29年目を迎えたJリーグでは、これまで様々な外国籍選手がプレーしてきた。ジェフ千葉でも、多くの外国人選手がクラブの歴史に名を残している。今回は、ジェフ千葉でプレーした外国籍選手の中から、所属時の得点ランキングを紹介する。※成績はJリーグ通算

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5位:日本で長く活躍した長身FW

バロン(ブラジル)
生年月日:1974年1月19日(47歳)
Jリーグ通算成績:58試合/30得点
在籍時期:1999-2000

 1996年にブラジルから日本にやってきたバロンは、まずヴァンフォーレ甲府でプレー。その後、1999年から2年間ジェフでプレーした。

 身長186cmの大型FWは、1年目にJ1で17得点を記録してリーグの優秀選手賞を受賞すると、次のシーズンも13得点を挙げている。その後は清水エスパルス、セレッソ大阪、ヴァンフォーレ甲府、鹿島アントラーズ、ベガルタ仙台、ヴィッセル神戸、アビスパ福岡と、日本のクラブを渡り歩いた。

 長い日本でのキャリアは現役引退後も役立っており、2016年のリオデジャネイロオリンピックでは、バスケットボール女子日本代表を通訳としてサポートした。

4位:飛行機で亡くなったブラジル人助っ人

ケンペス(ブラジル)
生年月日:1982年8月3日(34歳没)
Jリーグ通算成績:71試合/35得点
在籍時期:2013-14

 2012年にセレッソ大阪で7ゴールを挙げたケンペスは、2013年にジェフに加入。J2で38試合に出場して22ゴールを挙げ、リーグ得点王に輝く活躍を見せた。

 その翌年はJ2で33試合に出場して13得点を記録。1年目ほどではなかったにしてもコンスタントにゴールを奪った。その後はブラジルに戻ってキャリアを続けていた。

 しかし2016年にシャコペエンセで悲劇に見舞われた。コパ・スダメリカーナ決勝を戦うためコロンビアに向かっているときにチームメンバーらとともに搭乗していた飛行機が墜落。ケンペスは還らぬ人となっている。

3位:30ゴールで得点王

フランク・オルデネビッツ(ドイツ)
生年月日:1965年3月25日(56歳)
Jリーグ通算成績:55試合/37得点
在籍時期:1993-94

 1年半の在籍期間で37ゴールを挙げたオッツェことフランク・オルデネビッツ。ブレーメンでブンデスリーガ優勝経験のある元西ドイツ代表ストライカーで、ブレーメンで奥寺康彦とチームメートだったことでもある選手だ。

 1993年夏にジェフの一員になったオッツェは、その年に15試合で7得点を記録。圧巻だったのは1994年で、リーグ戦40試合で30ゴールを決めた。鹿島アントラーズのアルシンドを抑えて得点王のタイトルを手にしたが、Jリーグの年間ベストイレブンには選ばれないという珍しい出来事も起きている。

 その後はドイツに戻ってハンブルガーSVでプレーしていたが、1996年にピエール・リトバルスキーの要請もあってベガルタ仙台に加入。JFLで20ゴールを記録した。

2位:ジェフの司令塔

ネナド・マスロバル(モンテネグロ)
生年月日:1967年2月20日(54歳)
Jリーグ通算成績:128試合/41得点
在籍時期:1994-1998

 旧ユーゴスラビア出身のマスロバルはセルビアの強豪レッドスターで主力だったが、紛争を逃れる形で1994年7月にジェフに加入。そこから5シーズンに渡って活躍した。

 「マキ」の愛称で親しまれたマスロバルは、主に司令塔を務めた。自らゴールを狙う姿勢も持ちあわせており、2年目の1995年には16得点を挙げている。

 1999年にはアビスパ福岡へ移籍し、1年間プレーして現役を引退した。

1位:頼れる韓国の大エース

チェ・ヨンス(韓国)
生年月日:1973年9月10日(47歳)
Jリーグ通算成績:73試合/54得点
在籍時期:2001-03

 チェ・ヨンスは韓国代表だった2001年にジェフに加入した。すると、Jリーグ1年目から大活躍。J1で26試合に出場し、得点ランキング2位となる21ゴールを記録。ジェフはこのシーズンを3位で終え、クラブの飛躍に大きく貢献する。

 2002年は16得点、2003年は17得点と安定してゴールを挙げ続け、点取り屋として高い能力を見せ続けた。

 2004年に京都パープルサンガに移籍したチェ・ヨンスは、2005年にジュビロ磐田でもプレー。その後韓国に戻って現役を引退した。引退後は指導者としても活躍しており、2013年にはFCソウルを率いてアジア最優秀監督賞を受賞している。