留意しておく必要がありそうです。30歳未満の数字が高いのは、「収入が低いことと、貯蓄や資産形成に対する意識がさほど高くない」ということで説明できそうですが、60歳代から80歳以上にかけて数字が上昇しているのは、現役世代につくった貯蓄を取り崩して生活するうちに、80歳以上で貯蓄が底を尽いた人が結構な数でいるのではないか、と推察できます。なお、平均の貯蓄額は、全年代の平均値で1077.4万円。年代別だと、以下のようになります。
30歳未満・・・・・179.8万円
30歳代・・・・・・530.0万円
40歳代・・・・・・650.9万円
50歳代・・・・・・1075.4万円
60歳代・・・・・・1461.7万円
70歳代・・・・・・1255.6万円
80歳以上・・・・・1195.4万円
もう1点、気になるのは家計金融資産全体に占める商品種類別シェアです。男女別、年代別に、普通預貯金、定期預貯金、外貨建て商品、社内預金・財形、債券、MMF等、株式、投資信託、という8商品の比率を示しています。
このうち普通預貯金と定期預貯金を合わせた預貯金の比率を見ると、20代は92%が預貯金に集中しており、リスク性商品である株式と投資信託を合わせた比率は5.5%に過ぎません。
これを年代別に見ていくと、以下のようになります。
30代・・・・・・預貯金=82.9% リスク性商品=9.3%
40代・・・・・・預貯金=81.9% リスク性商品=10.5%
50代・・・・・・預貯金=74.7% リスク性商品=14.7%
60代・・・・・・預貯金=74.2% リスク性商品=19.6%
70代・・・・・・預貯金=72.9% リスク性商品=20.8%
最近は「人生100年時代」ということで、高齢になっても一定割合のリスク性商品で運用するべきだという意見も増えていますが、本来、積極的にリスクを取れるはずの若年層においてリスク性商品の保有比率が非常に低く、一方で年代が上がるほどリスク性商品の保有比率が高まるという、ちょっと面白い現象がみられます。
若年層が運用に対して保守的なのか、それとも投資に回すお金がないからなのか、そこは定かでありませんが、近年、株式投資にしても投資信託にしても小口化投資が可能であり、「収入が少ないから投資する余裕はない」というのは、理由になりません。
うがった見方をすると、「資産が少ない若年層に投資商品を勧めても収益にならない」と考えている金融機関が多いのではないかとも思えてきますが、仮にそうだとしたら、投資家教育の前に金融機関の意識改革こそが求められるのではないでしょうか。