第1次世界大戦中の板東俘虜(ふりょ)収容所(現・徳島県鳴門市)のドイツ兵捕虜が、ベートーベンの交響曲「第九」をアジアで初演奏してから、100年となる1日、同市ドイツ館前広場で初演を再現する「よみがえる『第九』演奏会」が開かれた。当時、収容所長だった旧会津藩士の子、松江豊寿は捕虜を人道的に扱い、第九初演を実現した。演奏会に先立ち、松江の銅像の除幕式も行われ、鳴門市民や会津若松市などから駆けつけた本県関係者が、義を貫き敗者の尊厳を守った松江の魂を改めて胸に刻んだ。
 アジア初の第九演奏が行われたのは、1918年(大正7年)6月1日。ドイツ兵捕虜らが「すべての人々は兄弟となる」と歌声を響かせた。ソリスト4人、合唱団80人、オーケストラ45人は全員男性。ソプラノなどのパートも男性のために、歌いやすいよう楽譜は書き換えられたという。
 「男性だけの第九なんて、聞いたことがない。どんな演奏になるか楽しみ」。広場を訪れた会津第九の会の事務局長、小沢久美子さん(63)は開演前、期待に胸を膨らませた。
 演奏会は野外ステージで、100年前の初演の開始時間と同じ午後6時30分に始まった。当時と同じように、合唱団とソリストはすべて男性で同じ人数。日が暮れるのに合わせて演奏も深まり、第4楽章の「歓喜の歌」では重厚な合唱が聴衆を圧倒した。
 演奏を聴く小沢さんの脳裏には、100年前、実直に捕虜に接した松江の姿がよみがえった。「戊辰戦争で敗れ、会津藩は理不尽な扱いを受けた。にもかかわらず、会津の血が流れる松江は、捕虜たちを平等に扱った」。敗者の痛みを知った松江が示した寛容さに、改めて思いをはせた。