フランスW杯

日本代表は初出場から6大会連続でワールドカップ本大会に出場している。その間、中山雅史や高原直泰、現在の大迫勇也まで多くのストライカーが日本代表でプレーしてきた。今回は、1998年のフランス大会からロシア大会まで、ワールドカップ当時のセンターフォワードのレギュラーを紹介する。※所属チームは大会前時点、年齢は初戦時点のもの。
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監督:岡田武史
戦績:グループステージ敗退

背番号9:中山雅史(ジュビロ磐田)
生年月日:1967年9月23日(30歳)
個人成績:3試合出場/1得点0アシスト

背番号18:城彰二(横浜マリノス)
生年月日:1975年6月17日(22歳)
個人成績:3試合出場/0得点0アシスト

 初出場を懸けて戦ったフランスワールドカップアジア最終予選で日本代表は韓国に次ぐグループ2位となり、イランとの第3代表決定戦に回っている。マレーシアのジョホールバルで行われたこの試合に、岡田武史監督は三浦知良と中山雅史の2人を前線に起用した。

「ジョホールバルの歓喜」と呼ばれたこの試合には、5人のフォワードが出場している。先制ゴールを挙げた中山と三浦は63分に呂比須ワグナーと城彰二と交代。岡野雅行は延長戦開始と同時に投入された。城は貴重な同点ゴールを奪い、岡野はワールドカップ出場を決めるゴールデンゴールを決めた。

 スイスで行われた直前合宿には25人が参加し、そこから22人の本大会メンバーを選ぶことになった。初戦の12日前、指揮官は18歳だった市川大祐、イラン戦にも先発した北澤豪と三浦をメンバーから外すことを発表。本大会には城を中心に中山、呂比須、岡野の4人のFWで臨むことになった。

 アルゼンチンとの初戦には中山と城の2トップが起用された。日本代表は強豪を相手になんとか攻撃を凌いでいたが、28分に失点。65分に中山を下げて呂比須を入れたが、得点を奪うことはできずに敗れた。

 クロアチアとの第2戦も同じ11人で臨んでいる。スコアレスで試合は進んだが、77分に失点。岡野と呂比須を入れて前線の枚数を増やしたが、最後までゴールは遠かった。日本代表は連敗でグループステージ敗退が決まっている。

 ジャマイカ戦も城と中山が先発したが、54分までに2点を先制されてしまう。そこで、ここまでフル出場していた城と初出場だった小村徳男を下げ、呂比須と平野孝を入れて攻勢に出た。すると74分、相馬直樹のクロスを呂比須が落とし、中山が右脚でゴールに押し込んだ。

 日本代表は歴史的なワールドカップ初得点を決めたが、試合は1-2で敗れている。初のワールドカップは全敗に終わり、1得点しか挙げることはできなかった。無得点に終わった城は帰国時に空港でファンから水を浴びせられている。

●アルゼンチン戦の先発メンバー

▽GK
川口能活

▽DF
中西永輔
井原正巳
秋田豊

▽MF
名良橋晃
山口素弘
名波浩
相馬直樹
中田英寿

▽FW
中山雅史
城彰二

<h2>日韓W杯

監督:フィリップ・トルシエ
戦績:ベスト16

背番号13:柳沢敦(鹿島アントラーズ)
生年月日:1977年5月27日(25歳)
個人成績:3試合出場/0得点1アシスト

背番号11:鈴木隆行(鹿島アントラーズ)
生年月日:1976年6月5日(25歳)
個人成績:4試合出場/1得点0アシスト

 ワールドカップに出場した城彰二や中山雅史はフランス大会後も起用されていたが、世代別の日本代表監督を兼務するフィリップ・トルシエは、若い選手たちを積極的にA代表に引き上げた。シドニー五輪後の2000年10月に行われたアジアカップには高原直泰、柳沢敦、北嶋秀朗、久保竜彦、西澤明訓という20代前半のFW陣で臨むと、高原と西澤が5ゴールずつを挙げて日本代表の優勝に大きく貢献した。

 高原は所属するジュビロ磐田でも00年のベストイレブンに選ばれる活躍を見せた。01年8月にはアルゼンチンのボカ・ジュニアーズに移籍を果たしたが、チームで確固たる居場所を築くことはできなかった。それでもJリーグに復帰して結果を残し、エースとしてワールドカップでの活躍を期待された。

 しかし、遠征先のポーランドから経由地のパリに向かうフライトを終えると、高原の左胸に痛みが襲った。帰国後は痛みを抱えながらプレーを続けたが、静脈血栓塞栓症(エコノミークラス症候群)と診断された。

 高原を欠いたFWには、柳沢、鈴木隆行、西澤、森島寛晃、中山の5人が選ばれた。鈴木は01年4月にデビューすると、コンフェデレーションズカップのカメルーン戦で2ゴールを決めている。中山は5月の欧州遠征に参加していなかったが、ノルウェー戦の惨敗を受けてベテランの必要性を感じたトルシエが招集を決断した。

 ベルギーとの初戦には鈴木と柳沢が起用された。57分に先制を許したが、直後に小野伸二のロブパスに反応した鈴木がDFラインの裏を取る。相手DFをかいくぐって右足を伸ばすと、つま先に当たったボールはGKをすり抜けてゴールネットを揺らした。

 直後に稲本潤一のゴールで逆転に成功したが、試合終盤に追いつかれて引き分け。続くロシア戦は柳沢がクロスをワンタッチではたくと、稲本が2試合連続となるゴールを決めて勝利した。1勝1敗で迎えたチュニジア戦では、後半開始と同時に起用された森島がゴールを決めて2-0で勝利。日本代表は2勝1分でグループステージ突破を決めた。

 トルコとのラウンド16で、トルシエは驚きの起用を見せた。ここまで先発で起用されてきた柳沢と鈴木、チュニジア戦でゴールを決めた森島をベンチに置き、ここまで出番がなかった西澤と左アウトサイドが本職の三都主アレサンドロを2トップに配置した。奇策はうまくいかず、後半開始と同時に三都主を下げて鈴木を投入。終盤には森島を入れたがゴールは奪えず、DF陣のミスから許した失点が決勝点となり、準々決勝進出を果たすことはできなかった。

●ベルギー戦の先発メンバー

▽GK
楢崎正剛

▽DF
松田直樹
森岡隆三
中田浩二

▽MF
市川大祐
稲本潤一
戸田和幸
小野伸二
中田英寿

▽FW
鈴木隆行
柳沢敦


<h2>ドイツW杯

監督:ジーコ
戦績:グループステージ敗退

背番号9:高原直泰(ハンブルガーSV)
生年月日:1979年6月4日(27歳)
個人成績:3試合出場/0得点0アシスト

背番号13:柳沢敦(鹿島アントラーズ)
生年月日:1977年5月27日(29歳)
個人成績:2試合出場/0得点0アシスト

 エコノミークラス症候群から復帰した高原はJリーグで大活躍を見せ、02年の得点王と年間MVPに輝き、03年にドイツのハンブルガーSVに移籍している。日韓ワールドカップで活躍した鈴木隆行は02年夏にベルギーのヘンクへ、柳沢敦も03年夏にイタリアのサンプドリアへ移籍。さらなる成長を求め、欧州に活躍の場を移した。

 横浜F・マリノスが初の完全優勝を達成した03年、ベストイレブンに輝いた久保竜彦はジーコジャパンでも活躍した。ワールドカップ予選のオマーン戦では後半アディショナルタイムに決勝点を奪うなど、得点を量産している。

 高原と久保が不参加となった04年のアジアカップでは、この年の3月に代表デビューしたばかりの玉田圭司が活躍した。バーレーンとの準決勝では2ゴールを奪い、決勝でも後半アディショナルタイムにダメ押しの3点目を決めた。チームトップタイの3得点をマークする活躍で、日本代表を優勝に導いている。

 ガンバ大阪で03年から3年連続2ケタ得点をマークした大黒将志は、アジア予選で苦しむ日本代表の救世主となった。デビュー2戦目となった05年2月の北朝鮮戦では79分に投入されると、91分に値千金の勝ち越しゴールを奪った。この年のコンフェデレーションズカップでもギリシャ戦では決勝ゴール、ブラジル戦でも同点ゴールを決める活躍を見せた。

 本大会のメンバー発表会見でジーコは、高原、大黒、柳沢、玉田に続き、巻誠一郎の名前を読み上げている。巻はワールドカップイヤーに入ってから5試合で3得点と好調だった。一方で、持病の腰痛悪化によりパフォーマンスが上がらなかった久保はメンバーから外れている。

 初戦のオーストラリア戦には、高原と柳沢が先発で起用された。26分に中村俊輔のラッキーなゴールで先制したが、その後は相手の攻撃に苦しんだ。攻勢を強めるオーストラリアに対してカウンターから追加点を狙うが、ゴールを奪うことはできなかった。79分に柳沢を下げて小野伸二を入れると、日本代表はそこから3失点で逆転負けを喫している。

 初戦と同じ2トップが起用されたクロアチア戦はスコアレスのまま試合が進んだ。51分にワンツーで抜け出した加地亮がクロスを入れるが、フリーだった柳沢はこれを右足アウトサイドに当てて外してしまった。日本代表は得点を挙げることができず、第2戦は引き分けに終わっている。

 わずかな望みを懸けて臨んだブラジル戦は、玉田と巻が2トップに起用された。ブラジルの猛攻を凌いだ日本代表は三都主アレサンドロのパスに反応した玉田が先制ゴールを決める。しかし、前半終了間際の失点を皮切りにスター軍団の攻撃を抑えきれず。FW陣は玉田の1点のみという結果に終わり、日本代表はグループステージ敗退となった。

●オーストラリア戦の先発メンバー

▽GK
川口能活

▽DF
坪井慶介
宮本恒靖
中澤佑二

▽MF
駒野友一
中田英寿
福西崇史
三都主アレサンドロ
中村俊輔

▽FW
柳沢敦
高原直泰


<h2>南アフリカW杯

監督:岡田武史
戦績:ベスト16

背番号18:本田圭佑(CSKAモスクワ)
生年月日:1986年6月13日(23歳)
個人成績:4試合出場/2得点1アシスト

 ドイツワールドカップ後に監督に就任したイビチャ・オシムは、Jリーグで活躍する選手を中心にチーム作りを進めた。FWにはジェフユナイテッド市原で指導した巻を中心に、田中達也や我那覇和樹、佐藤寿人といった選手たちがプレーしている。

 07年は海外組との融合を図り、アジアカップでは高原直泰を前線の軸に据えた。高原は準々決勝までの4試合で4ゴールをマークしたが、不発に終わった準決勝で日本代表は2-3で競り負けると、3位決定戦は延長戦を含めて0-0で、PK戦の末に敗れている。

 この年の11月にオシムは病に倒れ、翌年から岡田武史監督が日本代表の監督に就いた。北京五輪世代を中心に若い選手が多く抜擢される中で、高原は代表から遠ざかっている。一方、08年10月に初出場を飾った岡崎が09年10月に2試合連続ハットトリックをマークし、エース不在だった日本代表に主力に定着している。

 南アフリカワールドカップには常連だった玉田と岡崎、2列目でプレーできる大久保に加えて、森本貴幸と矢野貴章がサプライズ選出を果たしている。

 岡田監督は大会直前に戦術の変更を決断した。それまで岡崎をベンチに置き、右サイドの中村俊輔の控えだった本田圭佑を1トップに抜擢。岡崎は試合途中からサイドで起用されることとなった。

 岡田監督の采配は的中し、カメルーンとの初戦は本田のゴールで勝利した。オランダには敗れたが、デンマーク戦では本田と遠藤保仁のFKが決まり、松井大輔に代わって出場した岡崎が終盤にダメ押しの3点目を決めた。

 1トップに抜擢された本田は2得点1アシストの活躍で決勝トーナメント進出の立役者となった。激しい運動量が要求されるサイドハーフで起用された大久保も4試合すべてに先発。途中出場した岡崎や矢野もサイドで指揮官の要求に答える活躍を見せた。


<h2>ブラジルW杯

監督:アルベルト・ザッケローニ
戦績:グループステージ敗退

背番号:大迫勇也(1860ミュンヘン)
生年月日:1990年5月18日(24歳)
個人成績:2試合出場/0得点0アシスト

 アルベルト・ザッケローニ監督は本田圭佑を本職のトップ下に置き、1トップには前田遼一を起用した。2009年、10年と2年連続でJリーグのベストイレブンに選出された前田は、アジアカップ全6試合に先発。サウジアラビア戦では2得点、準決勝の韓国戦では貴重な同点ゴールを決める活躍を見せ、日本代表の優勝に貢献した。

 アジアチャンピオンとして臨んだ13年のコンフェデレーションズカップで日本代表は惨敗した。すると、直後に行われた東アジアカップで代表デビューとなった2人のFWが1トップ候補に急浮上する。柿谷曜一朗は3得点で得点王に輝き、オーストラリア戦に先発した大迫勇也も2ゴールを挙げてアピールに成功した。

 前田はコンフェデレーションズカップ以降、再び代表でプレーすることはなかった。13年のJリーグ得点王に輝いた大久保嘉人が本大会のメンバーに滑り込み、1トップ候補は柿谷、大迫、大久保の3人という陣容でブラジルに乗り込んでいる。

 大迫が起用された初戦のコートジボワールは本田のゴールで先制に成功したが、立て続けに失点して逆転を許した。逆転された直後に大久保が投入され、終盤には柿谷が出場したが、1-2で日本代表は初戦を落としている。

 第2戦でも大迫が1トップを務め、右サイドには大久保が起用された。前半にギリシャが退場で1人少なくなったが、日本代表はゴールを奪うことができずに引き分け。コロンビア戦で1トップに起用された大久保もゴールを決めることができず、1-4で敗れた。1トップで起用された3人は無得点に終わり、日本代表は1勝もできずに大会を去っている。

●コロンビア戦の先発メンバー

▽GK
川島永嗣

▽DF
内田篤人
森重真人
吉田麻也
長友佑都

▽MF
山口蛍
長谷部誠
岡崎慎司
本田圭佑
香川真司

▽FW
大迫勇也

<h2>ロシアW杯

監督:西野朗
戦績:ベスト16

背番号:大迫勇也(ブレーメン)
生年月日:1990年5月18日(28歳)
個人成績:4試合出場/1得点0アシスト

 ブラジルワールドカップ後に就任したハビエル・アギーレは、マインツで15得点をマークした岡崎を1トップで起用している。しかし、全試合に先発した15年1月のアジアカップで、ゴールは初戦のパレスチナ戦のみと期待に応えられず。日本代表はベスト16で姿を消している。

 ヴァイッド・ハリルホジッチが監督に就任すると、岡崎は初陣から3試合連続ゴールを決めて指揮官の信頼を掴んだ。アジア予選でもゴールを重ねたが、16年11月のオマーン戦で大迫が2ゴールを決めたことで立場が逆転。以降は大迫が先発に起用される機会が増えた。

 18年4月に解任されたハリルホジッチに代わってワールドカップの指揮を執ることになった西野朗監督は、大迫、岡崎に加えて武藤嘉紀を本大会のメンバーに選んだ。武藤は4月にハムストリングを負傷していたが、復帰したラスト3試合ではマインツを残留に導く活躍を見せていた。

 大迫が先発で起用された初戦のコロンビア戦、香川真司がPKを決めて先制したが、FKを直接決められて前半のうちに追いつかれた。1人少ない相手に手を焼いたが、72分に本田圭佑のCKを大迫が頭で合わせて勝ち越し、日本代表は白星発進となった。

 続くセネガル戦は71分に1点のビハインドを背負う苦しい展開となった。それでも78分に大迫が右からクロスを上げると、途中出場の岡崎がGKと交錯しながら潰れる。逆サイドに流れたボールを乾が折り返すと、ゴール前でフリーになった本田がGK不在のゴールにボールを流し込んだ。

 大迫が起点となった同点ゴールを守った日本代表は、セネガル戦で貴重な勝ち点1を奪った。岡崎と武藤が2トップで起用されたポーランド戦は0-1で敗れたが、グループ2位で決勝トーナメント進出を決めている。

 日本代表はラウンド16でベルギーと対戦。2点を先行したが、試合終盤に3失点を喫して敗れた。大迫はフル出場したがゴールには絡めず、岡崎と武藤はベンチでこの試合を見届けた。

●コロンビア戦の先発メンバー

▽GK
川島永嗣

▽DF
酒井宏樹
吉田麻也
昌子源
長友佑都

▽MF
柴崎岳
長谷部誠
原口元気
香川真司
乾貴士

▽FW
大迫勇也

【了】