「老後の備えは自分で作らなくてはいけない」そんな危機感がコロナ禍でさらに膨らみ、投資を始める人が増えている。しかし、そうはいっても奥深いのが投資の世界。慣れれば慣れるほど疑問や不測の事態に直面することも増えてくる。

そこで、この連載では「資産形成3年目だからこそ知りたい」用語や投資情報を解説する。第17回は「信託報酬」について。資産運用にかかるコストは安く抑えたいもの。今回は信託報酬をはじめ投資信託にかかる手数料と、ファンド選択時の信託報酬の目安についてシミュレーションを交えつつ解説する。

信託報酬の引き下げ競争が激化

2023年3月に「eMAXIS Slim」シリーズの信託報酬の引き下げが発表された。同シリーズは『業界最低水準の運用コストを目指しつづけるファンド』を謳っているのが特徴。他社類似ファンドの信託報酬引き下げ時は、追随して引き下げると表明している。今回の引き下げも他社類似ファンドの動向をふまえたかたちだ。

さらに翌4月には、日興アセットマネジメントが信託報酬0.05%台に設定された新ファンドを発表。従来の業界最低水準だった0.1%台の約半分の数値であり、一時話題となった。

つみたてNISAの普及とともに投資信託への注目度も高まるなか、インデックスファンドの信託報酬引き下げ競争が止まらない。引き下げが続く信託報酬を前に、よりコストの低いファンドへの乗り換えを検討する投資家もいるだろう。一方、低すぎる信託報酬にかえって不安を覚える人もいるかもしれない。

これは投資に限った話ではないが、コストが「何の対価」であるかの把握は、納得できるお金の使い道に欠かせないポイントだ。

自分に合った投資信託選びのためにも、ここで今一度、信託報酬への理解を深めておこう。

信託報酬は「専門家への運用対価」のこと

信託報酬は運用や管理にかかる費用で、運用管理費とも呼ばれる。

おさらいとなるが、投資信託は投資家から集めたお金をファンド・マネージャーと呼ばれる専門家が運用する商品である。プロに運用を任せられるので、投資初心者でも始めやすい点が特徴。また、積立投資なら100円からなど、少ない資金で投資できるのも魅力だ。

信託報酬は簡単に言えば、専門家の運用にかかる対価といえる。

信託報酬は投資信託の保有期間、その保有額と信託報酬の年率に応じて毎日差し引かれる。信託報酬1.0%、評価額800万円の投資信託を保有している場合、かかる信託報酬額は以下の計算で求められる。

800万円(保有評価額)×1.0%(信託報酬年率)÷365(日割り計算)≒219円

上記の場合、毎日220円ほどが信託財産から差し引かれることとなる。もちろん日々の評価額は変動するが、おおよその信託報酬額はこのように計算できる。

長期運用を前提とした投資信託でコストが運用成果に与える影響は小さくない。とはいえ、単純に信託報酬が安い=良い商品とも限らないのがむずかしいところだ。

投資信託は投資家に代わって専門家が運用するといった性質上、どのファンドを購入しても信託報酬は発生する。なかでも「日経平均株価」や「S&P500」など、ベンチマーク(市場平均)連動を目標とした、いわゆる「インデックスファンド(パッシブファンド)」は信託報酬が低い傾向にある。

というのも、インデックスファンドは目標となる株価指数に採用されるものとほぼ同じ銘柄で構成されているのだ。原則的には「インデックスファンドの構成銘柄と構成比率=目標指数の構成銘柄と構成比率」となっている。銘柄組み換え時の手間を少なくし、低コストを実現した。

一方、ベンチマーク以上の利益を追求し、積極的に銘柄のリサーチや組み替えをする「アクティブファンド」は信託報酬が高くなるのが一般的だ。

例えば、運用機関によってファンド・マネージャーが調査のために企業訪問をおこなうことがある。そして市場や企業の動向を見極め、独自の観点で分析した銘柄をファンドに組み込む。調査や分析に人的コストがかかる分、信託報酬も高くなる仕組みだ。

信託報酬が0.5%違うと30年後には数百万円の差に!

信託報酬の差が運用成果にどれほど影響するのか、パッとイメージしづらいかもしれない。例えば、2024年からはじまる新NISAで毎月5万円ずつ30年間投資信託を積立購入するケースを考えてみよう。年利4%の場合、信託報酬0.5%と1.0%の投資信託を30年間購入し続けると、その運用成果の差はなんと250万円以上になる計算だ。

利子に利子がつき、長期運用により資産が大きく膨らむ積立投資。これこそ複利の効果だが、同じ理論で毎日引かれつづける信託報酬の影響は軽視できない。長期運用が前提である積立投資にとって、1000分の1%の差が数百万円単位の差に広がってしまうのだ。

では、投資信託ファンド選択時の信託報酬はどの程度を目安にしたらいいのだろうか。先に述べたが、単純に信託報酬が低ければいいといった話ではないのが投資の奥深いところでもある。信託報酬だけでなく、次のようなコストも確認しておきたい。

そのほかにもかかる投資信託の手数料

投資信託には信託報酬のほかにもコストが存在する。代表的なものは以下の通りだ。

購入時手数料

購入時手数料は、投資信託購入時に販売会社に支払う手数料である。販売手数料とも呼ばれるもので、ファンドの代金とは別に徴収され、金額は所定の料率で決定する。ただし、近年はこの購入時手数料を無料とする商品(ノーロード商品)を取り扱う販売会社が主流である。つみたてNISAの公募株式投資信託対象商品は、購入時手数料0円のノーロード商品に限定されている。

信託財産留保額

信託財産留保額は、一般的に解約時に徴収される手数料である。解約代金に所定の料率をかけた金額が徴収され、信託財産内にとどめおかれることから『留保額』とも呼ばれている。信託財産留保額の設定がない投資信託や、購入時に支払う投資信託もある。これも購入時手数料と同様、販売会社によってはかからないケースがある。

ファンド選択時の信託報酬は数値のみで判断しない

一般的に信託報酬の目安は保有額の0.5〜2.5%ほどといわれている。ただし、繰り返しとなるが、信託報酬の高低のみの判断は控えた方がいい。ファンドの運用方針によって必要なコストが変わるからである。

大前提として、まずは投資信託の種類や投資先の選択が必要だ。投資信託には数多くの種類があり、いくつかの要素によって分類される。確認する項目は「投資対象地域(国内・海外)」、「投資対象資産(株式・債券・不動産投信など)」、「インデックスorアクティブ」などである。運用実績などをふまえて自分の運用したい商品を選んだ後、最終的な比較項目に信託報酬を挙げることが一般的だ。

ちなみに、投資信託の運用実績の指標として「基準価額」が用いられている。この基準価額は投資している全資産の時価合計に利息・配当収入を加え、信託報酬等の必要コストを差し引いて決められる。つまり、運用実績の判断時に基準価額の推移を見る場合、信託報酬の差も加味した結果で判断できるというわけだ。

先述の通り、アクティブ運用はインデックス運用より信託報酬が高い傾向にあり、一般的には1〜2%が多い。運用機関のなかには、投資対象の企業調査目的の面談や、経営陣へのリサーチに限らず、現場に足を運んでの調査をするものもある。高い信託報酬はベンチマーク以上の利益を追求するアクティブ運用に必要なコストといえるだろう。

なお、積極的に利益を求める投資スタイルを好まないならば、インデックス運用を検討してもいいだろう。実際に、長期運用前提の積立投資ではインデックスファンドが人気を集めている。2021年3月のデータでは、国内株式型の投資信託のインデックス比率は54.7%、外国株式型の投資信託のインデックス比率は82.6%にものぼった。

インデックスファンドの信託報酬は低めに設定されており、先述した「eMAXIS Slim」シリーズの信託報酬は0.1%前後である。また、つみたてNISAの公募株式投資信託対象商品の条件として政府は信託報酬の上限を国内資産対象のものは年率0.5%以下、海外資産対象のものは0.75%以下と定めている。これをひとつの判断材料としてもいいかもしれない。

将来のために資産を預け運用する投資信託において、信託報酬の高低はどうしても気になってしまうポイント。しかし、大切なのは信託報酬の数値そのものではなく、リターンがコストに見合っているか自身が納得できるかどうかである。

目標運用成果が同じとなるインデックスファンドの場合、単純に信託報酬の多寡が判断基準となる。しかし、市場平均を上回る運用成績をあげることを目指すアクティブファンドの場合はより慎重な判断が重要だ。

文/森瀧早織(ペロンパワークス)