フランスW杯(1998)

 フランス代表はこの四半世紀で最も成功を収めたチームの1つだ。1998年のフランスワールドカップと2018年のロシアワールドカップで世界の頂点に立った。そして、常に傑出した能力を持つエースストライカーが最前線に君臨していた。今回はフランス代表の近代史を語るうえで欠かせないエースたちの系譜を、ワールドカップを起点に振り返っていく。

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ステファヌ・ギヴァルシュ
生年月日:1970年9月6日
個人成績:6試合出場/0得点0アシスト

 フランス代表デビューは27歳と遅咲きで、いわゆるビッグクラブに在籍した経験もない。それでも1998年のフランスワールドカップでは背番号9を任され、優勝メンバーの1人となった。

 しかし、フランス1部リーグ2年連続得点王として参戦したフランスワールドカップでは、グループリーグ初戦でいきなり試練に見舞われる。なんと負傷で前半途中で交代を余儀なくされてしまった。懸命のリハビリで第3戦から戦列に復帰するも、大会を通じてゴールは1つも決められなかった。

 ただ、ギヴァルシュの負傷によってクリストフ・デュガリーやダビド・トレゼゲにチャンスができ、さらに毎試合のように新しいヒーローが生まれ、フランス代表は自国開催のワールドカップを怒涛の勢いで勝ち上がっていった。そして、優勝という栄光を勝ち取った。多様な民族に出自を持つ選手たちが一丸となって世界の頂点にたどり着いたのである。

 ギヴァルシュ自身、フランスワールドカップ後にイングランドへ渡ってニューカッスル・ユナイテッドと契約するも、キャリアは徐々に下降線を描いていった。フランス代表にもワールドカップ以降は招集されなくなり、約1年後の1999年11月に行われた国際親善試合のクロアチア戦が最後の試合に。フランス代表では通算14試合出場1得点という成績だった。

●1998年フランスW杯決勝・ブラジル戦の先発メンバー

▽GK
ファビアン・バルテズ

▽DF
リリアン・テュラム
フランク・ルブーフ
マルセル・デサイー
ビセンテ・リザラズ

▽MF
クリスティアン・カランブー
エマニュエル・プティ
ディディエ・デシャン
ジネディーヌ・ジダン
ユーリ・ジョルカエフ

▽FW
ステファヌ・ギヴァルシュ

フランスW杯(1998)〜ドイツW杯(2006)

ティエリ・アンリ
生年月日:1977年8月17日
個人成績(1998):6試合出場/3得点0アシスト
個人成績(2002):2試合出場/0得点0アシスト
個人成績(2006):7試合出場/3得点1アシスト
個人成績(2010):2試合出場/0得点0アシスト

 世代別代表時代から注目を浴び、同世代のダビド・トレゼゲやニコラ・アネルカらとともにフランス代表を長く支えた。A代表デビューは1997年10月の南アフリカ代表戦で、2010年南アフリカワールドカップ後に代表引退を表明するまで通算124試合出場51得点という成績を残した。

 初めてのワールドカップ出場だった1998年のフランス大会は決勝以外の6試合に出場し、3得点でフランス代表の優勝に貢献。当時は絶対的な主力ではなかったが、2年後のEURO2000ではエースストライカーとして3得点を挙げる活躍で欧州制覇の立役者となった。

 しかし、2002年の日韓ワールドカップでは中心選手として期待されながら、アンリはグループリーグ第2戦のウルグアイ代表戦で退場処分を受け、個人としても無得点、フランス代表はグループリーグ敗退と結果を残せず批判を浴びた。

 EURO2004では連覇を逃したものの、2006年のドイツワールドカップでは大会を通じて3得点を挙げた。1998年大会の決勝には出場していなかったため、アンリにとって初めてワールドカップ決勝の舞台だったが、イタリア代表に敗れて準優勝に終わった。

 2010年の南アフリカワールドカップに向けた欧州予選プレーオフ・アイルランド代表戦の延長戦で本大会出場を決定づけるゴールをアシストしたが、その際にハンドを犯していたことは世界中で大きな議論を巻き起こした。

 自身4度目のワールドカップだった南アフリカ大会では2試合の途中出場にとどまり、チームもグループリーグ敗退となった。2014年末に現役引退後は英『スカイ・スポーツ』の解説者として活動する傍らで指導者ライセンスを取得し、2018年ロシアワールドカップではベルギー代表のアシスタントコーチを務めた。その後、モナコの監督に就任するも短期間で解任となり、現在は北米MLSのモントリオール・インパクトを率いている。

ダビド・トレゼゲ
生年月日:1977年10月15日
個人成績(1998):6試合出場/1得点2アシスト
個人成績(2002):3試合出場/0得点0アシスト
個人成績(2006):3試合出場/0得点0アシスト

 1998年1月に20歳でフランス代表デビューを飾り、その年のフランスワールドカップにも出場して優勝メンバーの一員となった。しかし、クラブでの華やかな経歴とは裏腹に、代表でのキャリアにはあまり恵まれなかった。

 2002年の日韓ワールドカップ、2006年のドイツワールドカップでは、ともに無得点。特にドイツ大会ではレイモン・ドメネク監督に冷遇されて出場機会に恵まれず、決勝のイタリア代表戦のPK戦ではまさかの失敗。準優勝したチームにほとんど貢献できなかった。

 ドイツワールドカップ後はフランス代表から遠ざかることが多くなり、EURO2008にも出場できず。代表での通算成績は70試合出場31得点だった。ユベントス時代にセリエA優勝2回、得点王、リーグ年間MVPなどを獲得した名ストライカーは2015年1月に現役引退を表明した。

●2002年日韓W杯グループリーグ第2戦・ウルグアイ戦の先発メンバー

▽GK
ファビアン・バルテズ

▽DF
リリアン・テュラム
フランク・ルブーフ
マルセル・デサイー
ビセンテ・リザラズ

▽MF
エマニュエル・プティ
パトリック・ヴィエラ
ヨアン・ミクー

▽FW
シルヴァン・ヴィルトール
ティエリ・アンリ
ダビド・トレゼゲ

南アフリカW杯(2010)

ニコラ・アネルカ
生年月日:1979年3月14日
個人成績(2010):2試合出場/0得点0アシスト

 2歳年上のアンリやトレゼゲとともに将来を嘱望され、1998年4月にフランス代表デビューを果たすが、直後のフランスワールドカップに向けたメンバー選考からは漏れた。その後も2002年、2006年とワールドカップにはことごとく縁のないキャリアを送った。

 1999年のレアル・マドリード移籍から、パリ・サンジェルマン、リバプールと所属クラブを転々として伸び悩むと、フランス代表からも遠ざかる。特にジャック・サンティニ政権下では一度も招集されなかった。2005年11月に、約3年ぶりの代表復帰を果たすも、レイモン・ドメネク監督から信頼されず2006年のドイツワールドカップの出場メンバーには選ばれず。

 キャリアが一気に好転したのは2008年1月のチェルシー移籍以降だ。ディディエ・ドログバとのコンビでゴールを量産し、EURO2008にフランス代表として出場。2010年南アフリカ大会で、初めてワールドカップ本大会の出場メンバーにも選出された。

 しかし、初戦でウルグアイ代表に引き分けて臨んだグループリーグ第2戦・メキシコ代表戦のハーフタイムにロッカールームでドメネク監督に暴言を吐いたとしてチームを追放され強制帰国となってしまう。そして、フランスサッカー協会から代表戦18試合の出場停止処分を受けて、代表からの引退を表明した、

 もともと様々な問題を抱えて南アフリカに乗り込んできていたフランス代表は、アネルカの騒動後に崩壊。指揮官に反発した選手たちが練習をボイコットするまでになり、1勝も挙げられずグループリーグ敗退に終わった。

 アネルカはストライカーとしての能力に恵まれながら、性格に難があり扱いづらい選手というイメージで語られることが多く、実際に若手の頃から2015年の現役引退までピッチ内外でトラブルの多いキャリアを送った。

●2010年南アフリカW杯グループリーグ第2戦・メキシコ戦の先発メンバー

▽GK
ウーゴ・ロリス

▽DF
バカリ・サニャ
ウィリアム・ギャラス
エリック・アビダル
パトリス・エヴラ

▽MF
アブ・ディアビ
ジェレミー・トゥララン
フランク・リベリ

▽FW
シドニー・ゴヴ
フローラン・マルーダ
ニコラ・アネルカ

ブラジルW杯(2014)

カリム・ベンゼマ
生年月日:1987年12月19日
個人成績(2014):5試合出場/3得点2アシスト

 全ての世代別代表に招集経験があり、2007年3月に19歳でフランス代表デビューを果たした。2009年夏にはリヨンからレアル・マドリーへ移籍するも、1年目はゴンサロ・イグアインとの競争に敗れて活躍は限定的。ピッチ外でも問題を抱えており、2010年南アフリカワールドカップには出場できなかった。

 その後、フランス代表に復帰してEURO2012などにも出場したが、マドリーでの活躍の一方で代表戦になるとゴールを決められず、度々批判の的に。それでもプレーオフを経て本大会出場権を獲得する苦しい欧州予選の末に迎えた自身初のワールドカップで、ベンゼマはグループリーグ初戦のホンジュラス代表戦から2得点を奪う活躍を披露する。

 続く第2戦のスイス代表戦では1得点2アシストの大暴れで5-2の大勝に貢献した。無事に決勝トーナメントに進出し、2大会ぶりの準々決勝へとたどり着いたが、ここでのちのチャンピオン・ドイツ代表に敗れることになる。

 ベンゼマにとって初のワールドカップ(そしておそらく最後でもある)は、決勝トーナメントでゴールを奪うことなく終わった。その後、彼はフランス代表でチームメイトだったマテュー・ヴァルビュエナを恐喝した容疑で逮捕され、ディディエ・デシャン監督率いるチームからも追放されている。待望論は常に渦巻くものの、現在に至るまで代表復帰は実現していない。

 フランスサッカー連盟のノエル・ル・グラエ会長もベンゼマを今後も同国代表に復帰させることはないという意思を明確にしており、2度目のワールドカップ出場は叶いそうもない。

●2014年ブラジルW杯グループリーグ第2戦・スイス戦の先発メンバー

▽GK
ウーゴ・ロリス

▽DF
マテュー・ドゥビュシー
ラファエル・ヴァラン
ママドゥ・サコ
パトリス・エヴラ

▽MF
ヨアン・キャバイエ
ブレーズ・マテュイディ
ムサ・シッソコ

▽FW
マテュー・ヴァルビュエナ
カリム・ベンゼマ
オリヴィエ・ジルー

ロシアW杯(2018)

オリヴィエ・ジルー
生年月日:1986年9月30日
個人成績(2014):5試合出場/1得点0アシスト
個人成績(2018):7試合出場/0得点1アシスト

 モンペリエ時代の2011年11月にフランス代表デビューを飾ると、そのシーズンは所属クラブでリーグ優勝し得点王と年間MVPを獲得、代表でEURO2012に出場と大躍進を遂げた。2014年のブラジルワールドカップにも参戦し、グループリーグ第2戦のスイス戦でゴールを挙げている。

 EURO2016では準優勝に終わったが、2018年のロシアワールドカップではフランス代表の優勝に大きく貢献した。ただ、ジルー自身は無得点。それでも正確なポストプレーと味方のために体を張ることを厭わない献身性でアントワーヌ・グリーズマンやキリアン・ムバッペをサポートし、グループリーグ初戦から決勝まで全7試合に出場した。

 1998年のフランスワールドカップでギヴァルシュが主力ながら無得点で優勝に貢献したように、ジルーも無得点ながら大きな存在感を発揮して世界の頂点に立った。2019年3月にはトレゼゲを上回り、フランス代表の通算得点記録で歴代3位に躍り出た。

 現在チェルシーではそれほど出場機会を得られていないが、EURO2020出場権獲得にも貢献するなど、いまだにフランス代表に欠かせない選手であり続けている。

キリアン・ムバッペ
生年月日:1998年12月20日
個人成績(2018):7試合出場/4得点1アシスト

 2016/17シーズンにモナコで衝撃的な大ブレイクを遂げ、2017年3月に18歳でフランス代表デビューを果たした。瞬く間にレ・ブルーで主力の座へと上り詰めた若き至宝は、ロシアワールドカップのグループリーグ第2戦・ペルー代表戦でワールドカップ初得点を挙げる。この時、まだ19歳183日だった。

 その後もセンセーショナルな活躍ぶりでムバッペは世界的ビッグタレントとしての評価を確立していく。ラウンド16のアルゼンチン代表戦では2得点1アシスト。そして決勝のクロアチア代表戦でも勝利を決定づけるチームの4点目を奪い、フランス代表に1998年以来の世界タイトルをもたらした。

 10代の選手がワールドカップ決勝でピッチに立ったのは、ムバッペが史上3人目。過去には1958年スウェーデン大会のブラジル代表FWペレと、1982年スペイン大会におけるイタリア代表DFジュゼッペ・ベルゴミの2人しかいなかった。

 初のワールドカップで4得点と目覚ましい結果を残したムバッペは、大会のベストヤングプレーヤー賞を受賞した。そして、2018年にはフランスの年間最優秀選手にも選ばれている。ロシアワールドカップはサッカー界の向こう10年を引っ張っていくであろう超逸材の飛躍が加速した大会と言えそうだ。

 フランス代表ではジルーが1トップを張り、ムバッペはウィングでの起用になる試合も多い。だが、ムバッペという才能が最も力を発揮するのは最前線のストライカーのポジションであり、将来的には絶対的な得点源としての覚醒が期待される。

●2018年ロシアW杯決勝・クロアチア戦の先発メンバー

▽GK
ウーゴ・ロリス

▽DF
バンジャマン・パヴァール
ラファエル・ヴァラン
サミュエル・ウンティティ
リュカ・エルナンデス

▽MF
ポール・ポグバ
エンゴロ・カンテ
キリアン・ムバッペ
アントワーヌ・グリーズマン
ブレーズ・マテュイディ

▽FW
オリヴィエ・ジルー