クロップの就任で出場時間「減」

 イングランドが誇る名門クラブであるリバプールは、これまで数々の著名な選手を獲得してきた。額面通りの活躍を見せた選手もいれば、期待を裏切った選手も少なくない。ここでは、リバプールが高額な移籍金を支払って獲得したものの、それに見合う活躍ができなかった選手を紹介する。※移籍金などのデータは『transfermarkt』を参照

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FW:クリスティアン・ベンテケ
生年月日:1990年12月3日(30歳)
移籍金:4650万ユーロ(約56億円)
在籍期間:15年夏〜16年夏
リーグ戦成績:29試合9得点3アシスト

 母国ベルギーのクラブを転々とした後、2012年にアストン・ヴィラ移籍を掴み取ってプレミアリーグ初上陸を果たした。すると1年目からリーグ戦19得点を叩き出すなど大爆発。以降も二桁得点を記録し続け、一気にビッグクラブ注目の的となった。

 リバプール移籍が発表されたのは2015年7月、当時24歳だった。移籍金は4650万ユーロ(約56億円)にも上るとされており、背番号は過去にイアン・ラッシュやロビー・ファウラー、フェルナンド・トーレスら偉大な選手が身に着けた「9番」。当然ながら期待値は高かった。

 しかし、ベルギー人FWの立場は突如として暗転した。2015年10月に成績不振でブレンダン・ロジャースが解任され、後にリバプールを世界王者へと導くユルゲン・クロップが新監督に就任したのである。大型ストライカーはドイツ人指揮官の戦術にまったくフィットすることができず、同時期に加入したロベルト・フィルミーノに序列を上回られ、シーズン終盤戦はほとんどがベンチスタートとなっていた。

 結局、リーグ戦では29試合に出場して9得点をマークしたが、クロップ監督の構想から完全に外れたことで、わずか在籍1年でクリスタル・パレスへ去らざるを得なかった。期待外れに終わったベルギー人ストライカーは後に「クロップが来てからすべてが変わってしまった」とリバプール時代を振り返っている。

スアレスの影に隠れる

FW:アンディ・キャロル
生年月日:1989年1月6日(32歳)
移籍金:4100万ユーロ(約49億円)
在籍期間:11年冬〜13年夏
リーグ戦成績:44試合6得点3アシスト

 ニューカッスルの下部組織出身で、トップチームデビューはわずか17歳の時だった。そこからメキメキと成長したアンディ・キャロルは2009/10シーズンにチャンピオンシップ(2部)で39試合17得点12アシストを記録し、優勝の立役者に。そして翌シーズンのプレミアリーグでは前半戦だけで11得点を奪うなど、その名を世に知らしめた。

 2010/11シーズン前半、リバプールは一時降格圏に沈むなど苦戦していた。そんな中、後半戦の巻き返しを目指すべく補強のターゲットとなったのがルイス・スアレス、そしてキャロルだった。後者の移籍金は4100万ユーロ(約49億円)で、当時イギリス人選手としては最高額とされている。それだけニューカッスルにおいての活躍ぶりが凄まじく、期待値が高かったのだ。

 スアレスはリバプールですぐに活躍。クラブの期待に応えた。ただ、キャロルはそもそも怪我を負いながらの加入でスタートダッシュが遅れ、なかなか結果を残せず。2010/11シーズンの後半戦は2得点を奪うに留まった。

 期待された2年目は、スアレスがどんどんと凄みを増していく一方で、キャロルはほとんどFWらしい仕事を果たせず。最終的に35試合に出場するも、得点数はわずか「4」となっていた。結局、スアレスに主役の座をごそっと持っていかれたキャロルは、2011/12シーズン終了後にウェストハムへレンタル移籍。その後、リバプールでプレーすることは二度となかった。

実質在籍期間は1年

FW:ラザル・マルコビッチ
生年月日:1994年3月2日(27歳)
移籍金:2500万ユーロ(約30億円)
在籍期間:14年夏〜19年冬
リーグ戦成績:19試合2得点1アシスト

 母国パルチザン・ベオグラードで台頭。2013年にはポルトガルの強豪ベンフィカ移籍を掴み、わずか19歳でレギュラーに定着している。リーグ戦では26試合で5得点5アシストと、まずまずの活躍を見せていた。

 そんな勢いのある若手に触手を伸ばしたのがリバプールで、2500万ユーロ(約30億円)という決して安くない移籍金を費やしている。しかし、これは結果的に失敗だった。

 セルビア代表アタッカーは当時のブレンダン・ロジャース監督の下で主にウイングバックとして起用されていたが、選手本人にとっては居心地が悪かったようで、なかなか輝きを放つことができない。最終的にリーグ戦出場は19試合で、得点数はたったの2点に終わった。なお、同選手は後に「(ロジャースとは)良い関係ではなかった」と不満があったことを認めている。

 その後同選手は様々なクラブへのレンタル移籍を繰り返すことに。結局、フラムに渡る2019年1月までリバプールに籍を置いていたことにはなるが、同クラブでの公式戦出場は2014/15シーズンのみなので、実質1年だけの在籍と言える。ちなみに現在は古巣パルチザンに戻り浅野拓磨らと共にプレー。今季リーグ戦では20試合で9得点5アシストを記録と活躍している。

キャラガーが疑問に思った補強

FW:ロビー・キーン
生年月日:1980年7月8日(40歳)
移籍金:2400万ユーロ(約29億円)
在籍期間:08年夏〜09年冬
リーグ戦成績:19試合5得点4アシスト

 ロビー・キーンは「アイルランドの英雄」としてサッカー史にその名を残す存在だ。クラブでは長くトッテナムで活躍し、キャリアの終盤にはアメリカ合衆国、さらにはインドといった国でもプレーした。同選手の側転してから前転する独特のゴールパフォーマンスを覚えている人も多いのではないだろうか。

 そんなキーンが少年時代からの憧れだったというリバプールにやって来たのは当時28歳の2008年。移籍金は2400万ユーロ(約29億円)と当時としては高額で、背番号は過去にケニー・ダルグリッシュやケビン・キーガンらが身に着けた「7番」を与えられた。しかし、キーンはリバプールでフィットできず。たった7ヶ月の在籍で古巣トッテナムに復帰することになった。

 リバプールOBであるジェイミー・キャラガーは後に「正直に言うと、そもそもロビー・キーンを購入した理由がわからなかった」と当時を振り返っている。それは、決してキーンの能力を評価していないというわけではない。リバプールはキーン加入の前シーズンにフェルナンド・トーレスを獲得し、同選手を最前線、そして10番にスティーブン・ジェラードを置く形で成功していたので、中央を本職とするキーンが入る余地がなかった、とキャラガーは思っていたようだ。

 実際、当時のラファエル・ベニテス監督によって「左ウイングに変えられようとしていた」ことは、後にキーン本人の口から明らかとなっている。それがシーズン開幕前の出来事であったため、その時点で同選手はリバプールでうまくいかないことを悟ったよう。トーレスの負傷離脱中は中央で起用されていたが、それが約半年で退団する原因になったと言える。なお、キーンは「私はラファを尊敬している。残念ながら、彼の目指すサッカーには合わなかったけどね。もし他の監督であれば、(状況が)違っていたかもしれない」とも話していた。

結果も残せずお金も残せず

FW:マリオ・バロテッリ
生年月日:1990年8月12日(30歳)
移籍金:2000万ユーロ(約24億円)
在籍期間:14年夏〜16年夏
リーグ戦成績:16試合出場/1得点0アシスト

 2014年夏、リバプールは前シーズンにプレミアリーグ得点王に輝いていたルイス・スアレスをバルセロナへ放出。新たなストライカーの獲得を目指していた。

 その中でターゲットとなったのが、ミランで力を取り戻しつつあったマリオ・バロテッリだった。マンチェスター・シティ在籍時にプレミアリーグを経験しているFWに対し、リバプールは2000万ユーロ(約24億円)とされる移籍金を提示。素行に問題のある同選手の獲得に対し疑問の声を挙げる人も少なくなかったが、様々な話題を呼ぶ男なだけに注目度は高かった。

 しかし、バロテッリはサポーターを全くと言っていいほど満足させることができなかった。プレミアリーグでの得点は第25節トッテナム戦のたった一度のみで、ヨーロッパリーグ(EL)でもリーグカップでも1点を決めるのが限界。後半戦はブレンダン・ロジャース監督の下で出場機会すら得られないことが多かった。チーム自体も全コンペティションでポジティブな結果を残せぬままシーズンを終えるなど、スアレスの後釜は大きな批判の的となった。

 結局バロテッリは2014/15シーズン終了後にミランへレンタル復帰。そして2016年には契約満了に伴いフリーでニースへ加入するなど、結果もお金も残さぬままリバプールを去っている。なお、バロテッリは後に「リバプール移籍は人生最悪の決断だった」と話し、再びサポーターの怒りを買っている。クラブ史上最悪のFWだったと言ってもいいのかもしれない。