明日(8月8日)何気ない市民の生活と思いを淡々と描いた。だからこそ、あまりに切ない。作家の故井上光晴の代表作「明日」。72年前のきょう、1945(昭和20)年8月8日−。原爆投下が翌日に迫った長崎市が舞台だ。出産が迫った女性が登場する。陣痛の間隔が短くなり、痛みが襲う。空襲警報が響く中、早く子どもが出てきてくれるよう願う。男の子の泣き声が響いたのは8月9日午前4時17分。<私の子供は今日から生きる。産着の袖口から覗く握り拳がそう告げている>。しかし、母子のその後について何も語られてはいない。2011(平成23)年3月10日−。出会いと別れの春を迎えようとしていたあの日、県民にはふだん通りの暮らしがあった。卒業式を翌日に控えていた中学生は3年間の余韻に浸り、未来に夢を描いていた。かけがえのない日常を奪ったのは誰か。原発事故の責任を問う裁判の初公判で、東京電力元幹部3人は無罪を主張した。大津波が原発を襲うという最悪のケースを想定して対応していれば、古里を追われる人は出なかったかもしれない。思えば、長い戦争の責任もいまひとつ明確にならなかった。歴史は繰り返すのか。