フィールドで最も冷静な男

 ダビド・デ・ヘアは長身スラリ系のGKにおける代表格である。このポジションに求められる全ての要素を兼ね備え、ゴールに鍵をかける。そして、完全無欠の守護神は強靭な精神力も有する。何にも動じないそのメンタリティが、デ・ヘアを世界最高に押し上げている。(文:西部謙司)

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 サッカー界だけのことなのかどうかわからないが、フォトグラファーの体型は2つに大別できる気がする。長身でスラリとして手足が長いカメラマン、そうでなければ身長に関係なくガチムチ系。もちろん中肉中背の人もいるが、だいたいどちらかのタイプが多い。日本よりもヨーロッパのほうがそうかもしれない。

 GKの体型はフォトグラファーと同じだ。ダビド・デ・ヘアはもちろん長身タイプである。マンチェスター・ユナイテッドの先輩としてはピーター・シュマイケルとファビアン・バルテズがガチムチ系、エドウィン・ファンデルサールがデ・ヘアと同じ長身系だ。

 ガチムチ系GKはとにかく圧がすごい。ゴールに立ちはだかる不動明王のようで、パンチングなんか頭に食らったら再起不能になりそうだ。一方、長身スレンダー系はあまり圧力がない。風のようにフワリと動いてシュートを止めてしまう。前者が燃える闘魂なら、後者は冷静沈着。デ・ヘアはイメージどおりクールな男であるようだ。ユナイテッドのGKコーチはこう話している。

「素晴らしいのは内面の強さだ。我々が彼に教えているのは『GKは最も冷静な男であるべき』なのだが、彼の偉大な特質の1つが冷静さだ」

足の一歩が大きい

 アトレティコ・マドリーの育成チームから、そのまま順調にトップへ昇格。アトレティコではEL優勝に貢献した。2011年に現在のマンチェスター・ユナイテッドにGKとしてはプレミア史上最高額の1890万ポンドで移籍した。

 デ・ヘアはGKに要求されるすべての能力に秀でている。シュートストップは抜群、足下の技術も高く、1対1での強さ、弱点といわれていたハイクロスも今や何の問題もない。

 これはデ・ヘアに限ったことではないが、最近のGKは足でのシュートストップが上手くなった。浮いているボールはもちろん手を使うが、低いシュートに対しては足のほうが早く反応できるからだ。距離の近いシュートの場合、そんなに届かない場所にボールが来ないかわりに速度があるのですぐ近くでも間に合わない。手を下ろしている間にゴールインしてしまう。一歩、足を動かせるかどうかで失点になるか否かが決まることも多い。

 デ・ヘアは193cmとGKとしては特別に大きくはないが足が長い。勝負どころの一歩が普通のGKに届かない場所まで届く。これは長身スラリ系GKのアドバンテージかもしれない。

ミスをものともしない強靱なメンタル

「自信がすごい。何も影響させない。ミスをしても動じないので、それが次のミスにつながることがない」(フアン・マタ)

 GKの中には、失点すると味方を叱りつける人もいる。味方の守り方に問題があって、それを指摘しているのだろうが、傍目にはストレスを解消しているようにしか見えない。

 失点の大半はGKのミスである。それがミスとは見えなくても、GK本人が本当にどうしようもなかった失点というのは実はそんなにないものなのだ。ミスとはいえないまでも、何かが少し違っていたら防げた失点だったという自覚がGKにはある。もちろん、それはコンマ数秒の出来事なのでチームメートも観客もほとんど気づかない。

 GKとストライカーは違う時間を生きている。たった1秒間でも、普通に生活している1秒の何倍も長く感じながらプレーしている。1秒で出来ることは限られているけれども、いくつかあった選択肢の何をすべきだったか、GKという人種は驚くほど細かく記憶している。1秒間は意外なぐらいいろいろなことを考えられるが、体はそんなに速く動かない。ゴール前では長い1秒を経験している。

 失点したとき、GKは自分に何らかの落ち度があったことを知っている。逆に言えば、いちいち気にしていたら務まらない。チームメートを怒鳴りつけてストレスを解消するぐらいの権利はあってしかるべきかもしれない。

 ただ、本物のストライカーがシュートを外しても引きずらないのと同じで、優れたGKはミスを次のプレーに影響させない。それはマタの言うように自信なのかもしれないし、ミスを引きずらないことを最初から決めているからかもしれない。デ・ヘアは怒鳴り散らすようなタイプではなく、淡々と何事もなかったかのようにプレーを続行する。強いフリをするのではなく、本当にメンタルが強いのだろう。

 カリスマ的な守護神だったイケル・カシージャスの後継者となったデ・ヘアも、長くスペインのゴールを守ることになるだろう。

(文:西部謙司)