メキシコW杯(1986)〜アメリカW杯(1994)

 スペイン代表で活躍したストライカーたちには、Jリーグに縁がある選手が多い。バルセロナやレアル・マドリードなどのビッグクラブで実績を積み重ねて母国代表のエースになり、ワールドカップにも出場し、そこで優勝経験を持つ選手も日本にやってきた。他にもレジェンド級の選手が歴史に名を刻んできた。今回はそんなスペイン代表でエースストライカーを務めてきた選手たちの系譜をワールドカップでの戦いぶりとともに振り返る。

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エミリオ・ブトラゲーニョ
生年月日:1963年7月22日
個人成績(1986):5試合出場/5得点0アシスト
個人成績(1990):4試合出場/0得点0アシスト

 レアル・マドリードのリーグ5連覇など黄金期をけん引した、1980年代後半を代表するストライカーだ。リーグ戦10得点で初めて優勝を味わったシーズンの直後に、スペイン代表として1986年のメキシコワールドカップ出場を果たす。

 そして決勝トーナメント1回戦のデンマーク代表戦では1試合4得点の離れ業をやってのけた。レアルでトップチームデビュー2年目の若手ながら、すでに世界的な名手としての評価を確立。ワールドカップイヤーの1986年はバロンドール投票で3位につけた。

 2度目の出場となった1990年のイタリアワールドカップでは無得点に終わったが、続く1990/91シーズンはレアルのエースとして自己最多19得点を挙げてラ・リーガ得点王に輝いた。当時のスペイン代表は2010年代ほどの強豪チームではなく、ワールドカップでチームとして目立った結果を残せたわけではない。

 それでもレアルでのリーグ優勝6回、コパ・デル・レイ制覇2回など数々のタイトルを獲得した功績は色あせず、今でもレジェンドとして語り継がれる存在だ。1995年にラウール・ゴンザレスにポジションを奪われてメキシコへ移籍し、1998年に現役引退後は古巣レアルの幹部としてクラブの発展に貢献している。

フリオ・サリナス
生年月日:1962年9月11日
個人成績(1986):5試合出場/1得点0アシスト
個人成績(1990):3試合出場/1得点1アシスト
個人成績(1994):4試合出場/1得点0アシスト

 スペイン代表デビューからわずか3試合で、初めてのワールドカップ出場を果たした。それが1986年のメキシコ大会だった。そしてグループリーグ第2戦の北アイルランド代表戦でゴールを挙げている。

 このワールドカップ後にアトレティコ・マドリーへ移籍し、2シーズンに渡ってエースとして活躍。1988年夏にバルセロナへ移り、ヨハン・クライフ監督率いるドリームチームの一員として1994年までプレーした。

 バルセロナで全盛期を謳歌する中、1990年のイタリアワールドカップに出場して1得点。ドリームチームでの最後のシーズンを終えた1994年夏のアメリカ大会にも参戦し、3大会連続でワールドカップのピッチに立った。

 アメリカワールドカップの準々決勝イタリア代表戦では、1-1で迎えた終盤にサリナスが大きな決定機を外してしまい、直後にスペイン代表は失点。このロベルト・バッジョのゴールによって敗退となってしまった。

 30代になってバルセロナを退団した後も、デポルティボ・ラ・コルーニャやスポルティング・ヒホンでコンスタントにゴールを決め続けていた。控え選手として出場したEURO1996がスペイン代表としての最後の国際大会だった。

 1997年からは横浜マリノス(現横浜F・マリノス)でもプレーし、1年目からリーグ戦21得点と期待に違わぬ活躍を披露。在籍2シーズンで34得点を挙げた。1999年1月にスペインへ戻り、アラベスで1年半プレーして現役を引退した。

●1990年イタリアW杯ラウンド16・ユーゴスラビア戦の先発メンバー

▽GK
アンドニ・スビサレッタ

▽DF
チェンド
マノロ・サンチス
ジェナル・アンドリヌア
アルベルト・ゴリス

▽MF
ミチェル
ロベルト・フェルナンデス
ラファエル・マルティン・バスケス
フランシスコ・ビリャローヤ

▽FW
エミリオ・ブトラゲーニョ
フリオ・サリナス

フランスW杯(1998)

アルフォンソ・ペレス
生年月日:1972年9月26日
個人成績(1998):2試合出場/0得点0アシスト

 レアル・マドリードの下部組織出身でトップチームでのリーグ優勝経験も持つ選手ながら、宿敵バルセロナでプレーしたこともある変わり種だった。だが、最も輝いたのは1995年から2000年夏のバルセロナ移籍前まで在籍したベティス時代だった。1996/97シーズンにはラ・リーガで25得点を記録した。

 スペイン代表ではレアル時代の1992年にデビューを飾り、1998年フランスワールドカップの欧州予選では5得点を挙げて本大会出場権獲得に貢献。ただ、満を時して挑んだ本大会では2試合に先発するもゴールはなく、スペイン代表もグループリーグ敗退に終わった。

 バルセロナ移籍後は徐々に輝きが失われていき、ワールドカップ出場はフランス大会の一度だけ。スペイン代表では通算38試合に出場して11得点という成績だった。

 下部組織時代も含めて在籍経験は一度もないものの、地元ヘタフェのホームスタジアムには「コリセウム・アルフォンソ・ペレス」と自身の名前が冠されている。ラ・リーガでは通算307試合出場84得点の実績を残し、2005年にベティスで現役を退いた。

●1998年フランスW杯グループリーグ第1戦・ナイジェリア戦の先発メンバー

▽GK
アンドニ・スビサレッタ

▽DF
アルベルト・フェレール
イバン・カンポ
ラファエル・アルコルタ
セルジ・バルファン

▽MF
フェルナンド・イエロ
ミゲル・アンヘル・ナダル
ルイス・エンリケ
キコ・ナルバエス
ラウール・ゴンザレス

▽FW
アルフォンソ・ペレス

日韓W杯(2002)

ラウール・ゴンザレス
生年月日:1977年6月27日
個人成績(1998):3試合出場/1得点1アシスト
個人成績(2002):4試合出場/3得点1アシスト
個人成績(2006):4試合出場/1得点0アシスト

 レアル・マドリードではエミリオ・ブトラゲーニョからポジションを奪い、1996年にスペイン代表デビュー。そして1998年のフランス大会で自身初のワールドカップのピッチを踏んだ。直後の1998/99シーズンにはラ・リーガ得点王にも輝いた。

 2002年の日韓ワールドカップはチームメイトのフェルナンド・モリエンテスとコンビを組んで、グループリーグで3得点1アシストを記録した。しかし、準々決勝の韓国代表戦では出番がなく、スペイン代表も(数々の疑惑の判定と)PK戦の末に敗退してしまった。

 日韓ワールドカップ後にはスペイン代表のキャプテンに就任したが、2006年のドイツワールドカップも含めてメジャータイトルを獲得することはできなかった。レアルでは数々の栄光を手にしてきたストライカーで、スペイン代表でも当時の歴代最多得点記録保持者ながら、国際大会の大一番で力を発揮しきれないことも多かった。

フェルナンド・モリエンテス
生年月日:1976年4月5日
個人成績(1998):2試合出場/2得点0アシスト
個人成績(2002):5試合出場/3得点1アシスト

 初めてのワールドカップだった1998年のフランス大会では、グループリーグ第3戦のブルガリア代表戦で2得点を挙げた。その大会でスペイン代表は決勝トーナメント進出を逃した。

 モリエンテスが最も輝いたのは、レアル・マドリードでもチームメイトのラウール・ゴンザレスとコンビを組んだ2002年日韓ワールドカップだろう。甘いマスクの長身ストライカーは、グループリーグ第2戦のパラグアイ代表戦で途中出場から2得点を奪い、決勝トーナメント1回戦のアイルランド戦でも1得点を挙げた。

 しかし、準々決勝の韓国代表戦では明らかなゴールをオフサイド判定で取り消されてしまった。チームもPK戦の末に敗退と最悪の結末だった。2006年ドイツワールドカップは、リバプールでの不振が響いて本大会の招集メンバーから漏れた。

 2007年3月にスペイン代表で通算27得点目となる最後のゴールを決めた。これは同国代表における歴代4位の得点記録だ。

●2002年日韓W杯ラウンド16・アイルランド戦の先発メンバー

▽GK
イケル・カシージャス

▽DF
カルレス・プジョール
イバン・エルゲラ
フェルナンド・イエロ
ファンフラン

▽MF
フアン・カルロス・バレロン
ルーベン・バラハ
ルイス・エンリケ
ハビエル・デ・ペドロ

▽FW
ラウール・ゴンザレス
フェルナンド・モリエンテス

ドイツW杯(2006)&南アフリカW杯(2010)

ダビド・ビジャ
生年月日:1981年12月3日
個人成績(2006):4試合出場/3得点0アシスト
個人成績(2010):7試合出場/5得点1アシスト
個人成績(2014):1試合出場/1得点0アシスト

 バレンシア時代の2005年にスペイン代表デビューを飾り、2006年のドイツ大会でワールドカップに初出場。EURO2008では優勝に大きく貢献し、その後に続くスペイン黄金時代の主役の1人となった。

 2010年の南アフリカワールドカップでは5得点を挙げ、ドイツ代表のトーマス・ミュラーやウルグアイ代表のディエゴ・フォルラン、オランダ代表のヴェスレイ・スナイデルとともに大会得点王となった。そしてスペイン代表もEUROに続くメジャー国際大会を制し、世界の頂点に立った。

 2011年に負った怪我の影響か、徐々にパフォーマンスは下り坂になっていき、32歳で迎えた2014年のブラジルワールドカップはグループリーグ敗退が決まっていた最終戦のオーストラリア戦のみ出場。唯一の出番でしっかりゴールを決めて結果は残した。

 現役晩年はヴィッセル神戸でプレーし、アンドレス・イニエスタともバルセロナ時代以来のチームメイトになった。2019シーズン限りで現役を引退。最後のタイトルは天皇杯優勝だった。

フェルナンド・トーレス
生年月日:1984年3月20日
個人成績(2006):4試合出場/3得点1アシスト
個人成績(2010):7試合出場/0得点0アシスト
個人成績(2014):3試合出場/1得点0アシスト

 スペイン代表デビューは3歳年下のビジャより2年先という、早熟のストライカーだ。長身に甘いマスク、大きなストライドで爆速を飛ばしゴールを陥れるスタイルで高い人気を誇った。

 2006年のドイツワールドカップでは3得点を挙げてビジャとともにチーム内得点王になった。EURO2008でもビジャとパートナーを組んで優勝に貢献したが、2010年の南アフリカワールドカップは直前の負傷の影響もあって不完全燃焼に終わった。

 スペイン代表は優勝を果たしたものの、トーレスは全7試合に出場しながらノーゴール。5得点を挙げたビジャとは対照的に、決定機を逃し続けて批判も浴びた。2年後のEURO2012では0トップの採用で出場時間は限られたが、3つのゴールを奪って得点王に輝く活躍で連覇に一役買った。

 2014年のブラジルワールドカップの頃は所属するチェルシーでパフォーマンスを落としており、出場機会は敗退が決まった後のグループリーグ最終戦のみ。長年コンビを組んできたビジャとともに先発起用され、2人揃ってゴールを挙げた。これがトーレスのスペイン代表での最後の出場とゴールになった。

 2018年夏にはアトレティコ・マドリーからサガン鳥栖へ移籍してJリーグに参戦。負傷にも悩まされ、全盛期からは程遠いパフォーマンスだったが、ピッチ内外で鳥栖に多くのものをもたらし2019年夏にスパイクを脱いだ。

●2010年南アフリカW杯グループリーグ第2戦・ホンジュラス戦の先発メンバー

▽GK
イケル・カシージャス

▽DF
セルヒオ・ラモス
カルレス・プジョール
ジェラール・ピケ
ホアン・カプテビラ

▽MF
シャビ・アロンソ
セルヒオ・ブスケッツ
シャビ・エルナンデス

▽FW
ヘスス・ナバス
フェルナンド・トーレス
ダビド・ビジャ

ブラジルW杯(2014)&ロシアW杯(2018)

ジエゴ・コスタ
生年月日:1988年10月7日
個人成績(2014):2試合出場/0得点1アシスト
個人成績(2018):4試合出場/3得点0アシスト

 ブラジル出身で2013年3月にブラジル代表デビューを飾っていたが、同年10月にスペイン代表へ鞍替え。翌年3月にスペイン代表デビューを果たし、母国ブラジルでのワールドカップにも赤いユニフォームをまとって出場した。

 期待は大きかったが、ワールドカップの舞台では輝けず。初戦から2試合に先発出場するも無得点に終わり、前回王者のスペイン代表は連敗でグループリーグ敗退が決定してしまった。この大会の後も、結局スペイン代表ではさしたる実績は残せていない。

 2018年のロシアワールドカップではグループリーグ初戦のポルトガル代表戦で2得点を挙げ3-3の引き分けに貢献したが、第3戦以降はゴールに絡めず。近年は度重なる負傷に悩まされて完全に輝きを失い、2年前のワールドカップ以降はスペイン代表に招集されておらず、エースストライカーの座もアルバロ・モラタやイアゴ・アスパスらに奪われた。

●2018年ロシアW杯グループリーグ第1戦・ポルトガル戦の先発メンバー

▽GK
ダビド・デ・ヘア

▽DF
ナチョ・フェルナンデス
セルヒオ・ラモス
ジェラール・ピケ
ジョルディ・アルバ

▽MF
セルヒオ・ブスケッツ
アンドレス・イニエスタ
コケ

▽FW
ダビド・シルバ
イスコ
ジエゴ・コスタ