億単位の宝くじに当たったのに、あっという間に使い果たして貧乏暮らしに逆戻りした人の話を聞いたことはありませんか?あるいは、人気絶頂だったスターがいつのまにか忘れ去られ、落ちぶれた生活を送っているとか…。



 地位も名誉もある人が災難に見舞われ、生活が転落するという話は枚挙にいとまがありません。そこには、「運が悪かった」では済まされない理由があるのかもしれません。



 明の時代の哲学者・朱用純(1627−1698)は、「朱氏家訓」の中で、「徳不配位必有災殃」(徳の量が足りなければ、災難がやってくる)という言葉を残しています。



 古代、中国では福のある人生を楽しむには、徳がなければならないと考えられていました。徳は、努力したり、苦しみを嘗めたり、善行を積んだりして得られるものです。徳は目に見えないけれど確実に存在し、それがあってこそ、物質的に豊かな生活を送ることができるのです。



 朱用純は、人の一生を、建物を例にして説明しました。徳とは、つまり建物を支える土台みたいなものです。その土台の上に、名誉、権力、財産を載せ、建物が出来上がります。一方、土台がしっかりとしていなければ、上に載せたものを支えることができず、建物は崩壊してしまいます。富と権力を得た人は、それを支えるに値するほどの努力を続け、徳を積み続ける必要があるのです。



 朱用純が子孫のために残した524語からなる格言「朱氏家訓」は、後世、多くの人たちが学び、人生の指針としたことから有名になりました。道徳を重んじた古代中国の人々に、大きな影響を与えた人物として知られています。



(明慧ネット/翻訳編集・郭丹丹)




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