フィリピン政府は3月21日までに、今月初旬から約220隻の中国漁船が、フィリピンが自国の排他的経済水域(EEZ)であると主張する南シナ海スプラトリー(南沙)諸島のサンゴ礁周辺で集結していることを明らかにした。それぞれの漁船は、晴天であったにもかかわらず、数珠つなぎで停泊しており、夜間は煌々と明かりを灯していたことが確認されている。フィリピン政府は、中国が海上民兵を配備したと見ており、フィリピン外相は外交ルートで中国に抗議したことを明らかにした。これに対し、中国政府は、当該周辺における中国の主権を主張、中国漁船は長い間その周辺で漁業を行っていると反論している。フィリピン政府が公表した動画や写真を見る限り、数珠つなぎとなっている漁船の船型、大きさ、更には塗装状況がほぼ同じであり、民間の漁船が自然に集まったにしては不自然である。フィリピン政府が主張しているように中国海上民兵が乗船している可能性が高い。



スプラトリー諸島は、中国、台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシア及びブルネイが地域の全部又は一部の領有権を主張し、中国、台湾、ベトナム、フィリピン及びマレーシアが一部の島を占領している。中国は同諸島に所在する「ミスチーフ礁」、「スビ礁」、「ガベン礁」、「ヒューズ礁」、「ジョンソン南礁」、「フアイリー・クロス礁」及び「クアテロン礁」を埋め立て、人工島を建設した。この内、「フアイリー・クロス礁」、「スビ礁」及び「ミスチーフ礁」には3000m級滑走路が整備され、戦闘機の配備も確認されている。中国が海上民兵と推定される大規模な漁船群をスプラトリー諸島周辺に展開する意味はどのあたりにあるのであろうか。それを見積る上で、海上民兵の実態を分析する必要がある。



2013年度中国国防白書によると、中国の武装兵力は人民解放軍、人民武装警察、民兵によって構成されると記載されている。民兵はゲリラや義勇兵ではなく、正規軍人である。イメージとしては、日本の予備自衛官に近い存在と考えられる。予備自衛官は、普段は一般企業等に勤務しつつ、年間定められた日数の訓練に参加し、有事においては招集され、自衛官として国防や災害派遣任務に従事する。防衛省によると、予備自衛官の定数は47,900人とされている。制度的には中国民兵も同様に、企業等で働いている人間が招集される。しかしながら、大きく異なるのは、その規模と任務である。



2010年中国国防白書には、民兵は基幹民兵と普通民兵が存在し、基幹民兵の数は800万人であると示されている。これは、自衛官の定員約24万人すらも大きく超える数である。更に2013年度中国国防白書には、基幹民兵の任務として、連合防空・情報偵察・通信保障・土木工事・交通運輸・装備補修などの部隊支援とされている。防空や情報偵察といった一線任務が与えられているところに特徴がある。特に海上民兵については、「模範的な海洋人集団」として、国民に中国支配地域への進出を慫慂するための市民意識の育成や、海洋における緊急事態の初動部隊として行動することが求められている。



中国海上民兵の活動例として、2009年に米海軍調査船インペカブルへの妨害活動、2014年の中国オイルリグを巡るベトナムとの対立時にベトナム漁船への体当たり等が伝えられている。日本に対しては、2016年8月初旬に尖閣周辺に200~300隻の漁船が集結し、5日間にわたり尖閣諸島領海内に、中国公船と協調して侵入する事件が生起した際、漁船に海上民兵が含まれていたのではないかと見られている。この事件の背景には、2016年7月に、南シナ海の人工島の建設や中国の南シナ海に対する主張が、国際仲介裁判所の採決ですべて否定されたことがある。日本政府はこの採決を支持する談話を公表しており、中国漁船の行動は、この日本政府の談話に反発した中国政府の意図があるものと推定できる。このように、中国海上民兵は、海洋における中国主権を守る事や、中国政府の主張を裏付けることを目的に運用される。



サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄

防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。