ポルトガルの魔術師もインテルでは輝けず。不名誉な賞も受賞

これまで数々のタイトルを獲得してきた名門インテルは、これまで数々の著名な選手を獲得してきた。額面通りの活躍を見せた選手もいれば、期待を裏切った選手も少なくない。ここでは、インテルが高額な移籍金を支払って獲得したものの、それに見合う活躍ができなかった選手を紹介する。※移籍金などのデータは『transfermarkt』を参照

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FW:リカルド・クアレスマ
生年月日:1983年9月26日(37歳)
移籍金:2460万ユーロ(約32億円)
在籍期間:08年夏~10年夏
リーグ戦成績:24試合1得点2アシスト

 魔術師と称されたポルトガル代表FWもイタリアでは大苦戦。当時ジョゼ・モウリーニョ監督が率いていたインテルでは1得点しか挙げることができず。ポルトで見せた実力を発揮することができなかった。

 モウリーニョ監督が熱望していたとされていたクアレスマだったが、2009年2月にチェルシーへレンタル移籍。2010年にトルコのベシクタシュへ完全移籍し、イタリアを去ることになった。

 インテルでは1得点にとどまったクアレスマ。ある不名誉な賞を受賞してしまった。地元イタリアのラジオ局RAIラジオ2が主催するイタリア年間最悪選手賞である「ビドーネ・ドーロ(金のバケツ賞)」を受賞。多額の移籍金に見合わないパフォーマンスをしたとしてリスナーの投票によって選出された。

 かつてバルセロナも認めた魔術師だったが、インテルでのプレーは残念なものに。インテルにとっては失敗となった補強の一人だろう。

イタリアで輝けなかったアイルランドのスター。大きな期待を背負うも半年で退団

FW:ロビー・キーン
生年月日:1980年7月8日(40歳)
移籍金:1950万ユーロ(約25億円)
在籍期間:00年夏~01年夏
リーグ戦成績:6試合0得点0アシスト

 ウルヴァーハンプトン・ワンダラーズ下部組織出身のキーンはコヴェントリー・シティで頭角をあらわすと、2000年8月にインテルへ完全移籍。だが、後にトッテナムで活躍するアイルランドのスターはセリエAでは1点も挙げることができず。半年でリーズ・ユナイテッドにレンタル。そしてそのまま2001年8月に完全移籍に移行された。

 1950万ユーロ(約25億円)もの移籍金で加入し大きな期待を背負ったが、インテルでは期待外れとなってしまったキーン。インテルでの公式戦で挙げたゴールはわずか3点。現役時代は決定力の高いFWだったが、イタリアでは全く活躍できなかった。

 インテル退団後はリーズ、トッテナム、リバプール、ウェストハムやアストン・ヴィラなどのイングランドクラブ、またセルティックでもプレーした。2011年に加入したアメリカ・メジャーリーグサッカー(MLS)のロサンゼルス・ギャラクシーでも得点を量産。2018年11月、インドのATKで現役を引退した。

 日韓ワールドカップなどアイルランド代表でも活躍したキーンだったが、唯一イタリアでは輝くことができなかった。インテル移籍は失敗だったのかもしれない。

背番号7を背負うも輝けず。フランス代表からも…

MF:ジョフレイ・コンドグビア
生年月日:1993年2月15日(28歳)
移籍金:3600万ユーロ(約47億円)
在籍期間:15年夏~18年夏
リーグ戦成績:50試合2得点3アシスト

 セリエAで50試合に出場したジョフレイ・コンドグビアだが、3600万ユーロ(約47億円)もの移籍金に見合った活躍はできなかったと言えるだろう。モナコから加入し、背番号7をつけ期待が大きかっただけに残念な補強となってしまった。

 5年契約でインテルに加入したコンドグビアだったが、2017年8月にバレンシアへレンタル移籍。トレードという形でジョアン・カンセロがインテルに加入となった。その後コンドグビアは2018年にバレンシアが買い取りオプションを行使し、そのまま完全移籍となった。

 各年代別のフランス代表に選出されていたコンドグビアは、A代表としてもプレー。だがポール・ポグバなどの台頭により、インテルに加入した2015年以降からA代表に呼ばれることはなくなってしまった。現在は中央アフリカ代表でプレーしている。

 インテルがモナコに3600万ユーロ(約47億円)という大金を支払ったが、コンドグビアはタイトル獲得などに貢献することができなかった。非常に残念な補強だった。

5年間の在籍で出場わずか26試合!?不運が続いたサイドバック

DF:フランチェスコ・ココ
生年月日:1977年1月8日(44歳)
移籍金:2250万ユーロ(約30億円)
在籍期間:02夏~7年夏
リーグ戦成績:26試合0得点0アシスト

 ACミランの下部組織出身で18歳でセリエAデビューを果たしたフランチェスコ・ココ。パオロ・マルディーニの後継者と言われたが、不運も重なり期待通りの活躍はできなかった。ココはヴィチェンツァ、トリノ、さらにはバルセロナへのレンタルを経て2002年に同じミラノのライバルであるミランからインテルへ完全移籍で加入した。

 だが、ココは怪我に泣かされた選手だった。インテル移籍当初は椎間板ヘルニアの悪化で不調。その後4月に肉離れで再び離脱となり、5月に行われたUEFAチャンピオンズリーグ(CL)準決勝で復帰したが、相手のタックルを受け再び離脱となってしまった。

 その後悪化した椎間板ヘルニアの手術を行うも、失敗し左足の神経が断裂。辛いリハビリを経て復帰を果たすも、当時のロベルト・マンチーニ監督のもとでは構想外に。2005年にリヴォルノにレンタル移籍。2007年1月にトリノへのレンタルで古巣に復帰するも、同年9月にスパイクを脱ぐことになった。

 若くして期待されていたココだったが、怪我に悩まされインテルでも思ったようなプレーができず。その実力を発揮できないまま、現役生活に終止符を打つことになった。左サイドからの絶妙な飛び出しやキック制度の高さ、守備などトップクラスの実力だっただけに残念だった。

20歳でインテル加入も…出場わずか9試合に終わったリオ五輪金メダリスト

FW:ガブリエウ・バルボーザ
生年月日:1996年8月30日(24歳)
移籍金:2950万ユーロ(約39億円)
在籍期間:16年夏~20年冬
リーグ戦成績:9試合1得点0アシスト

 サントスで活躍したガブリエウ・バルボーザは20歳の時にインテルに完全移籍。2016年に5年契約を結んだが、素行の悪さも目立ちレンタルでクラブを転々。昨年1月にフラメンゴに完全移籍となり、母国復帰となった。

 各年代別のブラジル代表を経験したバルボーザは2016年に行われたリオ五輪に出場。6試合全てに出場し、2得点を記録。ネイマールとともにブラジルの金メダル獲得に大きく貢献した。

 サントスでは10番を背負ったが、イタリアではその片鱗を見せることができず。2017年にベンフィカ、2018年にサントス、2019年にフラメンゴにレンタル移籍。昨年までインテルが保有していたが、リーグ戦9試合の出場でわずか1得点に終わってしまい、イタリアを去ることになった。

 それでもまだ24歳と若いバルボーザ。フラメンゴでの活躍が認められれば、欧州復帰、さらにはビッグクラブへの移籍も考えられる。インテルの残念な補強になってしまったが、今後の飛躍に期待したい。