日本にもゆかり!バロンドール受賞のミランのアイドル

 イタリアの名門ACミランは、これまでにセリエAやUEFAチャンピオンズリーグなど多くのタイトルを獲得。これまで数々の著名な選手を獲得してきた。額面通りの活躍を見せた選手もいれば、期待を裏切った選手もいる。ここでは、2000年以降に加入した選手の中から、チームを大きく変えた選手を紹介する。※移籍金などのデータは『transfermarkt』を参照

——————————

FW:カカ
生年月日:1982年4月22日
移籍金:850万ユーロ(約11.1億円)
在籍期間:03年夏~09年夏、13年夏~14年夏
リーグ戦成績:223試合77得点63アシスト

 やはりミランのアイドルは最高の補強には欠かせないだろう。カカは2003年にサンパウロから850万ユーロ(約11.1億円)という移籍金でミランにやってきた。サンパウロでは背番号8、2002年の日韓ワールドカップでは23番を背負っていたが、ミランでは22番を選択。ミランで活躍したカカの22番は象徴的な背番号となった。

 カカは移籍初年度から活躍。卓越されたテクニックとスピードを活かしたドリブルを武器にミランの攻撃陣を牽引し、03/04シーズンのセリエA優勝に貢献。06/07シーズンは圧巻だった。UEFAチャンピオンズリーグ(CL)得点王とMVPに輝き、CL優勝に貢献。クラブワールドカップ制覇にも貢献したカカは2007年にバロンドール、FIFA最優秀選手などの個人タイトルを受賞した。

 2009年1月にマンチェスター・シティがその当時のサッカー史上最高額をミランに提示したと報じられたが、カカ本人が残留を希望したこともありミランにとどまった。その際、サポーターがカカの自宅周辺などに集結するなど騒動が起きた。だが、財政難に苦しんだミランは同年6月にレアル・マドリードへカカを売却した。銀河系軍団に加入したカカだったが、怪我などに苦しみ2013年9月にミランへ復帰となった。

 カカは日本にもゆかりのある選手である。1993年に当時11歳のカカは来日。その当時ホームステイした先の家庭や協会の方々との親交も深く、2007年のクラブワールドカップで来日した際に再会も果たしている。

禁断の移籍で加入。黄金期を支えたオランダのプレジデンテ

MF:クラレンス・セードルフ
生年月日:1976年4月1日
移籍金:2250万ユーロ(約29億円)
在籍期間:02年夏~12年夏
リーグ戦成績:300試合47得点45アシスト

 インテルからの禁断の移籍でACミランに加入したオランダの”プレジデンテ”(大統領)クラレンス・セードルフも同クラブで長らく活躍。2014年には監督としてクラブに戻ってきた。黄金期を支えたセードルフが帰ってきたことで喜んだミラニスタ(ミランサポーター)は少なくないだろう。

 レアル・マドリードでプレーしていたセードルフは2000年にインテルへ移籍。マドリーで活躍した同選手だったが、インテルでは01/02シーズンに復調するも目立った活躍をしたとは言い難い。だが、ミランでは黄金期を支えることになる。

 06/07シーズンはカカ、フィリッポ・インザーギ、アレッサンドロ・ネスタらとともにUEFAチャンピオンズリーグ(CL)優勝に貢献。UEFAクラブ最優秀MFを受賞した。

 ミラン加入当初から主力としてプレーしたセードルフは同クラブで公式戦432試合に出場。ミランでの外国人選手最多出場記録となった。セードルフはCLやセリエA優勝に貢献するなど黄金期を支えた一人だ。

2度もミランを変えた男。39歳で代表復帰した衰え知らずの王様

FWズラタン・イブラヒモビッチ
生年月日:1981年10月3日
移籍金:2400万ユーロ(約31億円)
在籍期間:10年夏~12年夏、20年冬~
リーグ戦成績:96試合67得点27アシスト

 言わずと知れた”王様”ズラタン・イブラヒモビッチは2度もACミランを変えた男だ。2010年8月にバルセロナからミランへレンタル移籍。加入初年度から主力としてミランの攻撃陣を牽引。2010/11シーズンのセリエA優勝に貢献し、ミランに7年ぶりのスクデットをもたらした。

 その翌シーズンにはミランがイブラヒモビッチの買い取りオプションを行使。ミランでの2年目も活躍。セリエAで28ゴールを記録し、自身2度目のセリエA得点王に輝くが、惜しくもスクデット獲得を逃した。それでも、不調だったミランを加入1年目で優勝に導き、2年目も優勝争いを演じさせた働きは大きい。ミランを変えた存在だった。

 イブラヒモビッチは2012年7月にパリ・サンジェルマン(PSG)へ完全移籍。その後、この優勝請負人は2016年6月にマンチェスター・ユナイテッドに移籍。2018年3月にはロサンゼルス・ギャラクシーに加入となり、米国へプレーの場を移した。そして2019年12月にミランへの復帰が決定した。

 イブラヒモビッチはシーズン途中の加入だったが、19/20シーズンのリーグ戦で10ゴールを記録。同選手加入後のミランは調子を取り戻す。ミランは19/20シーズンの後半、2敗しかしていない。ミランがこのシーズンに6位に入り、UEFAヨーロッパリーグ(EL)の出場権を獲得できたのも、スウェーデンの王様のおかげだ。さらに凄いのは、その翌年の20/21シーズンでも活躍すると、なんと39歳ながら約5年ぶりにスウェーデン代表に復帰。復帰していきなりアシストを挙げる活躍をし、まだまだトップレベルでプレーできることを見せつけた。

ラツィオのシンボルからミランに欠かせない選手へ!イタリア最高のDF

DF:アレッサンドロ・ネスタ
生年月日:1976年3月19日
移籍金:3100万ユーロ(約45億円)
在籍期間:02年夏~12年夏
リーグ戦成績:224試合7得点2アシスト

 1998年のセリエA最優秀若手選手を受賞し、ラツィオのシンボルだったアレッサンドロ・ネスタは、同クラブの財政難もあり2002年にACミランへ移籍。イタリア最高峰のDFにまで成長したネスタはミランで公式戦326試合に出場し、中心選手として活躍した。

 移籍初年度から活躍したネスタはセリエAやUEFAチャンピオンズリーグ(CL)、コッパ・イタリアなど多くのタイトル獲得に貢献。ミランでのキャリア終盤は怪我に苦しむも、その高いディフェンス力でミランのディフェンスラインを支えた。

 2012年5月にミラン退団を発表したネスタは同年7月にアメリカ・メジャーリーグサッカー(MLS)のモントリオール・インパクトに移籍。翌年11月に現役引退を発表。だが、その翌年11月にインドのチェンナイインFCで現役復帰を果たし、2015年に再び引退となった。引退後はマイアミFCやペルージャ、フロジノーネの監督を歴任した。

 ネスタは現役当時、ミランを率いていたマッシミリアーノ・アッレグリ監督から「イタリア史上最高のDF」と称えられた。今後の監督としての手腕も期待したい。

イタリアの名門3クラブでプレー!中盤の底で実力を発揮したイタリアのレジスタ

MF:アンドレア・ピルロ
生年月日:1979年5月19日
移籍金:1704万ユーロ(約22億円)
在籍期間:01年夏~11年夏
リーグ戦成績:284試合32得点54アシスト

 アンドレア・ピルロはブレシアのユースから1995年にトップチーム昇格。1998年7月にインテルへ移籍。だが厚い層に阻まれ、1999年にレッジーナ、2001年には古巣ブレシアへレンタル移籍となった。

 しかし、2001年7月にACミランへ加入すると、移籍2年目からその実力を発揮する。当時はトップ下でのプレーが多かったピルロはカルロ・アンチェロッティがミランの監督に就任すると、トップ下のポジションではなく中盤の底でプレー。これがピルロにとって転機となった。

 ジェンナーロ・ガットゥーゾやマッシモ・アンブロジーニのような守備的なMFの存在もあり、中盤の底でレジスタとしての能力を遺憾なく発揮する。正確無比なキックを武器に数々のチャンスを演出してきた。また、FKの名手としても知られている。

 そして、ピルロは2011年5月に契約満了によりミランを退団。同年5月にユベントスに加入した。ピルロはユベントスでもタイトル獲得に貢献。必要不可欠な存在となっていた。ピルロはインテル、ミラン、ユベントスとイタリアを代表する名門3クラブでプレーしたイタリアのレジスタだ。