中国の国務委員でもある王毅外相が10月11日〜15日、東南アジアの五カ国を訪問した。この際に、日・米・豪・印が目指している、所謂「FOIPS(Free Open Indo-Pacific Strategy;自由で開かれたインド太平洋構想)」に関して、「インド太平洋地域版の新たな北大西洋条約機構(NATO)」だと批判した。そして、このFOIPに対抗するかの様に、訪問先のカンボジアでは自由貿易協定(FTA)の調印に臨んだ。中国としては東南アジア諸国連合(ASEAN)との連携を強化・深化させ、FOIPに対抗しようとしている様である。



何故、王毅外相はこの時期を選んだのであろうか。それは、我が国の菅新首相がヴェトナムとインドネシア訪問を控えた時期であり、この菅総理の訪問に対抗する為ではなかったろうか。そして、菅総理の前にASEANを訪問し、中国の存在感を示すためではなかったかとも考えられる。



この様な中国の姑息な動きに惑わされず、菅総理の初の国外デビューはほぼ成功裏に終わったと評価できるであろう。



ここで我が国が進めてきている、FOIP構想・戦略について記述する。我が国は2013年12月に、我が国初となる「国家安全保障戦略(NSS;National Security Strategy)」を策定し閣議決定した。この戦略に基づき、安倍政権が安全保障・外交戦略としての「インド・太平洋構想(FOIP)」を打ち出したのである。この構想の基本的な概念は、「二大陸、二大洋」を地理的な範囲と捉えている。即ち、「大陸」とは、アジア大陸とアフリカ大陸であり、「大洋」とは、インド洋と太平洋である。インド太平洋構想とは、国家としてのインド及び太平洋諸国と勘違いされることがあるが、より広い概念の構想である。因みに、最近は米国も「インド太平洋」なる言葉を使っている。これは偶然にも、もともとの米軍の太平洋軍の責任管轄区域(AOR;Area of Responsibility)がインド洋の東半分以東〜太平洋であったことから、十数年前から米国太平洋軍もこの言葉を使っていた。漸く前太平洋司令官のハリス海軍大将が退官され、後任のデイビッドソン海軍大将に引き継がれた2018年5月30日に、部隊名称を従来の「太平洋軍」から「インド太平洋軍」とした。これが、我が国の安倍総理が「FOIP」を各地で宣伝していた時期であり、これ以降、米国では政治的にも軍事的にも「インド太平洋」との呼称を多く使うこととなった。



今から考えれば、もともとの米・太平洋軍のAORがインド洋と太平洋であった事は、当に先見の眼があったとも考えられる。



我が国のFOIPの地理的概念が若干、米国と異なるものの、さほど気にすることではない。いずれにしても太平洋のみならず、インド洋も重要であるとの考え方である。



本年10月初旬、東京で対面の日本、米国、オーストラリア、インドの四カ国外相会議が行われた。時期的に、また内容的に大成功であった。会議直後の10月下旬には、インド洋でこれまでの日米印の三ヵ国で行われていた軍事演習である“マラバール演習”に初めてオーストラリア軍も参加し四カ国の演習となった。



我が国のこの様な動きに、中国の王毅外相が極めて強い警戒感を示し、「インド太平洋版の新NATO」という批判をしたのである。ご存知のとおり、NATOとは全く異なる枠組みである。確かに、このクワッドの各国(四カ国)が協力し、この地域の安定を確保しようとする努力は、NATOの努力に似通っているところもある。ただ、各国の置かれた状況は、欧州と全く異なるものである。中国にとっては自国の「一帯一路構想」を邪魔する国々の連携と映るのだろう。相手方が、こちら側を気にすることは、抑止力になり得ると考えることが出来る。いづれにしても中国がアジア版NATOと考えるのであれば、益々その重要性が認められたと考えてもいいだろう。是非ともこの枠組みを進めるべきである。



とはいえ、クワッドの関係は始まったばかりであり、いろいろな問題を抱えている。インドは予てからどの国とも極端に親密にならず等距離外交を目指している。今後もこの方針は堅持されると思われるが、中国のやり方にはとても賛同し難いだろう。将来この四カ国は、インド太平洋地域を牽引していく国々であることは違いない。我が国としてはクワッドの抱える問題を一つ一つ解決する努力を惜しまず、この連携を深めていく事が地域の安定化に繋が。それが最終的には我が国の安定した繁栄に資するものと信じている。



我が国のNSSは策定されて既に7年経過しようとしている。この間に、周辺の軍事情勢が激変しており、かつ我が国も「平和安全法制」を整備した。当に内外ともに変化してきている。米国も新政権が間もなく始動することになり、直ぐに新たな米国の戦略が公表されることになろう。我が国も、環境の変化に柔軟に対応する為、新戦略を策定し、新たな一歩を踏み出すべき時期にさしかかっている。今後とも日米同盟が基軸となることは変わらないであろうが、豪は準同盟国と呼べる存在となって来ている。また前述のクワッドの関係構築も必要である。新型コロナ後の新たな世界に対応する新戦略の下に国民が一致団結し、邁進できる体制を期待する。(令和2.11.24)



岩崎茂(いわさき・しげる)

1953年、岩手県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。2010年に第31代航空幕僚長就任。2012年に第4代統合幕僚長に就任。2014年に退官後、ANAホールディングスの顧問(現職)に。



写真:AP/アフロ