GK

 サッカー史上最も強く美しいクラブはどこか? そんな問いを受けた時、2006/07シーズン、カルロ・アンチェロッティ監督の下でチャンピオンズリーグ(CL)制覇を成し遂げたミランを挙げる人は多いのではないだろうか。MFカカをはじめ、各ポジションに実力者を揃えたロッソネロは強く、そして魅力に溢れるチームであった。今回、フットボールチャンネルでは当時の主力メンバーをピックアップ。世界の頂点に立ったメンバーを紹介していく。

——————————

GK:ジダ(ブラジル代表)
生年月日:1973年10月7日(当時33歳)
2006/07シーズンCL成績:11試合出場/8失点

 ミランの黄金期を最後尾から支え続けた元ブラジル代表GK。身長は195cmと大柄であり、その長い手足、驚異的な反射神経と身体能力の高さを武器に幾度となくチームのピンチを救ってきた。また、コリンチャンス在籍時にはPKを8回連続でセーブするなど、PKストッパーとしても名を馳せた選手である。

 ミランへ移籍を果たしたのは2000年のこと。加入当初は出場機会がなく、コリンチャンスへのレンタル移籍も経験したが、復帰後にはGKクリスティアン・アッピアーティから正守護神の座を奪い、ゴールマウスを守り続けた。2002/03シーズン、2006/07シーズンにチャンピオンズリーグ(CL)制覇をチームにもたらすなど名門で羽を広げたジダは、クラブでの活躍もありセレソンの正守護にも定着。イタリアの地で世界的なGKへと成長を果たした。

DF

DF:パオロ・マルディーニ(イタリア代表)
生年月日:1968年6月26日(当時38歳)
2006/07シーズンCL成績:9試合出場/0得点1アシスト

 今なお多くの人々の記憶に残り続ける世界屈指の名ディフェンダー。1対1での抜群の強さ、状況判断の良さ、優れた戦術理解能力、高いキャプテンシーとDFに必要な要素をすべて兼ね備えていた選手であり、数々の名ストライカーを無力化してきた存在でもある。現役時代には「ミランの象徴」、「史上最高の左サイドバック」と称され、数々の伝説をサッカー界に刻んできた。

 父チェーザレの下に生まれたパオロは、プロキャリアのすべてをミランに捧げた。セリエAでの出場試合数は「648試合」にも積み上がっており、この記録はGKジャンルイジ・ブッフォンと並んで歴代最多となっている。セリエA、チャンピオンズリーグ(CL)、コッパ・イタリアなど2009年に現役を引退するまで多くのタイトルをロッソネロにもたらし、現役時代に付けた背番号3はミランにおいて永久欠番に。まさに偉大なバンディエラである。

DF:アレッサンドロ・ネスタ(イタリア代表)
生年月日:1976年3月19日(当時31歳)
2006/07シーズンCL成績:8試合出場/0得点0アシスト

 2002年にラツィオからミランにやって来たDFは、瞬く間に世界的名手へと成長を遂げた。ボールに対する的確なアプローチと簡単に突破を許さない粘り強い対応で相手の攻撃をシャットアウトし続けたアレッサンドロ・ネスタは、ミランには欠かせない守備の要として活躍。2006/07シーズンにはDFパオロ・マルディーニと鉄壁CBコンビを形成し、クラブを世界一へ導いている。

 現役時代にミランでプレーし、世界的名手として歴史にその名を刻んだDFフランコ・バレージは過去に「ネスタのいないミランは考えられないね」とコメント。ネスタのクラブにおける重要性の高さは誰もが認めるところであった。ネスタは2012年までの10年間ミランでプレーしたが、その勇姿は人々の記憶に今なお残り続けている。

DF:マッシモ・オッド(イタリア代表)
生年月日:1976年6月14日(30歳)
2006/07シーズンCL成績:7試合出場/0得点1アシスト

 ミランの下部組織出身である元イタリア代表DF。トップチーム昇格後はなかなか出場機会に恵まれず様々なクラブへのレンタル移籍を繰り返すが、2002年に加入したラツィオで才能を開花させると、コッパ・イタリア制覇などに貢献。2006年、ドイツワールドカップに挑むイタリア代表メンバーにも選出され、アッズーリの一員として世界一を経験している。

 その活躍を高く評価したミランはマッシモ・オッドを2007年1月に完全移籍で獲得。その後は当時36歳だったカフーなどと激しいポジション争いを繰り広げながらも、2006/07シーズンのチャンピオンズリーグ(CL)では決勝トーナメントの全試合に出場。リバプールとの決勝でも右サイドバックとしてフル出場を果たしており、ビッグイヤー獲得に貢献している。

マレク・ヤンクロフスキ(チェコ代表)
生年月日:1977年5月9日(当時30歳)
2006/07シーズンCL成績:13試合出場/0得点0アシスト

 母国のバニーク・オストラヴァでプロデビューを果たし、2005/06シーズンよりミランでプレーしている元チェコ代表DF。当初同選手はボランチを本職としていたが、カルロ・アンチェロッティ監督の下でサイドバックにコンバートされると、新たな才能が開花。積極的な攻め上がりと正確な左足のキックで幾度となく効果的なプレーを発揮し、ミランの左サイドを活性化させた。

 アンチェロッティ監督率いるミランに欠かせぬ存在として活躍したマレク・ヤンクロフスキは、2006/07シーズンのチャンピオンズリーグ(CL)で全13試合に出場するなどチームのビッグイヤー獲得に大きく貢献。その後もミランの黄金期を支え続けたヤンクロフスキであったが、怪我にも悩まされるようになり、2012年2月に古巣のバニーク・オストラヴァで現役を引退している。

MF

MF:アンドレア・ピルロ(イタリア代表)
生年月日:1979年5月19日(当時28歳)
2006/07シーズンCL成績:12試合出場/1得点1アシスト

 アンドレア・ピルロがミランへやって来たのは2001年のこと。ただ、当時はトップ下にMFマヌエル・ルイ・コスタがおり、出場機会はほとんどなかった。しかし、2001/02シーズン途中にカルロ・アンチェロッティが監督に就任すると、ピルロはアンカーでの起用を指揮官に直訴。以降、中盤底で才能を示したピルロは、ミランの「顔」として印象的なプレーを見せ続け、世界屈指の“レジスタ”としてその名を轟かせた。

 2006/07シーズンも攻撃を司る存在として活躍したピルロは、同シーズンのチャンピオンズリーグ(CL)で12試合に出場。左右両足から放たれる正確無比なキックで幾度となく違いを生み、自身2度目となるビッグイヤー獲得を果たしている。その活躍が評価され、2007年のバロンドール投票ではMFカカ、FWリオネル・メッシやFWクリスティアーノ・ロナウドら錚々たるメンバーがいる中、4位の票数を獲得している。

MF:マッシモ・アンブロジーニ(イタリア代表)
生年月日:1977年5月29日(当時29歳)
2006/07シーズンCL成績:10試合出場/0得点2アシスト

 1994年、当時セリエBに所属していたチェゼーナでプロデビューを果たしたMF。その翌年にファビオ・カペッロ監督にその才能を見出されたマッシモ・アンブロジーニは、ミランに引き抜かれ名門クラブの一員となった。以降、1997/98シーズンこそヴィチェンツァでプレーしたものの、そのほとんどをミランで過ごしたアンブロジーニ。2009年にはパオロ・マルディーニが引退したミランにおいてキャプテンにも就任している。

 そのプレーに派手さはないが、献身的な守備が光り、中盤でピンチの芽を的確に摘む能力が非常に高い選手だ。目立たずとも、90分間ピッチを幅広く動き回り汗をかき続けることができる。アンカーのMFアンドレア・ピルロが攻撃面で絶大な貢献度を誇ることができるのもこの選手のおかげ。やはりミランには欠かせない存在であったと言える。

MF:ジェンナーロ・ガットゥーゾ(イタリア代表)
生年月日:1978年1月9日(当時29歳)
2006/07シーズンCL成績:11試合出場/0得点0アシスト

 いついかなる時でも闘志溢れるプレーを見せ、ミラニスタのハートをガッチリ掴み取った中盤の潰し屋。カードを恐れない強烈なタックルと獲物を決して逃がさない激しいマークで相手選手を無力化できる選手であり、そのプレースタイルゆえ与えられた異名は「闘犬」である。感情が高ぶるあまり相手選手、監督などと衝突することも多々あったが、そういった点含めガッツ溢れる名手であったと言えるだろう。

 マッシモ・アンブロジーニと同じく、アンカーのアンドレア・ピルロが生きるためにはガットゥーゾの存在は欠かせなかった。過去にカルロ・アンチェロッティ監督は「私が攻撃的サッカーを志向できるのは彼のおかげ」と話しており、その貢献度の高さは明らかだった。華麗なテクニックも鮮やかなパスも得意としているわけではないが、ガットゥーゾという男はミラニスタにとっての「魅力」であったことは間違いない。

MF:カカ(ブラジル代表)
生年月日:1982年4月22日(当時25歳)
2006/07シーズンCL成績:13試合出場/10得点3アシスト

 ミランで“世界一”の称号を手に入れた元ブラジル代表MF。2003年、ブラジルの名門・サンパウロからやって来たカカは、緩急を巧みに使いこなしたドリブル、簡単にボールを奪われない鮮やかなテクニックを駆使してミランの攻撃陣を大きく活性化。得点やアシストを量産し、チームとしても個人としても数多くのタイトルを獲得してきた。まさに、サッカー界のスーパースターである。

 2006/07シーズンのチャンピオンズリーグ(CL)では全13試合に出場し、10得点3アシストをマーク。ブラジル人としてはFWリバウド以来となるCL得点王を獲得し、クラブにビッグイヤーをもたらした。そして、2007年のFIFAクラブワールドカップでも1得点3アシストの大活躍。ミランを世界一に導き、カカ自身も同年にFWリオネル・メッシらを抑え見事バロンドールを獲得している。カカがミランにもたらした功績は、今なお色褪せてはいないだろう。

MF:クラレンス・セードルフ(オランダ代表)
生年月日:1976年4月1日(当時31歳)
2006/07シーズンCL成績:12試合出場/2得点4アシスト

 オランダの名門・アヤックスで頭角を現し、その後レアル・マドリードやインテルなどのビッグクラブでプレーした元オランダ代表MF。そんな同選手がミランにやって来たのは2002/03シーズンのこと。加入から間もなくしてレギュラーに定着したクラレンス・セードルフは、攻守両面で絶大な輝きを放ち、いきなりチャンピオンズリーグ(CL)制覇に貢献。異なる3つのクラブでCL制覇を経験したのは同選手が史上初のことだった。

 その後、マヌエル・ルイ・コスタ退団に伴い伝統ある「10番」を受け継いだセードルフは、後のバロンドーラーであるMFカカらと共にミランの攻撃陣をけん引。2006/07シーズンのCLではカカが得点王となりスポットライトを浴びたものの、セードルフも12試合で2得点4アシストと好パフォーマンスを収めており、この年のビッグイヤー獲得に大きく貢献していた。

FW

FW:フィリッポ・インザーギ(イタリア代表)
生年月日:1973年8月9日(当時33歳)
2006/07シーズンCL成績:10試合出場/4得点1アシスト

 現役時代に「ピッポ」の愛称でサポーターから愛されたストライカー。相手DF陣の背後を取る動き出しに長ける選手であり、ポジショニングの良さから引き出される抜群のゴールへの嗅覚で得点を量産できる存在だ。こぼれ球に対する反応も素早く、身体を投げ出して泥臭くゴールを奪う姿勢も失わない。そのプレースタイルを名将サー・アレックス・ファーガソン氏は「彼はオフサイドラインで生まれた男」と評価していた。

 かつてミランで活躍したFWアンドリー・シェフチェンコやFWロナウドのようなスーパーな存在ではなかった「ピッポ」だが、大舞台での強さは圧巻であった。2006/07シーズンのチャンピオンズリーグ(CL)決勝では2ゴールをマークし優勝に貢献すると、FIFAクラブワールドカップの決勝でも2ゴールと爆発。勝負強さをフルに発揮してチームにタイトルをもたらし続けた。彼もまた、ミラニスタの記憶に残る偉大なストライカーだ。

フォーメーション

▽GK
ジダ

▽DF
パオロ・マルディーニ
アレッサンドロ・ネスタ
マッシモ・オッド
マレク・ヤンクロフスキ

▽MF
アンドレア・ピルロ
マッシモ・アンブロジーニ
ジェンナーロ・ガットゥーゾ
カカ
クラレンス・セードルフ

▽FW
フィリッポ・インザーギ