金の国内小売価格が初めて1グラム=1万円を超えました。昔の金価格を知っている人にとっては、まさか金価格がここまで上昇するとは思っていなかったのではないでしょうか。
かつて長期低迷した金価格
田中貴金属の国内小売価格を見ると、1973年の最低価格は1グラム690円でした。それが1980年の最高価格で6495円まで値上がりしたのは、1978年の第二次オイルショックや、1979年12月の旧ソビエト連邦によるアフガニスタン軍事介入が原因です。当時は、「金はインフレに強い」、「金は有事に強い」ということが強く信じられていました。
しかし、1980年代と1990年代を通じて、金価格は低迷しました。まず、1980年1月につけた高値、6495円から金価格が急落。同年5月には3645円まで値下がりしました。旧ソ連のアフガニスタン侵攻で緊張感が高まった米ソ関係でしたが、徐々に緊張が緩和へと向かったのです。
しかも、1989年11月にはベルリンの壁が崩れ、1991年12月25日には旧ソ連最後の書記長だったミハイル・ゴルバチョフ氏が辞任したことを受けて、旧ソ連は解体してしまいました。
これによって、第二次世界大戦から続いてきた東西冷戦時代は幕を閉じ、世界は一気にグローバル化へ向けて大きく変貌を遂げるわけですが、東西冷戦時代の終焉は、金にとって大きな買い要因とされた「有事の金買い」の終焉でもあり、金価格は20年以上に及ぶ長期低迷局面へと入っていきました。
特に1991年から2004年までの13年間は、一度も2000円台に乗せることなく、1000円台のボックス圏で推移しました。1999年は特に低迷が厳しく、一時は1000円すらも割り込み、917円の最安値をつけたのです。
「金に関するワシントン協定」で金価格が回復
2000年代に入ってから、金価格は徐々に回復し始めました。その理由は「金に関するワシントン協定」で、1999年9月に公表されました。
内容は、欧州中央銀行(ECB)と欧州各国中央銀行14行が、米国ワシントンに集まり、中央銀行の保有金売却や、金の貸与ならびにデリバティブ取引に制限を設けたというもの。要するに、市場に売り出される金の量を根本から締めてしまったのです。これによって金市場における需給関係が劇的に改善しました。
その後、2001年の米国における同時多発テロと、その報復とも言うべき米国による対テロ戦争、2007年のサブプライムショック、2008年のリーマンショック、2010年の欧州ソブリン危機というように、海外では立て続けに金融危機が勃発。それによって金価格はさらに上昇しました。欧州ソブリン危機が落ち着いた2013年、金の国内小売価格は1グラムあたり5000円台まで上昇したのです。
国内金価格と為替レートの関係
ところで金は、海外から輸入したものを日本国内で小売りされる輸入品なので、その国内小売価格には為替レートが影響します。つまり、海外の金価格が動かなくても、為替レートが円安に振れれば、国内小売価格は値上がりします。円高になればその逆です。
アベノミクスがスタートする直前、2012年12月時点のドル円は、1ドル=80円前後でした。それが2015年6月に1ドル=125.85円まで円安が進みました。
この間、海外の金価格を1年の平均値で見ると、2012年が1トロイオンス=1668.86ドル、2015年が1159.94ドルというように30.49%も下落しました。
しかし、一方で国内金価格を年平均で見ると、2012年が1グラム=4321円で、2015年が4564円というように、若干ではありますが、値上がりしました。国内金価格は円安の恩恵を存分に享受したのです。
また、2022年中を通じて、国内金価格は大きく上昇しました。その原因も円安です。2022年1月の1ドル=115円から同年10月の151円まで大幅に円安が進むなか、海外金価格の月平均は、1月の1トロイオンス=1816.77ドルから、10月は1664.45ドルと若干安い展開だったのが、国内金価格の月平均は、1月が6755円で、10月が7920円まで値上がりしたのです。
このように、国内金価格を見るうえで為替レートは切っても切れない関係にあります。ある意味、外貨建て金融商品的なものと考えられるのです。海外金価格の動向次第でもありますが、為替レートが大きく動く局面では、金そのものの価格変動以上に、為替レートの値動きから受ける影響が大きくなります。
金を資産ポートフォリオに入れるべき?
前述した金の特性を踏まえたうえで、資産ポートフォリオに入れた方が良いのかどうかを考えてみたいと思います。
金の魅力
金は「資産のラストリゾート」と言われます。理由は、金という物質そのものに価値があるため、株式や債券、あるいは現金などのペーパー資産に比べて、信頼度が高いからです。
債券や株式は、それを発行している企業や政府が財政破綻したら、単なる紙切れになりますが、金の場合、こうした信用リスクとは無縁です。そのため、前述したような金融危機が生じた時に金が買われるのです。
また、戦争などの有事に強いのも、金は世界中どこに持って行っても、世界共通の価値があるからです。たとえば日本で戦争が起きた時、金を持って戦火から逃れ、たとえば米国でその金を売却すれば、簡単に米ドルを手に入れられます。これだけ高い信用力を持っているため、世界中の中央銀行は外貨準備の一部に金を保有しているのです。
ちなみに日本銀行が保有している金の量は846.0トン(2023年6月時点)で、外貨準備の4.2%を占めています。ちなみに世界各国の中央銀行で、最もたくさんの金を保有しているのは米国で、その量は約8133トンにもなります。
金の懸念点
上記のように見ると、個人の資産ポートフォリオにも金を入れる価値があるのではないかと思いがちですが、金をポートフォリオに組み入れると、ポートフォリオ全体の運用効率が下がります。理由は、株式と違い、金は何も生み出さないからです。
株式の場合、企業業績が向上すれば配当が増えます。ところが金の場合、単なるモノですから、そこから配当や金利は発生しません。金の運用収益は、その価格が値上がりすることで得られるキャピタルゲインのみなのです。
もちろん昨今のように、値上がりが続けば良いのですが、いつまでも値上がりし続ける相場商品など、この世にひとつもありません。つまりいつかは値下がりします。
価格が下落した時、株式なら配当金があるので、時間をかければ株価の値下がりを配当によってカバーできます。しかし、金の場合はそのようなことはできません。基本的に金は投資商品ではなく、投機商品なのだということを理解してください。
確かに、金そのものの価値はあるのは認めます。が、金を抱えて国境を超えなければならないほど、今の日本は軍事的緊張状態にあるわけではないし、次々に金融機関や企業が倒産したり、ハイパーインフレになって円が紙切れになるほど、通貨に対する信用力が後退したりしているわけでもありません。
少なくとも、個人が資産ポートフォリオの運用効率を下げてまで、金を保有するメリットはないように思えます。