【増川隆洋インタビュー|第4回】17年のキャリアの中で経験した“最高”のチーム「一体感があった」

 名古屋グランパスでJ1リーグ制覇を経験したDF増川隆洋は、昨季限りでJ2京都サンガF.C.との契約が満了した。現在は「事実上の引退」として、セカンドキャリアで家族とともに福岡・大野城市で「児童発達支援事業」に励んでいる。昨季までは現役選手としてプレーしていた191センチDFの増川が、「Football ZONE web」のインタビューに応じ、自身のキャリアで経験した“ドリームチーム”について語った。

 2003年にアビスパ福岡でキャリアをスタートさせ、05年に名古屋に移籍。10年にはドラガン・ストイコビッチ監督の下、元日本代表GK楢﨑正剛やDF田中マルクス闘莉王らと共闘し、J1優勝を経験した。13年まで在籍し、14年にはヴィッセル神戸へ移籍。16年に北海道コンサドーレ札幌、18年からは京都でプレーした。だが、40歳となった昨季限りで契約満了となり、そのまま20年シーズンが開幕。現在は「事実上の引退」であるとし、福岡で児童発達支援として子供たちの教育をサポートしている。

 現役時代は191センチの長身を生かし、屈強なセンターバック(CB)として活躍。名古屋で優勝を果たした10年には楢﨑や闘莉王らとともに、Jリーグベストイレブンにも選出された。プロ生活17年間を走り抜けた増川にとって最も印象深かったのも、やはりJ1制覇を果たしたこの年。勝ち点72を掴み取り、2位ガンバ大阪に10ポイント差をつけて第31節湘南ベルマーレ戦(1-0)で悲願の初優勝を果たした。

「仲良かったし、一体感があった。試合に出ている選手だけじゃなく、試合に出ていない選手もすごくサポートしてくれていた。チームとしてもあの年は優勝に向かっていくという雰囲気がすごく出ていたので、まとまりがあった。すごくいい1年だった」

 なかでも“ターニングポイント”として感じていたのは、南アフリカ・ワールドカップ(W杯)での中断が開けて5試合が経ったアウェーでの第17節FC東京戦だ。0-0で迎えた後半アディショナルタイム4分、FW金崎夢生のヒールパスに反応した途中出場の元日本代表MF三都主アレサンドロのふわりとした左クロスを、闘莉王が高い打点のヘディングシュートで叩き込む。劇的な決勝点で勝利を掴んだ。

「すごく思い出に残っている。今ちゃん(今野泰幸/当時FC東京)の上から、闘莉王が決めて。(クロスが)自分の頭を越えちゃったと思ったら、後ろから闘莉王がドカンと決めてくれた。あれは興奮した。苦しい試合もものにできる。粘り強く戦っていたシーズンだったので、勝つ力があったのかな。そこから順位が上がっていくことで優勝を意識し始めた」

光った大黒柱の楢﨑、鼓舞する闘莉王の存在 「いろんな言い合いもしたけど…」

 そして、湘南戦で勝利を収めての栄冠。特に楢﨑、闘莉王の存在は大きく、チームの中心となって牽引した。特にW杯の中断明けからは上り調子。だが、当時のチームは初優勝の重圧を“楽しむ”ことができていたという。だからこそ、増川にとっては自身が経験した「キャリア最高」の”ドリームチーム”だった。

「チームのまとまりがあったから強かった。やっぱ点が入った時はベンチも一緒になって喜べていたし、そういう一体感のある雰囲気を持っていた。誰かがそっぽを向いていたら、そのチームは良くない。試合に出ている選手も出ていない選手もすごく頑張れているところがあったし、みんなで喜べる雰囲気があった。それが一番。それをナラさん(楢﨑)がずっと主将としてまとめてくれて、闘莉王は試合で一番うるさいですし(笑)。いろんな言い合いもしたけど、本当に仲が良かった」

 当時の秘話を明かした増川。南アフリカW杯明けのFC東京戦、初優勝が懸かった湘南戦を乗り越えてたどり着いた頂点の景色は、今でも忘れられない。優勝メンバーとして積んだ大きな経験や夢に向かって走り続ける大切さを今度はセカンドキャリアで生かし、未来へとつなげていく。

Football ZONE web編集部