5位:過小評価されたが…。ベンゲル監督の晩年を支えたFW

長い歴史を持つアーセナルというクラブは、これまで多くの傑出したストライカーを輩出してきた。そこで、今回は21世紀に在籍した選手を対象とした得点ランキングを紹介する。※01/02シーズン以降に在籍した選手が対象、20/21シーズンは成績に含めず、データは『transfermarkt』を参照
—————————————

FW:オリビエ・ジルー(フランス代表)
在籍期間:2012年夏〜18年冬
クラブ通算成績:253試合110得点
代表通算成績:107試合42得点

 地元のグルノーブルでキャリアをスタートさせたオリビエ・ジルーは、11/12シーズンにモンペリエで21得点を挙げ、クラブ史上初のリーグ・アン制覇へと導いた。アーセナルは1200万ユーロ(約14億円)とも言われる移籍金でジルーを獲得している。

 192cmという大柄な体格を活かした屈強なセンターフォワードだ。機動力では見劣りするが、空中戦の強さは圧倒的で、プレミアリーグでは5シーズン連続で2ケタ得点を達成している。ポストプレーなど、味方を活かすプレーが得意で、アシスト数も多い。フランス代表ではアントワーヌ・グリーズマンやキリアン・ムバッペの攻撃力を引き立て、2018年のロシアワールドカップ制覇に貢献している。

 アーセン・ベンゲル監督の晩年だったアーセナルではタイトルに恵まれなかったが、プレーした期間と試合数が貢献度の高さを示している。英紙『The Sun』はジルーをプレミアリーグで過小評価されている選手の1人として挙げたこともあった。

 アーセナルは18年冬にピエール=エメリク・オーバメヤンを獲得する。その半年前に加入したアレクサンドル・ラカゼットも結果を残していたため、ジルーは出場機会を失った。シーズン途中に同じロンドンに本拠地を構えるチェルシーに移籍。青いユニフォームを着ても、持ち味の力強いプレーは相変わらずである。

<h2>4位:16歳で加入も…。アンリ2世になれなかった神童

FW:セオ・ウォルコット(元イングランド代表)
在籍期間:2006年冬〜18年冬
クラブ通算成績:398試合108得点
代表通算成績:47試合8得点

 数多くの有望株を輩出したサウサンプトンで育ったセオ・ウォルコットは、16歳でトップチームデビューしている。チャンピオンシップ(2部)で戦うチームの主力に定着すると、その約5か月後にアーセナル加入が決まった。抜群のスプリント力が武器のアタッカーだった。

 クラブからの期待も大きく、加入4年目にはティエリ・アンリがつけていた背番号14を与えられた。無敗優勝を達成した“インビンシブルズ”のメンバーが次々と退団していく中、積極的に出場機会が与えられた。

 しかし、度重なる負傷がウォルコットを苦しめる。12/13シーズンはキャリアハイの14得点10アシストという結果を残したが、14年には左膝の前十字靭帯を断裂。全治6か月の怪我により、夏に控えていたワールドカップ出場を逃している。

 16/17シーズンは自身2度目の2ケタ得点を記録したが、翌シーズンは出番を失った。ベンゲル監督は18年4月に退任を発表しているが、ウォルコットはその3か月前にアーセナルを出る決断を下した。エバートンへ完全移籍し、今季は古巣サウサンプトンに期限付き移籍している。

<h2>3位:無敗優勝の立役者、クライフの薫陶を受けた天才

FW:デニス・ベルカンプ(元オランダ代表)
在籍期間:1995年夏〜2006年夏
クラブ通算成績:404試合110得点
代表通算成績:79試合37得点

 アヤックスで監督を務めていたヨハン・クライフは、ユースに所属していたデニス・ベルカンプをトップチームに引き上げている。クライフの薫陶を受けたデニス・ベルカンプは、芸術的なボールタッチを見せる天才だった。インテルでは苦しんだが、1995年にアーセナルに加入すると、1年目から活躍。1年後にやってきたアーセン・ベンゲル監督からの信頼を受け、攻撃の中心となった。

 繊細なタッチと、正確なキックでチャンスを生んだ。二手先を読める状況判断力と、知性を感じさせるエレガントな技術を持っていた。あまり感情を表に出さずにゴールやアシストを決めていくことから、つけられたニックネームは「アイスマン」。エリア外からのミドルシュートや、GKの頭上を越すループシュートは、ベルカンプの十八番だった。

 アヤックスでは3季連続得点王を獲得したストライカーだったが、セカンドトップで起用されたアーセナルでは役割が変わった。プレミアリーグでは加入から4季連続で2ケタ得点をマークしたが、30歳を超えるとアシスト数が上回っていく。ベルカンプが34歳となった03/04シーズン、アーセナルは無敗優勝を達成する。ティエリ・アンリを活かすプレーは至高で、ロベール・ピレスとともに創造性をもたらした。

<h2>2位:サイドから中央へ、アンリの後釜となったエース

FW:ロビン・ファン・ペルシー(元オランダ代表)
在籍期間:2004年夏〜12年夏
クラブ通算成績:278試合132得点
代表通算成績:102試合50得点

 アカデミー時代からプレーするフェイエノールトで、小野伸二とともにUEFAカップ制覇に貢献したロビン・ファン・ペルシー。10代から活躍するアタッカーは20歳のときにアーセナル移籍を決断している。

 当時のアーセナルにはティエリ・アンリという絶対的なエースが活躍しており、最初の2シーズンは途中出場がほとんどだった。3年目にプレミアリーグ初の2ケタ得点をマークすると、アンリがバルセロナに移籍した07/08シーズン以降は主力に据えられた。主将を任された11/12シーズンは自己最多の30得点を挙げて得点王に輝いている。その年限りでアーセナルを退団したファン・ペルシーはマンチェスター・ユナイテッドに移籍し、2年連続得点王となってリーグ優勝を達成した。

 オランダ時代はウイングでプレーすることが多かったが、アーセナル加入後はセンターフォワードとして地位を確立していった。08/09シーズンに最多アシストを記録しているように、チャンスメイクの精度も高い。ポストプレーやクロスへ飛び込む動きなど、「9番」としてのプレーの質も年々向上。アーセナルでの最後の2シーズンは得点を量産し、アタッキングサードでのあらゆるプレーをこなせる最強のストライカーが完成した。

<h2>1位:「ゴールよりもアシストを誇らしく思う」史上最高のエース

FW:ティエリ・アンリ(元フランス代表)
在籍期間:1999年夏〜2007年夏、12年冬
クラブ通算成績:376試合228得点
代表通算成績:122試合51得点

 ティエリ・アンリは2000年代を代表するストライカーだった。1998年のフランスワールドカップではフランス代表の優勝メンバーとなったが、ユベントスでは監督交代もあって実力を発揮できず。加入から半年でアーセナルへと移籍している。

 アーセナルはレアル・マドリードへ移籍したニコラ・アネルカの後釜として、同じフランス代表のアンリを獲得している。それまでは左サイドで起用されることが多かったが、アーセン・ベンゲル監督はセンターフォワードにアンリを据えた。3年目の01/02シーズンには24得点をマークして得点王に輝く。さらに、03/04シーズンからは3季連続で得点王となり、この5年間だけで130ものゴールを積み重ねた。

 188cmの鍛え上げられた身体はスピードに優れ、DFを一瞬で置き去りにした。シュートは驚異的なまでに正確。左斜め45度からのシュートは「アンリゾーン」とも呼ばれ、角度のない位置からでも正確にネットに突き刺した。チャンスメイク能力にも秀でており、「自分のゴールよりもアシストを誇らしく思う」という言葉通り、02/03シーズンには20アシストを記録。これは、19/20シーズンにケビン・デ・ブライネが並ぶまで、プレミアリーグ単独最多記録だった。

 バルセロナ、ニューヨーク・レッドブルズを経て、2012年冬には短期間の期限付き移籍で復帰している。アーセナル在籍は約8年だが、プレミアリーグでは歴代6位の175得点、歴代12位の74アシストをマークしている。2度のリーグ優勝の原動力となったアンリは、アーセナル史に残るストライカーだった。