モウリーニョの下で完全に構想外

 多くの舞台で頂点に立った名門マンチェスター・ユナイテッドは、これまで数々の著名な選手を獲得してきた。額面通りの活躍を見せた選手もいれば、期待を裏切った選手も少なくない。ここでは、マンUが高額な移籍金を支払って獲得したものの、それに見合う活躍ができなかった選手を紹介する。※移籍金などのデータは『transfermarkt』を参照

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FW:メンフィス・デパイ
生年月日:1994年2月13日(27歳)
移籍金:3400万ユーロ(約41億円)
在籍期間:15年夏〜17年冬
リーグ戦成績:33試合2得点1アシスト

 オランダの強豪PSVでプロキャリアをスタートさせると、そこから一気に成長。2014/15シーズンにはエールディビジ得点王に輝き、2014年ブラジルワールドカップに挑むオランダ代表メンバーには20歳の若さで選出されるなど、欧州ビッグクラブ注目の的となっていた。

 そんなメンフィス・デパイを獲得したのがマンチェスター・ユナイテッドで、2015年当時21歳だった同選手に3400万ユーロ(約41億円)という移籍金を費やしている。さらに選手本人の希望通り、クラブの伝統ある「7番」を与えることになった。

 同じオランダ人のルイス・ファン・ハール監督の下で、デパイは開幕からコンスタントに出場機会を得た。しかし、当時の同選手は相当ドリブルに自信があったのだろう、独善的なプレーが目立ち、球離れが悪いなど、周囲との連係という部分が大きく欠如していた。それに加え得点やアシストという結果もなかなか残せなかったため、シーズン後半戦はベンチスタートを余儀なくされることも多かった。

 結局デパイはユナイテッドでの1年目をリーグ戦29試合出場2得点1アシストという成績で終え、批判の的に。そしてジョゼ・モウリーニョが新監督に就任した2016/17シーズンは完全に構想外となり、同シーズン途中にリヨンへ移籍せざるを得なかった。なお、リヨンへの移籍金はユナイテッド加入時の半額以下となる1600万ユーロ(約19億円)だった。

プレミアリーグ史上最高額で加入も…

MF:アンヘル・ディ・マリア
生年月日:1988年2月14日(33歳)
移籍金:7500万ユーロ(約90億円)
在籍期間:14年夏〜15年夏
リーグ戦成績:27試合3得点11アシスト

 2014年、レアル・マドリードはハメス・ロドリゲスやトニ・クロースを獲得。それにより、ポジションはく奪の危機に陥ったアンヘル・ディ・マリアは新たな活躍の場を求め、同年にマンチェスター・ユナイテッドに加入した。移籍金は当時プレミアリーグ史上最高額となる7500万ユーロ(約90億円)とされている。

 伝統ある背番号7を身に着けたディ・マリアはユナイテッドでさっそく出場機会を確保。第4節QPR戦から第8節ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン戦までの5試合で3得点4アシストを記録するなど、攻撃陣を牽引していた。この時点では、ディ・マリアの獲得は大成功かに思えた。

 ところが、その後アルゼンチン代表戦士は急失速。技術力は申し分なかったが、プレミアリーグのプレースピードと強度の高さに苦戦し、なかなか存在感を示せない。また、複数のシステムを使ったルイス・ファン・ハール監督の下、トップ下、セカンドトップ、ウイングと様々なポジションで起用されたことも、チームにフィットする上での障害となっていた。事実、ディ・マリアは後にファン・ハールの戦術に対し批判的なコメントを残している。

 イングランドで強盗被害にも遭ってしまったディ・マリアは、最終的に1シーズンでユナイテッドを退団。リーグ戦27試合出場で11アシストは悪くない成績だが、得点数や移籍金の高さを考えるとやはりガッカリと言わざるを得ない。そのディ・マリアは2018/19シーズンのチャンピオンズリーグ(CL)でオールド・トラフォードに凱旋した際、サポーターから凄まじいブーイングを浴び、スタンドからビール瓶を投げ入れられている。

スタイルに合わず

MF:ヘンリク・ムヒタリアン
生年月日:1989年1月21日(32歳)
移籍金:4200万ユーロ(約50億円)
在籍期間:16年夏〜18年冬
リーグ戦成績:39試合5得点6アシスト

 ロベルト・レバンドフスキ、ピエール=エメリク・オーバメヤン、マルコ・ロイス、香川真司…。ユルゲン・クロップ監督に率いられたドルトムントには魅力的な選手が多く存在した。その中の一人に、アルメニア代表MFヘンリク・ムヒタリアンの名ももちろん入るだろう。

 そのムヒタリアンはドルトムントでの活躍を経て2016年にマンチェスター・ユナイテッドへやって来た。移籍金は4200万ユーロ(約50億円)と高額。期待値はもちろん大きかった。

 ユナイテッド1年目、ムヒタリアンはヨーロッパリーグ(EL)で活躍。優勝の立役者になっている。しかし、プレミアリーグでは満足いく出場機会を得たとは言い難かった。テクニックはあるが、ジョゼ・モウリーニョ監督が守備重視のスタイルを用いることが多く、攻守でハードワークできフィジカルに長ける選手の起用を好んだからだ。そしてユナイテッド在籍2年目は、事実上の戦力外的な扱いに。モウリーニョ監督と口論になったこともあった。

 結局、ムヒタリアンは2018年1月にアレクシス・サンチェスとのトレードでアーセナルへ加入。ELでは素晴らしい成績を残したが、全体的には、同じくドルトムントからユナイテッドに移籍した香川真司と並んでガッカリに終わったと言わざるを得ない。また、ユナイテッドにとって最悪だったのは、ムヒタリアンとのトレードでやって来たA・サンチェスも不完全燃焼に終わったことである。

1年目は不満、2年目は戦力外

MF:モルガン・シュネデルラン
生年月日:1989年11月8日(31歳)
移籍金:3500万ユーロ(約42億円)
在籍期間:15年夏〜17年冬
リーグ戦成績:32試合1得点0アシスト

 母国ストラスブールでプロデビューしたが、その能力を完全開花させたのはサウサンプトン在籍時だ。2008年の加入後すぐに出場機会を得ると、プレミアリーグ昇格などに貢献。トップカテゴリーでも存在感を示し、2012/13シーズンにはファン投票によるクラブ年間最優秀選手に選出されており、2014年にはブラジルワールドカップに挑むフランス代表メンバーにも選ばれている。

 そうしてプレミアリーグ屈指の守備的MFとなったモルガン・シュネデルランを新戦力として2015年に獲得したのがマンチェスター・ユナイテッドで、移籍金は3500万ユーロ(約42億円)にまで上った。ビッグクラブの一員になった同選手はプレミアリーグ開幕からコンスタントに出場機会を確保。1年目は最終的にリーグ戦29試合に出場するなど、まずまずのパフォーマンスを示していた。

 しかし、ジョゼ・モウリーニョが新監督としてやって来た2016/17シーズンは完全に構想外に。プレミアリーグ出場は途中出場の3試合のみで、プレータイムは11分間というなかなか酷い状況だった。結局、シュネデルランは2017年1月にユナイテッド加入時のおよそ半額ほどでエバートンへ移籍。上記した通り1年目はまずまずの出来だったが、移籍金約42億円で1年半の在籍だったことを考えると、やはりガッカリだったと言わざるを得ない。

 そのシュネデルランだが、後に出場機会があった1年目においても不満を抱いていたことを明かしている。同選手はルイス・ファン・ハール監督の下で「自由を得られなかった」と話しており、「彼と一緒だと自分はまるでロボットのようだった」とオランダ人指揮官を批判。さらには「ピッチ上でなんの楽しみも感じられなかった」とも話している。選手本人にとってもクラブにとっても、苦い過去となってしまった。

プレミアリーグとの相性が悪かった

MF:フアン・セバスティアン・ベロン
生年月日:1975年3月9日(46歳)
移籍金:4260万ユーロ(約51億円)
在籍期間:01年夏〜03年夏
リーグ戦成績:51試合7得点3アシスト

 フアン・セバスティアン・ベロンは母国のエストゥディアンテス、ボカ・ジュニアーズ在籍を経て1996年にサンプドリアへ加入し、欧州初上陸。その後もセリエAでプレーを続け、とくに1999年より籍を置いたラツィオではセリエA、コッパ・イタリア、スーペル・コッパの3冠に貢献するなど、センセーショナルな輝きを放っている。当時、ラ・ブルヒータ(小さな魔法使い)は間違いなく「世界最高の司令塔」であった。

 スキンヘッドのMFが世界最高の選手であったということは、2001年のマンチェスター・ユナイテッド加入が大きく証明していると言えるだろう。移籍金は当時としては破格の4260万ユーロ(約51億円)。もちろんこれはイングランド史上最高額となっている。それだけ価値のある存在だった。

 ところが、セリエAで圧倒的な存在感を放っていたMFは移籍金に見合うだけの活躍を果たすことはできなかった。ユナイテッドOBのリオ・ファーディナンド曰く、当時同クラブの王様はロイ・キーンであり、彼に気を使ったアルゼンチン代表戦士は個性が死んでしまったようだ。また、ポール・スコールズやデイビッド・ベッカム、ライアン・ギグスら錚々たる面々が君臨した中盤で生き残ることも容易ではなかった。

 もっとも、当時のプレミアリーグは現在よりもボールをしっかりと繋ぐチームが少なく、とにかく縦に速かった。そのため、非凡な技術を持っていたベロンと同リーグの相性が良いとは言えず、それも同選手が輝きを失った原因となっている。それは、ユナイテッドだけでなく後に加入したチェルシーでも失敗したことが大きく証明していると言えるだろう。