【識者コラム】差別の根本にある無知、“お咎めなし”も弁解の余地はない

 ずいぶん前だが、ガーナに行った時のこと。なぜか周囲に子供たちが集まってきて、少し遠巻きにしながら何か言っている。

「チャイナ」「チャイナ」

 聞いてみると口々に「中国人」と囁いていた。どうもアジア人が珍しいらしい。「ジャパニーズ」と言ってみたら、「ジャパ……?」と一瞬固まってしまった。しかし、すぐにチャイナ、チャイナに戻った。たぶん日本を知らないのだ。我々も子供の頃、外国人は全部「アメリカ人」だと思っていた。

 アメリカでは「韓国人か?」と聞かれたこともある。「いや、日本人だけど」と言うと、なぜかその人は納得していない。「日本人はきちんとスーツを着ているのに、あなたはそうじゃないから」と言うのだ。アメリカ人も全員スーツを着ていないだろうに、スーツを着ていないから日本人ではないという発想はいったいどこからくるのかと思ったものだ。

 差別の根本は無知からきている。その時、そう思った。私を韓国人と思い込んでいた男には差別をするつもりはなく、たんに外見でしか見分けがつかないというだけの話なのだが、そこになんらかの恐怖心や嫌悪感が入ってくると、無知によって増幅されるのだろうと。

「クソ、中国人」

 ネイマールの酒井宏樹に対する人種差別発言は、証拠不十分でお咎めなしとなった。

 リーグ・アン第3節のパリ・サンジェルマン(PSG)とマルセイユの一戦は恒例と言っていい荒れ模様。最初から両チームともテンションが異常だったが、このカードにはつきものだ。ネイマールもディミトリ・パイェとの最初の接触から妙に吹き上がっていた。終了間際には両チーム合わせて5人が退場という結末に。乱闘の4人と、VARでアルバロ・ゴンサレスの後頭部をグーで軽く叩いていたネイマールも退場になった。試合はマルセイユが1-0で勝っている。

 酒井に対する暴言は、映像を読唇術で解読するとそう読み取れるというもので、この「クソ」の部分は、けっこうフランス人は頻繁に口にする。日常生活ではあまり聞かないが、サッカーのフィールド上ではかなりの頻度で使われている。自分のミスに苛立って使う場合もあり、暴言とは限らない。日本でも同じだが、もちろん品のいい言葉ではない。ただ、これで処分していたらサッカー選手はいなくなってしまうかもしれない。問題は「中国人」のほうだろう。

残念ながらフィールド上では罵詈雑言が乱れ飛んでいる

 ネイマールは酒井と何度も対戦しているから、日本人だということは知っているはずだ。それを、なぜわざと「中国人」と言ったのかは分からない。だが、「中国人」を日本人である酒井を貶める意味で使っているのだとしたら、差別というより中国人への侮蔑になる。言われた酒井も、いまいちピンとこなかったのではないか。

 ネイマールは先に差別的暴言を浴びせられて頭にきていたらしいが、それで差別し返すというなら天に唾するようなものだ。もしそうだとしたら、どこからどう見ても弁解の余地がなく、あれだけの名手が情けないという感想しか出てこない。だが、たぶん子供じみた悪口なのだろう。それならそれで、いっそう情けない気もするが。

 酒井はこの件でコメントを出している。一読した感じでは「相手にしていない」という印象だった。そりゃ、そうだろう。これで怒ったら酒井も中国人をバカにしていると思われかねない。たぶん、この手の“口撃”にも慣れていると思う。

 残念ながら、フィールド上では罵詈雑言が乱れ飛んでいて、差別的な言葉も混ざっている。実はそんなに悪気もない。ただ、エウゼビオは尊敬していたアルフレッド・ディ・ステファノに差別発言をされた時は「悲しかった」と述懐していたので、言われたほうはもちろん傷つく。近年はFIFA(国際サッカー連盟)も差別には厳しい態度を打ち出していて、世の中も変わってきたので、かつてのような状態ではないだろう。

 ネイマールの今回の暴言も、彼が子供の頃には普通にフィールドに溢れていたのではないかと思う。ただ、昔はそうだったでは許されないのだ。リーグがこの件を見逃し、あれだけ差別根絶を訴えていたFIFAからなんのアクションもないのは、どういうことなのかと思ってしまう。

Football ZONE web編集部