韓国から入国すらままならない北朝鮮

北朝鮮代表対韓国代表。韓国代表が北朝鮮へ乗り込んでのアウェイゲームという前代未聞の一戦は無観客、中継なしという現代では考えられないブラインドマッチとなった。この一戦を当事者として迎えた人々はどのような経験をしたのか。韓国人記者がレポートする。(取材・文:キム・ドンヒョン【韓国】)
———————————————-

 北朝鮮。遠くて近い国。韓国としては腹違いの兄弟分みたいな存在。そして、サッカーでは当たりたくない国。

 しかし、このもっとも避けるべき国との対戦が決まったのは8月2日のことだった。

 オーストラリア出身の名手、ティーム・ケイヒルが引くくじでなんと北朝鮮とばったり遭遇してしまったのだ。正直筆者としては、この時には実感がなかった。スリランカやトルクメニスタンなど韓国から物理的に離れている異国への出張がより心配だったのも事実だ。

 しかし南北の異様なムードはサッカーへの歯車も狂わせた。北朝鮮には当然なことが常識ではないということを皆が忘れていた。韓国サッカー協会(KFA)が9月いっぱいで取材およびビザなどの承認を求めるも北朝鮮からの返答はなかった。

 北朝鮮への往来が自由な日本とは違い(編注:外務省からの自粛要請あり)、韓国は相当な手続きが必要となる。まず北朝鮮からインビテーション(招待状)をもらい、韓国の統一部から許可を得ないといけない。だが一番大事なこのインビテーションが選手にも、メディアにも、放送局にも全く届かなった。

 当然のことながらKFAが仕事を怠っていたわけではない。水面下でKFAの職員たちは仕事をしっかりとしていた。AFCとの協調、そしてFIFAにもこのプロセスでの答えを求めていた。当然ながらAFCも、FIFAも誠実に応じてくれたという。ここで返答が全くなかったのは、北朝鮮サッカー協会だった。

 待ちに待った選手団へのインビテーションが届いたのは10月11日のことだった。試合4日前だ。しかし不完全極まりないものだった。KFAの手元には選手25人及びスタッフ30人だけの招待状が届いただけだ。

 つまり取材や中継スタッフの訪問は拒まれたのである。中継なし、取材禁止というわけのわからない現実に直面する瞬間だった。選手団は13日に中国・北京に出発。そこにある北朝鮮大使館にスマートフォンなどを預け、試合前日の14日午後に北朝鮮へと入った。選手団の情報は選手団とともに北朝鮮入りしたKFAのスタッフが“何らかの形で”送ることが約束された。

まさかのノールック実況も…

 だがどこにいてもネットにつながる21世紀ではありえないことの連続だった。北朝鮮内でインスタントメッセンジャーのサーバーがシャットアウトされたため、スタッフがメールで状況を送ろうとしたがスタジアムではテキストのみのメールでさえ送れない状況になってしまった。

 結局選手団が北朝鮮入りしてからの3時間ほどは、それこそ行方不明状態になったのである。14日の記者会見には北朝鮮現地記者が5人参加したことは伝わってきたが、その会見の全文が届いたのは15日の朝だった。

 厳しい現実。試合当日はいったいどのようなことが起きるのか、むしろ楽しみで仕方がないほどだった。

 案の定、中継のないブラインドマッチは凄まじかった。スコア、イエローカード、退場、交代カードなどの基本的な状況だけが送り込まれる。キックオフ直前には観客がだれ一人もいないという情報も入ってきた。自発的な無観客試合だったのだ。

 しかもKFAのスタッフはネットに繋げず、この情報を同伴した(そしてネットにつながっている)AFCのスタッフに転送してもらい、韓国にいるKFAのスタッフに再送。この情報を記者たちに提供するという複雑多岐なプロセスを経た。

 一体これは生中継なのか、という純粋な疑問が生じる中、韓国の有名サッカーコメンテーターは中継を見ずに想像で解説をする“ノールック実況”を行うなど奇策も氾濫した。

 試合はご存知の通り、0-0と引き分けた。だが記事が書けない。厳密にいうと、書けないことはないで想像に頼ってしまった。例えば前半30分に出た李栄直(東京ヴェルディ)のイエローカードは果たしてどんな状況なのか、だれにもわからない。それこそ熾烈な戦いがあったのだろうと頭の中で描くしかなかったのだ。

電撃公開された一戦は90年代半ばかというクオリティ

 未曾有のブラインドマッチが招いた失態はここで終わらない。当初17日に編成されていた録画中継も突如取り消された。17日の早朝に帰国した選手団が試合映像をDVDでもらってくるものの、空港でこの映像の質を確認した放送局側から「これは画質も含めて放送用には使えない」ときっぱり切られたのだ。

 それでもKFAはこのフル映像を17日の午後記者たちに電撃公開した。筆者もこの動画を見るために駆け付けた。結論からいうとお粗末なクオリティであるのは間違いなかった。デジタルではなくアナログで録画された動画はまるで90年代半ばを彷彿とさせるものだった。

 カメラは4台ほどを設置しており、クローズアップするシーンがあったのは幸いだったが、ワイドショットだと誰が誰だが見分けることが不可能な質だったのである。

 しかし、少しながらの手ごたえはあった。この試合がどんな内容だったかこの目で確認できたということは唯一の収穫だ。望んでもいなかったブラインドマッチのせいで内容を想像しながら創造していた筆者にとっては謎が解ける瞬間だった。

 鼠一匹もいない金日成スタジアムで北朝鮮の選手たちが叫びまくっており、少し危険なバックタックルがグラウンドあちこちで発生する姿をみていたら選手たちが惨めに思えてきた。

 この苦労を凌げたのも選手たちにとっては大事な大事な経験の糧となるはずだと、信じるしかない。KFAはこの動画をハイライトに編集し、YouTubeなどにアップロードしている。

 17日の帰国記者会見で韓国の大黒柱ソン・フンミンはこの試合に関してこう語った。「試合ですか。あまり思い出したくないですね」と。想像に頼り記事を書いた記者たちにも、ハイライトでしか試合を見ていないファンたちにも全く同様ではないのだろうか。

(取材・文:キム・ドンヒョン【韓国】)