4人のディフェンダーが並んでいた最終ライン

 独自の「可変システム」で黄金時代を築いたサンフレッチェ広島が、新たな一歩を踏み出した。J2降格圏に低迷する不振の責任を取り、今月3日に電撃退任した森保一前監督の後任として招聘されたヤン・ヨンソン新監督が、初陣となる26日のFC東京とのYBCルヴァンカップ・プレーオフステージ第2戦で「4‐2‐3‐1」を採用。試合は0‐1で苦杯をなめ、2試合合計で0‐2のスコアで敗退したが、過去の栄光を断ち切り、クラブ一丸となってJ1残留を含めた未来へ向かう姿勢を力強く示した。(取材・文:藤江直人)

——————————

 キックオフを告げるホイッスルを待つ、敵地・味の素スタジアムのピッチ。サンフレッチェ広島の最終ラインには、アウェイ用の黄色いユニフォームに身を包んだ4人のディフェンダーが並んでいた。

 26日に第2戦が行われた、YBCルヴァンカップのプレーオフステージ。ノックアウトステージに進む最後の1枠を決める一戦でひとつの歴史が実質的な終焉を迎え、そして新たな扉が開かれた。

 サンフレッチェはJ2を戦っていた2008シーズンの途中から、「3‐4‐2‐1」をベースとしながら攻撃時には「4‐1‐5」へ、守備時には「5‐4‐1」となる独自の「可変システム」で戦ってきた。

 ボールをもったときには、前線へのパスコースがいくつも生まれる。翻って相手ボールのときには、自陣に強固なブロックを形成する。攻守両面で数的優位な状況を作り続け、対戦相手を凌駕してきた。

 2012シーズンから指揮を執った森保一監督のもとでさらに磨かれた「可変システム」は、4年間で3度のJ1制覇となって結実。リーグを代表する強豪の一角に、サンフレッチェを仲間入りさせた。

 迎えた今シーズン。サンフレッチェは開幕からまさかの低迷を強いられる。前半戦であげた勝利はわずか2つ。下を見ればアルビレックス新潟しかいない、J2への降格圏となる17位で折り返した。

 直後の今月4日に、森保監督の退任が電撃的に発表される。クラブ側は慰留に努めたが、プロとして結果を残せなかったことに対して責任を取りたい、という決断を翻意させることはできなかったとされる。

 新たに招聘されたのは、クラブの黎明期にコーチ及び選手を務めたOBでもあるヤン・ヨンソン監督。スウェーデン生まれの57歳の新指揮官は、15日の就任会見でこんな言葉を残している。

「(最終ラインを)5バックにすると、どうしても前線が1人になって寂しくなってしまう。もちろんいまのシステムでいいところもあるが、悪いところも出てくる。コーチングスタッフといろいろ相談しながら決めていくが、シチュエーションによっては4‐2‐3‐1や2トップにする可能性も考えている」

ヨンソン新監督が目指そうとしているサッカーの一端

 果たして、18日から開始された新体制下の練習では、4バックでの戦い方が微に入り細で確認された。注目されたFC東京戦で採用されたシステムは、宣言していた通り「4‐2‐3‐1」だった。

 センターバックを組んだのは水本裕貴と、昨シーズンの途中に横浜FCから加入した野上結貴。サイドバックは左に4年目の高橋壮也、右にはガンバ大阪から完全移籍で加入したばかりの丹羽大輝が入った。

 ボランチはキャプテンの青山敏弘と茶島雄介。2列目には左から柏好文、柴崎晃誠、アンデルソン・ロペス、そしてワントップに皆川祐介が配された布陣が攻撃面で機能したのは前半40分だった。

 FC東京の左コーナーキックのこぼれ球が、自陣の中央で青山に預けられる。このとき、柏、茶島、そして柴崎の3人がハーフウェイラインを越えて、トップスピードで敵陣へなだれ込んでいた。

 青山から柏へパスが通るとともに仕掛けられた、一気呵成のカウンター。FC東京で残っていたのはDF徳永悠平とMFユ・インスだけ。あとはドリブルで迫る柏の背後を、必死にMF室屋成が追走する。

 最後は柏からパスを受けた柴崎が、ペナルティーエリア内の右から右足でシュートを放つ。狙いすました一撃は残念ながらゴールの枠を外れ、右のサイドネットの外側に引っかかった。

「前半は耐える時間もあったが、徐々にウチのペースになっていい形も作れた。前半の終了間際にはカウンターから、いい攻撃を仕掛けることができた」

 試合後の公式会見。「冒頭で『ハジメマシテ』と挨拶をするのを忘れてしまいました」と笑いを誘ったヨンソン監督は、目指そうとしているサッカーの一端をこう明かしている。

「いろいろと形を変えてやっていこう、ということで練習をしてきた。守備面ではコンパクトにプレーしようと選手たちには言っている。攻撃面ではいつくかテーマがあるが、可能ならば手間をかけることなく、直線的な攻撃を仕掛けていきたいと考えている」

「非常に前向きな内容だったと思う」

 コンパクトに保たれた陣形が上下のラインコントロールだけでなく、左右へのスライドを絶え間なく繰り返して相手にスペースを与えない。そして、セカンドボールを素早く回収して、カウンターを発動させる。

 後半18分にはセンターサークル付近でこぼれ球を収めた皆川が素早く反転して、走り出していた途中出場のMFフェリペ・シウバへスルーパス。徳永を振り切ったシウバの一撃は、ポストに跳ね返された。

 これでシウバが気落ちしてしまったのか。直後に自陣で不用意なパスミスを犯してしまい、ボールを拾った室屋にペナルティーエリアの外側から目の覚めるようなミドルシュートを叩き込まれた。

 この失点を最後まで取り返せなかったサンフレッチェは、0‐1で黒星を喫しているホーム・エディオンスタジアム広島での第1戦と合わせて、0‐2のスコアでYBCルヴァンカップの敗退が決まった。

「非常に前向きな内容だったと思う。勝っていてもおかしくなかったし、(新しいシステムに)不慣れな部分もまったくなかった。後ろはしっかり整理されていいディフェンスをしていたし、まだ1試合目というか1週間なのでさらによくなるし、自信になる試合だった」

 試合後の取材エリアで、青山は努めてポジティブに前を向いた。DF千葉和彦との交代で青山がベンチに下がった後半34分からは、左腕にキャプテンマークを巻いた水本も胸を張って続いた。

「失点して、なおかつ負けているので結果としてはよくないけど、ラインコントロールやスライドなどでは練習でやってきたことを少しは出せたのかなと。いまは攻守両面でいいトレーニングができているし、僕自身はディフェンダーなので、攻めているときのバランスを特に監督からは求められています」

時間をかけて作り上げてきた「可変システム」

 ピッチで必死に戦っている選手たちも、一抹の寂しさを心の奥底に抱いていたかもしれない。サンフレッチェの象徴でもあった「可変システム」は、決して押しつけられたものではなかったからだ。

 誕生に至ったターニングポイントは、FC東京戦でもリザーブに名前を連ねていた36歳の大ベテランで、ユースから昇格して実に19年目を迎えているボランチ森崎和幸の「閃き」だった。

 当時は就任3年目を迎えていたミハイロ・ペトロヴィッチ監督(現浦和レッズ監督)のもと、オーソドックスな「3‐5‐2」を採用しながら、2008シーズンのJ2戦線で順調に勝ち点を積み重ねていた。

「そうしているうちに、攻撃の起点になっていたリベロのストヤノフに対して、相手のフォワードがマンマーク気味でつくようになった。そうした状況を打開するために僕が最終ラインに下がれば、ストヤノフへの厳しいマークがちょっとでも分散するだろうと思ったんです」

 マイボール時にボランチの一人が最終ラインに下がり、3バックから4バックへと変わるひな形はこうして生まれる。もちろん、ペトロヴィッチ監督も選手たちの自主的な判断を尊重してくれた。

 さらには指揮官自身もアイデアを出す。たとえば前線を佐藤寿人(名古屋グランパス)のワントップに変えて、その背後に2人の攻撃的MFを並べることで流動性を発揮させるようにほどこした。

 シーズン中に試行錯誤を繰り返しながら、「3‐4‐2‐1」がマイボール時には「4‐1‐5」や「2‐3‐5」となる超攻撃的な布陣が誕生。J2を勝ち点100、総得点99の独走で制する原動力になった。

 ペトロヴィッチ監督は2011シーズン限りで退任したが、同じ路線を継承し、特に守備の部分を強化・修正した森保監督のもとで、「可変システム」はJ1戦線をも席巻する威力を発揮するに至った。

「調子が悪い時期でも立ち戻ることができる場所、要は自分たちのサッカーというのがあれば、迷うことなくプレーができる。そこがぶれているチームは、やっぱり結果が出ていないので」

J2への降格という最悪の事態を避けるために

 単なる戦術という枠組みを飛び越えて、独自の「可変システム」はサンフレッチェというクラブに携わるすべての人間の拠りどころになっていると、森崎和は笑顔で語ってくれたこともある。

 しかし、プロの世界である以上は対峙するチームも対策を練ってくる。加えて「可変システム」を担ってきた主力選手たちが毎年のように抜ける、非情な現実も突きつけられてきた。

 この1年を振り返っただけでも、FW浅野琢磨(シュツットガルト)が旅立ち、佐藤が抜け、そして6月にはDF塩谷司もUAE(アラブ首長国連邦)の強豪アル・アインFCへ完全移籍している。

 そうした状況で陥ってしまった未曽有の大不振。リーグ戦における白星は、5月20日のヴァンフォーレ甲府戦を最後に遠ざかっている。ホームでは4分け5敗と、まだひとつも勝てていない。

 J2への降格という最悪の事態を避けるためにも、何かを変えなければならなかった。それが森保前監督の退任であり、10年目を迎えた「可変システム」との決別だった。

「守備のバランスは非常によかったと思うので、まずはそこから立て直していく。攻撃ではパト(パトリック)が入ったらもっと裏へのボールが出てくるし、カウンターだけでなくサイド攻撃も生きてくる」

 チームの心臓部を司る青山は、期限付き移籍で加入している巨漢FWパトリックを生かす術を早くも思い描く。見つめるのは未来へ可能性を求めることだけ、とばかりに水本も続いた。

「僕たちがやらなければいけないことは、やっぱり勝つことですから。特に8月は順位が近いチームとの対戦が多いので、そういう試合で勝ち点3をしっかり取りながら、一歩ずつ、一歩ずつ進んでいきたい」

 ヨンソン監督もタイトな守備からのカウンターだけでなく、両サイドからのクロスや、コンビネーションを駆使して相手ゴール前でファンタジーを作り出したいと設計図の続編をすでに描いている。

 パトリックだけでなく、オーストラリア代表歴をもつ前FC東京のFWネイサン・バーンズも加入した。J1残留圏内となる16位の北海道コンサドーレ札幌との勝ち点差は「5」。新たな歴史を紡いでいくために。過去の栄光を断ち切った、サンフレッチェの一丸になった戦いはこれから正念場を迎える。

(取材・文:藤江直人)