補強禁止かつ新米監督。不安は募ったが…

 新型コロナウイルスという未曾有の脅威によって2度目の夏を迎えることになった、欧州の長い2019/20シーズンがようやく閉幕した。トラブルに見舞われ、新たな様式への適応も求められながら、タイトル獲得や昨季からの巻き返しなど様々な目標を掲げていた各クラブの戦いぶりはどのようなものだったのだろうか。今回はチェルシーの1年を振り返る。(文:編集部)

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 開幕前は期待より不安の方が大きかったはずだ。チェルシーにとって2019/20シーズンが厳しい1年になることは容易に想像できた。

 18歳未満の選手登録違反によって冬の移籍市場まで補強禁止処分が下されたため、新戦力はレンタルから復帰した選手たちと、処分前に契約をまとめていたクリスティアン・プリシッチのみ。レアル・マドリードへ移籍したエデン・アザールや、アーセナルへ去ったダビド・ルイスの穴を埋めきれたとは言えず、総合力では2018/19シーズンを下回ると見られていた。

 加えて新監督に就任したフランク・ランパードは、指導者としての経験が浅く、プレミアリーグでの指揮は初めて。2部で1年間しかチームを率いたことのない新米監督の手腕には疑問の声もあった。マウリツィオ・サッリ監督と2年で袂を分かち、2019/20シーズンのチェルシーは茨の道に歩を進めたのである。

 案の定、プレミアリーグ開幕戦でマンチェスター・ユナイテッドに敗れ、直後のUEFAスーパーカップでもリバプールに屈した。そしてリーグ第2節のレスター戦で引き分け、いきなりの3試合勝利なし。

 一気に若返ったチームは不安定さを覗かせた。弱気な監督であれば、早めに手を打って方針転換を図ってもおかしくはない。経験豊富なベテランをチームの中心に据える戦い方も考えられただろう。

 しかし、ランパード監督は信念を曲げなかった。現役時代に幾多の修羅場をくぐり抜け、数々の栄冠を手にしてきたスーパーレジェンドは、プレッシャーへの対処の仕方を心得ていたし、勝つために必要なことも熟知していたのである。それは忍耐や信頼、献身、結束といった言葉で表され、指揮官自身が選手として体現してきたスタイルそのものだった。

 リバプールやマンチェスター・シティといった強豪との試合を落とすことはあったものの、徐々に安定感を増していったチェルシーは昨年10月中旬からUEFAチャンピオンズリーグ(CL)出場圏内をキープし続け、最終的にそれを自力で掴み取った。

 懐疑論はいつの間にか消え去り、チェルシーは2019/20シーズンのプレミアリーグで最も安定していたチームの1つになったのだった。

若手選手たちの台頭が鍵に

 下馬評を覆す戦いぶりを実現した立役者は、レンタルから戻った若手選手たちだった。中盤で絶大な存在感を発揮してブレイクを果たしたメイソン・マウントを筆頭に、15得点を挙げたタイミー・エイブラハム、最終ラインを支えたフィカヨ・トモリとリース・ジェイムズなど、下部組織出身の若者が主力級へと成長を遂げた。

 特にマウントとエイブラハムの台頭は鮮烈だった。前者は縦横無尽にピッチを駆け回ってボールに絡み、少ないタッチで捌いて自らゴール前まで進出する獅子奮迅のパフォーマンスで7得点5アシスト。後者は恵まれた身体能力をフルに生かしてオリヴィエ・ジルーをベンチに追いやり、ゴールネットを揺らし続けた。ともにイングランド代表デビューも飾るなど、新生チェルシーの象徴だ。

 彼らはイングランド2部チャンピオンシップのダービー・カウンティで2018/19シーズンを過ごしていた。つまりランパード監督からははレンタル先でも指導を受けていたのである。指揮官としても1年かけて育ててきた逸材たちの抜てきに、確信めいたものがあったのだろう。

 こうした若手の躍動の背景には、監督を支えるスタッフ陣の存在も見逃せない。ランパードはダービーでも自身の補佐役を務めた右腕のジョディ・モリスやクリス・ジョーンズをチェルシーにも連れてきた。

 彼らにU-23チームの監督から昇格したジョー・エドワーズも含めたコーチ陣は、もともとチェルシーの下部組織で長年指導してきた経験を持っている。マウントやエイブラハム、リース・ジェイムズ、トモリといった若手たちは少年時代から深い信頼を築いてきたかつての教え子たちでもあった。

 師弟関係にある指導者の下でのびのびプレーできる環境を若手たちに与えるだけでなく、ランパード監督は「経験」とのバランスも重視した。自らの現役時代にトップチームでフース・ヒディンク監督やロベルト・ディ・マッテオ監督のアシスタントコーチを務めていたクリス・ニュートンを入閣させたのも、チームを率いるうえで多様な視点を保つための手段だったはずだ。

 ピッチ上でも相変わらず心身ともに充実したキャプテンのセサル・アスピリクエタが複数のポジションで黙々と役割をこなし、ウィリアンも前線の兄貴分として献身的なパフォーマンスを披露。一度は腐りかけて移籍の噂もあったジルーが、終盤戦に重要な場面で起用されて貴重なゴールを連発したのも象徴的だった。

ヴェルナー、ハフェルツ、チアゴ・シウバ…大型補強進む

 若手にもベテランにも等しく競争させ、常に高いモチベーションを保てるよう意識したマネジメントはランパード監督のリーダーシップだからこそ為せたことかもしれない。また、シーズンが進むにつれて4バックと3バックを柔軟に使い分けられるようになった戦術的な側面の作り込みも見事だった。

 まだまだ完成されたチームではない。ユナイテッドにはリーグカップも含めて1年で3度も敗戦を喫し、リバプールやウェストハムにも2連敗。ニューカッスルやボーンマスなど下位相手の取りこぼしもあった。

 ただ、補強禁止処分によって逆にチーム全体の底上げが進んだのは大きな成果に違いない。自力でCL出場権を確保し、処分が明けた夏の移籍市場で積極補強に動くための流れを作ることもできた。

 実際、チェルシーはすでにティモ・ヴェルナーやカイ・ハフェルツ、ハキム・ツィエクといった市場の人気銘柄に次々と大金を投じて獲得している。また、不安定だったディフェンスラインにはニースで台頭した21歳のマラン・サールや、パリ・サンジェルマンを退団したベテランのチアゴ・シウバ、レスターでイングランド屈指の左サイドバックに育ったベン・チルウェルと実力者たちを引き入れ、充実した陣容を作り上げつつある。

 今夏の補強における最後の懸案事項は、安定感を著しく欠いたGKケパ・アリサバラガの去就くらい。在籍2シーズン目で失点が「39」から「47」に激増、クリーンシートは「14試合」から「8試合」に激減したスペイン代表守護神を使い続けるかは意見の分かれるところだ。

 とにもかくにもランパード監督率いるチェルシーには希望が満ちている。補強禁止処分がプラスに働いて若手たちが台頭したことで下部組織出身者の重要性も見直されるだろうし、新型コロナウイルスによる深刻な財政的ダメージを被った他クラブを尻目に、鬱憤を晴らすかのような大型補強も順調に展開中だ。

 リバプールやシティと優勝争いをするのはまだ難しいかもしれないが、新シーズンもCL出場権獲得は現実的な目標でありノルマになる。そして、今の充実ぶりを継続していければ、1年後にはよりスケールの増したスーパーチームになっている可能性も十分にあるだろう。

(文:編集部)