米国のトランプ政権がドル高是正に向け、ついに他国の通貨安政策を非難し始めました。マイナス金利政策とフラン売り介入を両輪とするスイスは、今後米国の攻撃対象となってもおかしくありません。それでも、自国通貨高に振れやすい構造が変わらない限り、スイスの通貨安政策は半永久的に続きそうです。





ギリシャの財政危機を起点とした欧州ソブリンリスクでユーロが大きく売られ、2010年ごろから避難通貨のスイスフランにマネーが流入し始めます。スイス中銀は2011年9月に、1ユーロ=1.2スイスフランという為替上限を設定し、これ以上の通貨高になった場合には、無制限にユーロ買い介入を実施する方針を明らかにしていました。ただ、欧州中銀(ECB)の量的緩和の影響で相対的にフラン高に振れるのを防ぐため、スイス国立銀行(中銀)は2015年1月に上限を撤廃し、それに先立って導入したマイナス金利と組み合わせてフラン高に対応しています。





それからちょうど2年。しかし、政府や中銀の意図に反してフランは再び高騰しており、残念ながらマイナス金利は、フラン防衛にはあまり貢献していないようです。スイスの国内総生産(GDP)の推移をみると、2015年1-3月期は上限撤廃の影響で-0.2%となりました。その後も低成長が続き、翌2016年は4-6月期が+0.6%まで回復したものの、7-9月期はゼロ成長と改めて低迷ぶりが示されました。失業率も主要国のなかでは低水準ならが、3%台半ばで高止まりしています。消費者物価指数(CPI)は2014年11月以来、2年間マイナスが続きました。



マイナス金利は、金融大国スイスの主要産業である金融機関の財務に影響を与えているほか、主力の時計産業への影響も深刻です。スイスの業界団体がまとめた時計輸出統計によると、2016年の輸出総額は前年比で約1割減少。2011-2014年の4年間は成長トレンドが続き+15%となったものの、2015年と2016年の不振により2011年の水準に逆戻りしてしまいました。ロレックスやロンジン、オメガ、フランク・ミューラー・・・世界の高級時計市場で圧倒的シェアを誇る「Swiss-made」の不振は、現在の停滞するスイス経済を象徴しているようです。





現在スイスの輸出を支えるのは、輸出総額の3分の1程度を占める化学製品・薬品でしょう。ノバルティスやロシュといった世界的な製薬メーカーで知られるスイスは、ファイザーやメルクなどを擁する米国と肩を並べる医薬品大国になっています。時計のようなぜいたく品とは異なる必需品で、景気の波に左右されません。ただし、世界的な競争を勝ち抜くためにはフラン安にしておく必要があるので、政府・中銀は引き続き通貨安にせざるを得ないのです。





ところで、永世中立国で知られるスイスは武器輸出国という別の顔も持っています。2009年11月に行われた国民投票では、紛争地帯向けであるかどうかに関係なく兵器の輸出そのものを禁ずるイニシアチブについて「反対」が68%にのぼり否決された経緯があります。否決された場合の産業界全体のダメージが懸念されていたようで、スイスの場合、国家に安定を求める民意からも通貨安政策は不可欠と理解できます。



(吉池 威)