「最高の選手」と評されたFW

10番はチームの中心選手だけに背負うことが許される特別な番号だ。各クラブの歴史の中で様々な選手が背番号10を背負ってプレーしてきた。今回は、マンチェスター・ユナイテッドで10番をつけた選手を5人紹介する。※年齢は背番号10をつけた時点、リーグ戦成績、監督、獲得タイトルは背番号10をつけた期間でのもの
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マーク・ヒューズ(ウェールズ代表)
生年月日:1963年11月1日(29歳)
期間:93/94〜94/95(※固定背番号制となった93/94以降)
リーグ戦成績:70試合出場/20得点

監督:アレックス・ファーガソン
獲得タイトル:プレミアリーグ(93/94)、FAカップ(93/94)

 それまで試合ごとに決められていた背番号は、プレミアリーグ発足2年目の93/94シーズンから固定されることになった。アレックス・ファーガソン監督率いるマンチェスター・ユナイテッドでこのとき10番を背負っていたのはマーク・ヒューズである。

 ヒューズは14歳のときにユナイテッドに加入した。1985年にイングランド・プロサッカー選手協会(PFA)の年間若手最優秀選手に選ばれている。バルセロナとバイエルン・ミュンヘンでは結果を残せなかったが、1988年にユナイテッドに復帰すると、88/89、90/91にはPFAの年間最優秀選手に選出される活躍を見せた。

 プレミアリーグが発足された92/93シーズンはエリック・カントナとのコンビでゴールを量産し、26年ぶりのリーグ優勝に貢献した。ファーガソン監督は「私が出会った中で最高の選手」とヒューズを絶賛している。

 95年にチェルシーに移籍。晩年はサウサンプトン、エバートン、ブラックバーンでプレーし、38歳でユニフォームを脱いでいる。引退後は母国ウェールズ代表の監督を5年間務めた後、イングランドのクラブの監督を歴任している。

<h2>00/01シーズンMVP

テディ・シェリンガム(イングランド代表)
生年月日:1966年4月2日(33歳)
期間:97/98〜00/01
リーグ戦成績:104試合出場/31得点

監督:アレックス・ファーガソン
獲得タイトル:インターコンチネンタルカップ(99)、UEFAチャンピオンズリーグ(98/99)、プレミアリーグ(98/99、99/00、00/01)、FAカップ(98/99)

 トッテナム・ホットスパーでプレミアリーグ初代得点王となったテディ・シェリンガムは、1997年にエリック・カントナが引退したマンチェスター・ユナイテッドに移籍。95年までマーク・ヒューズがつけていた背番号10は、1年間の欠番を経て96/97にデイビッド・ベッカムがつけたが、ベッカムはシェリンガムに10番を譲り、自身はカントナがつけていた7番を選んでいる。

 ユナイテッドは1998/99にトレブル(3冠)を達成。シェリンガムはUEFAチャンピオンズリーグ決勝では試合終了間際に1得点1アシストを決めてカンプノウの奇跡の立役者となった。シェリンガムは15得点6アシストをマークした00/01、イングランド・プロサッカー選手協会(PFA)の年間最優秀選手に選ばれ、プレミアリーグ3連覇に貢献した。

 当時の前線にはドワイト・ヨーク、アンディ・コール、オーレ・グンナー・スールシャールがいたために出場機会は限られたが、印象的な活躍を見せた選手だった。ルート・ファンニステルローイが加入した01年にユナイテッドを退団。古巣トッテナムに戻って2シーズンプレーしたシェリンガムは、ポーツマスやウェストハムと渡り歩き、コルチェスターで現役生活を終えている。


<h2>オランダ代表の点取り屋

ルート・ファンニステルローイ(オランダ代表)
生年月日:1976年7月1日(25歳)
期間:01/02〜05/06
リーグ戦成績:150試合出場/95得点

監督:アレックス・ファーガソン
獲得タイトル:プレミアリーグ(02/03)、FAカップ(03/04)、EFLカップ(05/06)

 オランダ代表のルート・ファンニステルローイはPSVでの2シーズンで60ゴールを挙げる活躍を見せた。膝の十字靭帯損傷による長期離脱を経験したが、復帰を果たした2001年にマンチェスター・ユナイテッドへ移籍した。

 ユナイテッドがプレミアリーグで優勝した02/03、ファンニステルローイはプレミアリーグとUEFAチャンピオンズリーグ(CL)でともに得点王に輝いた。04/05シーズンのCLはラウンド16で敗退したものの、自身は8得点を挙げて得点王となっている。

 ユナイテッドでプレーした5シーズンで、ファンニステルローイは公式戦150得点を挙げた。05/06シーズンも前半戦だけで15ゴールを決めたが、アレックス・ファーガソン監督との確執が深まり、このシーズン限りで退団。レアル・マドリード、ハンブルガーSVを経て、スペインのマラガで2012年に現役を引退した。


<h2>クラブ最多得点

ウェイン・ルーニー(イングランド代表)
生年月日:1985年10月24日(21歳)
期間:07/08〜16/17
リーグ戦成績:293試合出場/142得点

監督:アレックス・ファーガソン、デイビッド・モイーズ、ルイス・ファンハール、ジョゼ・モウリーニョ
獲得タイトル:FIFAクラブワールドカップ(08)、UEFAチャンピオンズリーグ(07/08)、プレミアリーグ(07/08、08/09、10/11、12/13)、FAカップ(15/16)、EFLカップ(08/09、09/10、16/17)

 エバートンでプロデビューしたウェイン・ルーニーは、18歳のときにマンチェスター・ユナイテッドに移籍した。デビュー戦でいきなりハットトリックを達成すると、2年連続でイングランド・プロサッカー選手協会(PFA)の最優秀若手選手賞を受賞している。

 ユナイテッドでの最初の3シーズンは8番をつけてプレーしたが、07/08から背番号10が与えられた。プレミアリーグでは5度の優勝、07/08にはUEFAチャンピオンズリーグ制覇に導いている。

 14/15には主将に任命され、アレックス・ファーガソン監督の勇退後も中心選手としてプレーした。13シーズンで公式戦559試合に出場し、ボビー・チャールトンが持っていたクラブ記録を上回る253ゴールをマーク。17年に古巣エバートンに復帰したルーニーはMLSのDCユナイテッドを経て、現在はチャンピオンシップ(2部)に所属するダービー・カウンティで主将としてプレーしている。


<h2>生え抜きの若きエース

マーカス・ラッシュフォード(イングランド代表)
生年月日:1997年10月31日(20歳)
期間:18/19〜
リーグ戦成績:55試合出場/24得点

監督:ジョゼ・モウリーニョ、オーレ・グンナー・スールシャール
獲得タイトル:なし

 ルーニーの退団により空いた10番はズラタン・イブラヒモビッチがつけたが、18年3月にロサンゼルス・ギャラクシーに移籍したことで再び欠番となった。そして、それから数か月後、背番号10はマーカス・ラッシュフォードに渡っている。20歳で背番号10を背負うのは、固定背番号制となった1993/94シーズン以降では最年少となった。

 ラッシュフォードは7歳からユナイテッドのアカデミーでプレーしている。16年2月、18歳でトップチームデビューを果たすと、ルイス・ファンハール監督の下で定位置を獲得。デビューシーズンは39番を背負っていたが、次の2シーズンは19番をつけてプレーした。

 ラッシュフォードが背番号10を背負って戦うこの2シーズン、指揮官がジョゼ・モウリーニョからオーレ・グンナー・スールシャールへと代わったユナイテッドはタイトル争いに絡めていない。しかし、そんな苦しい状況下でラッシュフォードは、18/19に10ゴール6アシスト、19/20はここまで14ゴール4アシストと奮闘している。

【了】