名古屋グランパス期待の新エース

 明治安田生命Jリーグは後半戦に差し掛かり、各クラブは後半戦にスパートをかけるべく戦力補強を行っている。そこで今回は、6月以降にJクラブに加入した注目選手を5人紹介する(成績は前所属クラブでのもの)。

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FW:ヤクブ・シュヴィルツォク(背番号40)
生年月日:1992年12月28日(28歳)
20/21リーグ戦成績:23試合15得点3アシスト(GKSピアスト・グリヴィツェ)
所属クラブ: GKSピアスト・グリヴィツェ(ポーランド1部)→名古屋グランパス

 名古屋グランパスは7月20日、欧州からの大型補強を発表。ユーロ2020(欧州選手権)でポーランド代表として出場したヤクブ・シュヴィルツォクは、後半戦に突入したJリーグで追い上げを図る名古屋グランパスの新エースとなる存在だ。

 “クバ”の愛称で呼ばれるシュヴィルツォクは、これまでに様々なクラブに所属した経歴を持つ。19歳で母国のポロニア・ビトムでプロデビューを果たした同選手は、1Liga(2部相当)で18試合12得点を記録。翌年には当時2.ブンデスリーガ(ドイツ2部相当)の FCカイザースラウテルンに移籍した。その後、2015年に復帰した母国では国内チームを転々とするも、各クラブでリーグ戦二桁ゴールを決めている。

 20/21シーズンに23試合で15得点3アシストを記録したシュヴィルツォクは、6月に行われたユーロ2020に挑むポーランド代表メンバーに名を連ねた。正確無比なキック精度とシュートスキルを持つこのFWは、8月22日に豊田スタジアムで行われたアビスパ福岡戦で初ゴールを記録。鋭いターンから逆サイドネットに突き刺したゴールはまさにワールドクラスの一撃だった。大きな期待を背負って加入したシュヴィルツォクは、早くも新エースとしての存在感を示している。

ネイマールを完封した日本代表SB

DF:酒井宏樹(さかい・ひろき/背番号2)
生年月日:1990年4月12日(31歳)
20/21リーグ戦成績:29試合0得点1アシスト(マルセイユ)
所属クラブ:マルセイユ(フランス1部)→浦和レッズ

 東京五輪にオーバーエイジ(OA)として出場しベスト4進出に貢献した酒井宏樹はこの夏、9年ぶりのJリーグ復帰を決断。2012年に柏レイソルから欧州に移籍し、ハノーファーとマルセイユで活躍した酒井は、古巣ではなく浦和レッズに加入した。

 工藤壮人ら黄金世代メンバーとともに2009年にトップチーム昇格した酒井は、持ち前の攻撃力と高速クロスで注目を集めた。2011年にはJリーグ史上初となる昇格初年度でのJ1優勝に貢献し、Jリーグベストイレブンとベストヤングプレイヤーを受賞。翌年、海外からの多くのオファーを受け、ドイツのハノーファーに移籍した。

 ドイツでも定位置を確保し4年に渡り活躍したが、2016年の降格を機にフランスの強豪、マルセイユへ移籍を決断。低迷期にあったマルセイユでは、献身的なプレーですぐにスタメンに定着するとともにファンの心を掴んだ。17/18シーズンのヨーロッパリーグでは、RBライプツィヒとの準々決勝2ndレグで後半アディショナルタイムにゴールを記録。その後、決勝でアトレティコ・マドリードに敗れ優勝を逃すも、酒井のゴールはファンの記憶に残り続けている。パリ・サンジェルマン戦ではネイマールと幾度となくマッチアップし、完全に封じた試合もある。

 そして6月10日に浦和レッズ加入が発表されると、東京五輪後の今月14日のサガン鳥栖戦で移籍後初出場を果たした。豊富な運動量で攻守に貢献する献身的なプレーと最大の武器である高速クロスは健在。欧州で培った酒井の経験は、リーグトップ3を目指す浦和にとって重要なものとなるはずだ。

元アーセナル所属の韋駄天ドリブラー

FW:宮市亮(みやいち・りょう/背番号17)
生年月日:1992年12月14日(28歳)
20/21リーグ戦成績:26試合1得点2アシスト
所属クラブ:ザンクトパウリ(ドイツ2部)→横浜F・マリノス

 中京大学付属中京高等学校在学時にU-16日本代表に選出されAFC U-16選手権に出場した宮市亮は、宇佐美貴史らとともに翌年のFIFA U-17ワールドカップにも出場。代表で活躍した宮市は、高校2年次の冬にFCケルンの練習に参加した。3年次には、世界的ビッグクラブのアーセナルとアヤックスの練習に参加。アーセナルの監督を務めるアーセン・ベンゲルから高い評価を受け、同年12月に5年契約でアーセナル加入が発表された。

 イギリスの労働ビザ取得という問題もあり、その後はレンタル移籍を繰り返した。レンタル先でインパクトを残すも、スター選手が集まるアーセナルでは度重なる怪我の影響もあり、公式戦出場は7試合のみ。契約満了となった2015年にドイツ2部のザンクトパウリにフリーで移籍となった。

 ザンクトパウリでは加入後すぐにスタメンに定着。しかし、両膝の前十字靭帯断裂による長期離脱や度重なる怪我により、離脱と復帰を繰り返すシーズンが続いた。それでも、圧倒的な加速力でサイドを突破する宮市のスピードは、世界トップレベルのDFにも通用することを示している。今夏、横浜F・マリノスに加入しプロ初のJリーグ挑戦となるこの快速MFは、日本で再び輝きを取り戻すことは出来るだろうか。

イニエスタと再会した元バルセロナFW

FW:ボージャン・クルキッチ(背番号9)
生年月日:1990年8月28日(30歳)
20/21リーグ戦成績:14試合4得点1アシスト(モントリオール・インパクト)
所属クラブ:無所属→ヴィッセル神戸

 リオネル・メッシやアンドレス・イニエスタとともにバルセロナの黄金期を築いたボージャン・クルキッチが今夏、ヴィッセル神戸で再びイニエスタとタッグを組む。2011年にバルセロナを退団後、数々のクラブを渡り歩くもスペインで魅せた輝きを取り戻すことができず、苦悩のシーズンを過ごしていた。2019年には欧州を離れ、アメリカに活躍の場を移すも2020シーズン終了後に退団。無所属となったかつての逸材は、今月9日にヴィッセル神戸加入が発表された。

 17歳でバルセロナのトップチームデビューを果たしたボージャンは、1年目にリーグ戦31試合に出場し10得点を記録。ラウール・ゴンザレスの9得点を上回り、デビューシーズンの最多得点記録を樹立した。しかし、ジョゼップ・グアルディオラが監督に就任すると、メッシを3トップの中央に置いた偽9番システムを採用。徐々に出場機会が減少したボージャンは、2011年にASローマに移籍した。

 ASローマ移籍後、1つのチームに止まることが出来ずに各チームを転々としたボージャンは、2014年に当時プレミアリーグで戦うストーク・シティに移籍。ここでは、3シーズンに渡り主力として定着したが、怪我の影響もあり徐々に出場機会減少した。その後レンタル移籍でボージャンを放出したチームはチャンピオンシップ(2部相当)に降格。2019年に退団することとなった。

 今年で31歳を向かえるボージャンは、スピードを活かした裏へ抜け出しから貪欲にゴールを狙うかつてのプレースタイルとは異なり、自身も周りを活かしつつミドルシュートやペナルティーエリア内で合わせるプレースタイルに変貌を遂げている。欧州のビッグクラブを渡り歩いてきたこのFWは、イニエスタとの再タッグでヴィッセル神戸にタイトルをもたらすことは出来るだろうか。

8年ぶりに復帰した日本代表のエース

FW:大迫勇也(おおさこ・ゆうや/背番号10)
生年月日:1990年5月18日(31歳)
20/21リーグ戦成績:24試合0得点1アシスト(ブレーメン)
所属クラブ:ブレーメン(ドイツ2部)→ヴィッセル神戸

 ブンデスリーガで激しい戦いを経験し、日本代表のエースに昇り詰めた大迫勇也がこの夏、ヴィッセル神戸に加入した。2014年からプレーするドイツで大きな成長を遂げた大迫は、8年ぶりのJリーグ復帰となる。

 鹿児島城西高等学校在籍時、全国高等学校サッカー選手権大会で大会史上初の4試合連続2得点を記録。決勝で敗れたものの、最終的に10得点を挙げ、大会最多得点記録を更新している。3年次の大迫の活躍を凄まじく、Jリーグで争奪戦が繰り広げられた結果、鹿島アントラーズ加入を決断した。加入1年目からリーグ戦22試合に出場した同選手は、5年目のシーズンに自身最多となる19得点を記録。初にして唯一の二桁得点を記録した。

 2014年に当時2.ブンデスリーガ(2部相当)のTSV1860ミュンヘンに移籍。15試合で6得点の活躍を見せると、加入後わずか半年でブンデスリーガの1.FCケルンに移籍を果たした。1.FCケルンで主力に定着し公式戦120試合に出場したが、2018年にチームが2部に降格。これに伴い、前所属のブレーメンに移籍した。

 ブレーメンでフロリアン・コーフェルト監督にトップ下やボランチにコンバートされ、MFとしての出場が増えた昨シーズンは、24試合に出場し0得点。チームも17位で2部に降格となった。2022年11月に行われるカタールワールドカップを見据える大迫は、ドイツ2部ではなくJリーグ復帰を決断。今月25日に行われた大分トリニータ戦で移籍後初出場を果たした。日本のエースはJリーグでFWの感覚を取り戻し、ベストな状態でカタールワールドカップ臨めるだろうか。