ミランの黄金期を支えた男

 タイトル獲得が至上命題のレアル・マドリードは、これまで数々の著名な選手を獲得してきた。額面通りの活躍を見せた選手もいれば、期待を裏切った選手も少なくない。ここでは、マドリーが高額な移籍金を支払って獲得したものの、それに見合う活躍ができなかった選手を紹介する。※移籍金などのデータは『transfermarkt』を参照

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MF:カカ
生年月日:1982年4月22日(38歳)
移籍金:6700万ユーロ(約80億円)
在籍期間:09年夏〜13年夏
リーグ戦成績:85試合23得点26アシスト

 ミランの黄金期を中心人物として支え、2007年には世界最高の選手に贈られるバロンドールも受賞。誇り高きレアル・マドリードの一員となるに相応しい実績を持っていたのは確かだった。

 マドリーが支払った移籍金は6700万ユーロ(約80億円)とされており、当時、ジネディーヌ・ジダンに次ぐクラブ歴代2位の金額であった(カカ加入発表の2日後にクリスティアーノ・ロナウドが当時クラブ史上最高額で加入)。高額移籍、そして何より世界に名を轟かせるスター選手というだけあって期待値は当然高く、入団発表では5万人のサポーターが本拠サンティアゴ・ベルナベウに詰めかけていた。

 しかし、偉大なバロンドーラーはその期待を裏切ってしまった。度重なる怪我、さらに同じ攻撃的MFメスト・エジルらの台頭なども逆風となり、安定した出場機会は得られず。2010年にやって来たジョゼ・モウリーニョ監督との関係も良好ではなかったことが、後に本人の口から語られている。ミランではリーグ戦二桁得点をバンバン叩き出していたが、結局マドリーでは在籍した4シーズンで一度も二桁得点を記録することはできなかった。

 マドリーで苦悩を味わったブラジル人MFは2013年に古巣ミランへ帰還。その後アメリカでもプレーし、2017年に現役を引退している。後に同選手は母国メディアに対し「僕は完全なる失敗をした。イタリアでは皆が愛してくれたが、スペインでは誰もが出ていけと言っていた」とコメント。マドリー移籍がベストな選択ではなかったことを認めている。

若き頃から注目を浴びたストライカー

FW:ニコラ・アネルカ
生年月日:1979年3月14日(42歳)
移籍金:3500万ユーロ(約42億円)
在籍期間:99年夏〜00年夏
リーグ戦成績:19試合2得点5アシスト

 早くから注目を浴びていた存在で、同じフランス人FWのティエリ・アンリやダビド・トレゼゲらと並ぶ、あるいはそれ以上に将来を期待されていた。わずか18歳でアーセナルに加入し、2年目にプレミアリーグ35試合で17得点を叩き出した姿から、とんでもない大物になると信じた人も多かったのではないだろうか。

 その才能にいち早く飛びついたのがレアル・マドリードで、1999年に獲得。ニコラ・アネルカはまだ20歳だったが、移籍金は当時クラブ史上最高額となる3500万ユーロ(約42億円)とされているなど、まさに破格だった。

 しかし、高額な移籍金という十字架を背負いながらマドリーのような世界的ビッグクラブでプレーするプレッシャーは、当時20歳の若者にとって計り知れないものがあったのだろう。フランス人FWはリーグ開幕戦からいきなり先発に抜擢され、その後もまずまずの出場機会を得たが、ゴールネットを揺らす回数は限られていた。

 トレーニングをボイコットし、その結果ピッチに立てないということもあった。チャンピオンズリーグ(CL)ではまずまずの働きを見せたものの、最終的にリーグ戦では19試合に出場してゴール数はわずか「2」に留まり、将来を嘱望された若者はいつしか批判の的に。結局、マドリー在籍はたったの1シーズンのみとなった。

選手層の壁を超えられず

MF:アシエル・イジャラメンディ
生年月日:1990年3月8日(31歳)
移籍金:3200万ユーロ(約38億円)
在籍期間:13年夏〜15年夏
リーグ戦成績:59試合2得点1アシスト

 レアル・ソシエダの下部組織出身で、2011年にプリメーラ・ディビシオンデビューを飾った。そこから着実に出場機会を増やすと、2012/13シーズンには主力に完全定着。そのプレースタイルから「シャビ・アロンソの後継者」と称されるようになった。

 レアル・マドリードへの加入が決まったのは当時23歳だった2013年7月。移籍金は3200万ユーロ(約38億円)で、スペイン人選手としては2009年にリバプールからやって来たシャビ・アロンソに次ぐマドリー史上2番目に高額なものとなった。

 マドリーでは1年目にリーグ戦29試合に出場、2年目は同30試合に出場した。この数字だけを見れば決して悪くないようにも思えるが、実はこのほとんどが途中出場。ソシエダで台頭したMFは厚い選手層の壁を超えられず、最後まで1番手になることができなかったのだ。そして白いユニフォームに2シーズン袖を通した後、古巣ソシエダに復帰した。

 昨年、マドリー時代について聞かれたMFは「レアル・ソシエダとはまったく別の世界で、世界最高のクラブの一つだ」と白い巨人を称し、活躍できなかった理由を「自信が持てなかったこと」と説明している。また、現在ソシエダでキャプテンを担う同選手は、ビッグクラブでプレーする上での“準備”について問われると「精神的な面では、確かに現在の方が(2013年当時よりもマドリーでプレーする)準備ができている」とも話していた。

インテルでは輝きを取り戻す

DF:ワルテル・サムエル
生年月日:1978年3月23日(43歳)
移籍金:2500万ユーロ(約30億円)
在籍期間:04年夏〜05年夏
リーグ戦成績:30試合2得点2アシスト

 母国ニューウェルズ・オールドボーイズでキャリアをスタートさせ、その後に名門ボカ・ジュニアーズでもプレー。2000年にはローマに移籍して欧州初上陸を果たし、1年目でレギュラーを確保、そして見事セリエA優勝に貢献している。

 そのローマでの活躍が評価され、2004年にディフェンスの強化に着手したレアル・マドリードへ加入。移籍金2500万ユーロ(約30億円)は、DFとしては当時クラブ史上最高額とされている。

 アルゼンチン生まれのセンターバックは、マドリーでもコンスタントに出場機会を得た。しかし、インパクトを残せたかというと決してそうではなく、大きく評価を伸ばすには至らなかった。結局、マドリーに在籍したのは1シーズンのみ。ルイス・フィーゴらと共にインテルに活躍の場を移した。

 ご存じの通り、インテルでは長くプレーし印象的なパフォーマンスを披露。2009/10シーズンにはセリエA、コッパ・イタリア、チャンピオンズリーグ(CL)の3冠に大きく貢献しており、2010年のセリエA年間最優秀DFにはジョルジョ・キエッリーニと共に選出されている。

21世紀最悪の契約

DF:ジョナサン・ウッドゲート
生年月日:1980年1月22日(41歳)
移籍金:1830万ユーロ(約22億円)
在籍期間:04年夏〜07年夏
リーグ戦成績:9試合0得点0アシスト

 元イングランド代表のジョナサン・ウッドゲートは、レアル・マドリードというクラブにおいてその名を残す選手の一人だ。ただそれは、決してポジティブなものではない。

 リオ・ファーディナンドらと共に黄金期のリーズ・ユナイテッドを支え評価を高めたウッドゲートは、一度ニューカッスルへの在籍を経て2004年にレアル・マドリードへ加入した。移籍金は1830万ユーロ(約22億円)。当時マドリーにおける史上最高額DFの座は同年に移籍してきたワルテル・サムエル(約30億円)に譲ったが、ウッドゲートも十分な高額移籍だった(事実、2004/05シーズンの移籍金ランキングではトップ10入り)。

 しかし、もともと負傷癖のあった同選手はマドリーでも怪我による離脱を繰り返す。結局、期待を込められた2004/05シーズンは公式戦出場がなかった。その翌シーズンにようやくリーガ・エスパニョーラデビューを果たすが、その試合ではオウンゴールを献上し、累積2枚による退場も喰らうなど散々な出来に終わっている。

 その後怪我が再発したウッドゲートは、最終的に2005/06シーズンをリーグ戦9試合、公式戦14試合出場という成績で終えている。そして、2006年8月にミドルスブラへレンタルで出され、その後マドリーへ戻って来ることはなかった。なおウッドゲートは、2007年にスペイン紙『マルカ』によるファン投票で「21世紀最悪の契約」に選出されてしまった。