【日本人選手・年代別ベストイレブン|1983年度生まれ編】最終ラインと中盤にA代表経験者を揃える

 日本代表やJリーグに数多くのタレントを輩出した輝かしい世代はいつなのか。ここでは日本の“学年”の区切りに合わせた年度別の「年代別ベストイレブン」を編成。今回は1983年度(83年4月2日〜84年4月1日)生まれを見ていく。

 1983年度生まれの日本人Jリーグ経験者は116選手。このうち、日本代表として国際Aマッチを戦ったのは7名だ。その7名は中盤と最終ラインに固まっている。

 まずはチームのストロングポイントとなる最終ラインから組んでいく。2006年から13年にかけて代表に選ばれ、20試合に出場し3得点を記録したDF栗原勇蔵が、このチームの守備の要だ。センターバックタイプではDF永田充(2試合)とDF近藤直也(1試合)というフィードにも定評のあったセンターバックが、日の丸を付けてA代表の一員として戦っている。

 もう1人、DFの選手で日本代表に選出されたのが、右サイドバックをメインにしながら、中央も左サイドバックも万能にこなすDF徳永悠平だ。国際Aマッチ出場は9試合の徳永だが、U-18から年代別代表に選ばれ続けており、2004年アテネ五輪、05年ユニバーシアード、さらに12年ロンドン五輪にもオーバーエイジ枠で出場した。この4人を起用するのに最適な布陣は、3バックとなるだろう。

 中盤の選手に目を移せば、3度のワールドカップ(W杯)で日本代表のキャプテンを務め、現在もドイツのブンデスリーガで活躍を続ける驚異の37歳、MF長谷部誠(114試合2得点)を外す人はいないだろう。さらに、ジェフユナイテッド千葉時代からイビチャ・オシム監督の薫陶を受けたMF山岸智(11試合)、フィニッシュもチャンスメークもこなすレフティーのMF藤本淳吾(13試合1得点)の3選手を加えたい。

 フィールドプレーヤーの残りの枠は「3」だが、代表キャップを得られなかったものの、日本代表として2007年アジアカップのメンバーに選出されているMF太田吉彰は、一角に組み込めるポテンシャルの持ち主だろう。ジュビロ磐田では黄金期にMF名波浩が付けた7番と、FW中山雅史が背負った9番を背負っているアタッカーを、藤本とともに2列目に並べる。中盤の底で長谷部のパートナーとなるのは、中盤を幅広くこなせるMF松下年宏。所属したJリーグの6クラブすべてで中心選手として活躍した。

セカンドチームにもサイドの人材が豊富

 太田、松下とベガルタ仙台で活躍した選手が続いたが、1トップにも仙台OBを入れたい。今シーズンからは自身の出身地でもある沖縄のFC琉球に籍を置くFW赤嶺真吾だ。A代表は候補止まりだったが、2005年に開催された第23回ユニバーシアード優勝メンバーでもあり、J1でも長く活躍した。今季も琉球で11試合に途中出場し、1得点を記録している。

 この年代でJリーガーになったGKは9選手いるが、横浜F・マリノスでも正GKを務めたGK榎本哲也が、最も実績を残している。GK徳重健太と迷うところだが、セカンドチームのGKには愛媛FCで現役を続けているGK岡本昌弘を選出した。ベストイレブンでは徳永、山岸を両ウイングバックとする3-4-2-1のシステムにしたが、この年代はサイドバックで活躍した選手が多いため、セカンドチームはサイドハーフにもサイドバックをこなした“ノリカル”ことDF鈴木規郎と、負傷により早期の引退を強いられたMF高橋大輔を選出している。

Football ZONE web編集部