GK紹介

 1996年にアーセン・ヴェンゲルが監督となって以降、数々なタイトルを獲得したアーセナル。2度のリーグ戦とカップ戦の”二冠”達成や2003/04シーズンのプレミアリーグ史上唯一の無敗優勝など、2000年代前半にクラブは黄金期を迎えた。今回、フットボールチャンネルでは21世紀にアーセナルで大活躍した11名の選手をピックアップ。クラブの歴史に名を刻んだ選手たちを紹介していく。

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イェンス・レーマン(元ドイツ代表)
生年月日:1969年11月10日
在籍期間:03夏〜07年夏、11年3月〜11年夏
クラブ通算成績:200試合168失点
代表通算成績:61試合51失点

 21世紀以降のアーセナルで最も多くの試合に出場しているGKがイェンス・レーマンだ。03年夏にマンチェスター・シティへと移籍したデビッド・シーマンに代わってアーセナルに加入し、すぐに正GKに定着した。

 加入初年度の2003/04シーズン、圧倒的な強さを誇ったアーセナルはプレミアリーグを史上唯一の無敗で制覇。全試合に出場したレーマンは15試合でクリーンシートを記録するなど、優勝に大きく貢献した。2005/06シーズン、アーセナルはUEFAチャンピオンズリーグ(CL)で決勝に進出するが、18分にレーマンが退場。先制するも逆転を許し、悲願のCL初優勝を逃した。

 ミスが増えたこともあり、2007/08シーズンにマヌエル・アルムニアにポジションを奪われ、シーズン終了後に退団。10年夏に一度、現役引退をするも、アーセナルにケガ人が続出したこともあり翌年3月に現役復帰。1試合に出場し、シーズン終了後に2度目の現役引退をした。

DF紹介</h2>

バカリ・サニャ(元フランス代表)
生年月日:1983年2月14日
在籍期間:07年夏〜14年夏
クラブ通算成績:284試合5得点27アシスト
代表通算成績:65試合0得点6アシスト

 元アーセナル監督のアーセン・ヴェンゲルに「プレミアリーグ最高の右SB」と評されたのがバカリ・サニャだ。母国フランスのオセールでプロデビューを飾ったサニャは、07年夏にアーセナルに加入。前年にチェルシーへと移籍したアシュリー・コールが着用していた背番号3を継承した。

 エマニュエル・エブエとのポジション争いを制し、すぐに不動のレギュラーを掴んだ。2007/08シーズンと2009/10シーズンにはプレミアリーグのベストイレブンに選出されるなど、安定感のあるパフォーマンスでチームに貢献した。

 獲得したタイトルこそ2013/14シーズンのFAカップのみだが、7シーズンに渡って不動の右SBとしてプレーしたサニャ。14年夏にマンチェスター・シティへと活躍の場を移し、イタリアやMLSでのプレーを経て20年に現役を引退した。

ソル・キャンベル(元イングランド代表)
生年月日:1974年9月18日
在籍期間:01年夏〜06年夏、10年冬〜10年夏
クラブ通算成績:211試合12得点4アシスト
代表通算成績:73試合1得点0アシスト

 宿敵トッテナムで主将を務めていたが、01年夏にアーセナルに禁断の移籍を果たしたソル・キャンベル。当初は両サポーターから非難の声も上がったが、加入初年度から不動のレギュラーとなりプレミアリーグとFAカップ制覇に貢献した。

 2003/04シーズンはコロ・トゥーレとの鉄壁コンビを築き、プレミアリーグ史上唯一となる無敗優勝の立役者の1人となった。2年連続でプレミアリーグのベストイレブンに選出されるなど、圧倒的なフィジカルを活かしたプレーで2000年代前半のアーセナル黄金期を支えた。

 06年夏にアーセナルを退団。2度のプレミアリーグ優勝や3度のFAカップ優勝など、主力選手として多くのタイトルを獲得した。練習参加の期間を経て、わずか半年間だったが、10年冬にアーセナルに復帰した。12年に現役を引退し、現在は監督業を務めている。

コロ・トゥーレ(元コートジボワール代表)
生年月日:1981年3月19日
在籍期間:02年冬〜09年夏
クラブ通算成績:327試合14得点13アシスト
代表通算成績:120試合7得点2アシスト

 アーセナルの元キャプテンであるローラン・コシールニーの貢献度も高いが、タイトル獲得数の多さからコロ・トゥーレをベストイレブンに選出した。デビュー後、母国コートジボワールのクラブでプレーしていたが、02年冬にアーセナルのトライアウトに合格して所属することとなった。

 元々はストライカーや攻撃的MFのポジションでプレーしていた選手で、アーセナルでも加入当初はボランチやSBでの起用されていた。2003/04シーズンにCBへとコンバートされるとレギュラーに定着。ソル・キャンベルとの鉄壁コンビでプレミアリーグの無敗優勝に大きく貢献した。

 2006/07シーズンからは副主将に就任するなど、アーセナルで絶対的な地位を得たコロ・トゥーレ。09年夏にマンチェスター・シティへ移籍するまで、アーセナルでは公式戦327試合に出場、プレミアリーグ優勝を含む5つのタイトルを獲得した。現役引退した現在は、リバプールとセルティックに所属していた時代の恩師であるブレンダン・ロジャーズ率いるレスターのアシスタント・コーチを務めている。

アシュリー・コール(元イングランド代表)
生年月日:1981年5月15日
在籍期間:99年夏〜06年夏
クラブ通算成績:228試合9得点22アシスト
代表通算成績:107試合0得点7アシスト
 
 アーセナルサポーターからは好かれている選手ではないが、実力と実績からベストイレブンに選出した。アーセナルの下部組織出身で1999/00シーズンにトップチームに昇格。翌シーズン後半からレギュラーに定着し、主力選手として2001/02シーズンのプレミアリーグ優勝とFAカップ優勝に大きく貢献した。
 
 2002/03シーズンからは3シーズン連続でプレミアリーグのベストイレブンに選出される活躍を披露し、2003/04シーズンの伝説の無敗優勝にも大きく貢献。攻守において穴がない「世界最高の左SB」と評価された。

 06年夏にウィリアム・ギャラス+金銭のトレードで同じロンドンのライバル、チェルシーへと移籍した。アーセナルサポーターは「金目当てで移籍した」と非難し、サポーターが選ぶ嫌いな選手ランキングで1位となった。

MF紹介</h2>

セスク・ファブレガス(元スペイン代表)
生年月日:1974年11月16日
在籍期間:04年夏〜11年夏
クラブ通算成績:304試合57得点91アシスト
代表通算成績:110試合15得点36アシスト

 抜群のパスセンスで2000年代後半のアーセナルを牽引していたのがセスク・ファブレガスだ。2003年に行われたU-17W杯での活躍を当時のアーセナルの監督、アーセン・ヴェンゲルが惚れ込み、大会終了後にバルセロナから獲得した。

 16歳と177日という当時のアーセナル最年少記録でトップチームデビューを飾り、2004/05シーズンにレギュラーに定着した。2006/07シーズンからはパトリック・ヴィエラが着用していた背番号4を継承、2008/09シーズンにはクラブ史上最年少の若さで主将就任するなど若くしてアーセナルの看板選手となった。

 19アシストを記録した2007/08シーズンと、二桁ゴール二桁アシストを記録した2009/10シーズンはプレミアリーグのベストイレブンにも選出された。11年夏に古巣バルセロナへと移籍する。通算91アシストはアーセナル歴代2位であり、その全てが23歳以下で記録したというのは今では考えられない驚異的なスタッツだ。

パトリック・ヴィエラ(元フランス代表)
生年月日:1976年6月23日
在籍期間:96年夏〜05年夏
クラブ通算成績:397試合32得点24アシスト
代表通算成績:107試合6得点12アシスト

 抜群のリーダシップで2000年代前半のアーセナルを牽引したのがパトリック・ヴィエラだ。96年にACミランからアーセナルに加入するとすぐに主力に定着。1998/99シーズンからは6シーズン連続でプレミアリーグのベストイレブンに選出されるなど、絶対的な選手として活躍した。

 192cm、85kgという大柄なフィジカルを活かしたプレーで中盤を掌握したヴィエラ。ボール奪取だけでなく、ゲームメイクやゴール前での決定力、リーダシップにも優れており、中盤の選手に必要な全ての能力を兼ね備えていた。2002年にはトニー・アダムスが現役引退したことに伴い、ヴィエラが主将に就任。2003/04シーズンには史上唯一のプレミアリーグ無敗優勝を達成した。

 05年夏にユベントスへと移籍する。アーセナルでは在籍9シーズンでプレミアリーグ優勝3回、FAカップ優勝4回など11のタイトルを獲得した。現役引退後は指導者に転向し、21年夏からはクリスタル・パレスの監督を務めている。

フレドリック・リュングベリ(元スウェーデン代表)
生年月日:1977年4月16日
在籍期間:98年夏〜07年夏
クラブ通算成績:327試合72得点37アシスト
代表通算成績:72試合14得点4アシスト

 クラブカラーの赤のモヒカンがトレードマークだったフレドリック・リュングベリ。ハルムスタッドから加入した当時は無名に近い選手だったが、アーセン・ヴェンゲル監督が率いていたアーセナルでレギュラーを掴んだことで、世界的な選手となった。

 2001/02シーズン、リュングベリはプレミアリーグではキャリアハイの12ゴール、FAカップ決勝チェルシー戦でもゴールを決め、リーグとカップ戦の二冠達成の立役者となった。また、不動のレギュラーとして、2003/04シーズンの無敗優勝にも大きく貢献している。

 07年夏にウェストハムへと移籍。キャリアの終盤には清水エスパルスでプレーした。現役引退後はアーセナルの下部組織で指導者キャリアをスタートさせ、ウナイ・エメリ政権ではアシスタント・コーチに就任。そのエメリが退任し、ミケル・アルテタが監督に就任するまでの約1ヶ月間はトップチームの暫定監督を務めた。

ロベール・ピレス(元フランス代表)
生年月日:1973年10月29日
在籍期間:00年夏〜06年夏
クラブ通算成績:284試合85得点59アシスト
代表通算成績:79試合14得点18アシスト

 抜群のテクニックでアーセナルサポーターを魅了したのがロベール・ピレスだ。98年のワールドカップ、00年のユーロ(欧州選手権)で優勝に貢献。ユーロ終了後の00年夏にマルセイユからアーセナルに加入した。

 加入直後はやや適応に苦しんだが、2年目の2001/02シーズンは記者が選出するプレミアリーグの年間最優秀選手賞を受賞するなど大活躍。プレミアリーグとFAカップの二冠に大きく貢献した。同じフランス代表のティエリ・アンリとは相性抜群で、無敗優勝を達成した2003/04シーズンはプレミアリーグで14ゴール9アシストを記録した。

 06年に行われたUEFAチャンピオンズリーグ(CL)決勝バルセロナ戦で、前半にGKのイェンス・レーマンが退場したことによりピレスはマヌエル・アルムニアと交代することに。これがきっかけで首脳陣と揉め、同シーズン限りでアーセナルを退団した。その後、ビジャレアルやアストン・ビラ、インドのゴアなどでプレーし、16年に現役引退を発表した。

FW紹介</h2>

デニス・ベルカンプ(元オランダ代表)
生年月日:1969年5月10日
在籍期間:95年夏〜06年夏
クラブ通算成績:402試合109得点71アシスト
代表通算成績:79試合37得点19アシスト

 芸術的なボールタッチを初めとする華麗なプレーでサポーターを沸かせ続けたのがデニス・ベルカンプだ。母国オランダのアヤックスで3度の得点王に輝いた後、インテルを経て95年夏にアーセナルに加入した。

 アーセナルでは加入初年度からプレミアリーグ二桁ゴールを記録するなどすぐに主力に定着。2002年に行われたニューカッスル戦で決めた芸術的なトラップからのゴールは、FAが選出したプレミアリーグベストゴールに選出されている。

 その後、アーセナルでは現役引退する2005/05シーズンまでプレー。3度のプレミアリーグ優勝を含む9つのタイトルを獲得し、クラブの黄金期を支えた。その功績が讃えられ、ベルカンプの引退試合がこけら落としだったエミレーツ・スタジアムの前には銅像が設置されている。

ティエリ・アンリ(元フランス代表)
生年月日:1977年8月17日
在籍期間:99年夏〜07年夏、12年1月〜12年2月
クラブ通算成績:376試合228得点105アシスト
代表通算成績:123試合51得点30アシス

 アーセナル、そしてプレミアリーグの歴史においても最高の選手の一人に数えられるティエリ・アンリ。1994/95シーズンに、当時モナコを率いていたアーセン・ヴェンゲルの下でプロデビューを果たし、ユベントスを経て、98年夏に恩師ヴェンゲル率いるアーセナルに加入した。

 それまではウイングでの起用が多かったが、ヴェンゲルはアンリをストライカーのポジションにコンバート。このコンバートがハマり、プレミアリーグでは歴代最多の4度の得点王のタイトルを獲得。2002/23シーズンは24ゴール20アシストという驚異的なスタッツを残し、プレミアリーグの年間最優秀選手にも選出された。

 07年夏にバルセロナへと移籍。そしてニューヨーク・レッドブルズに所属していた12年に約1ヶ月の短期間のレンタルでアーセナルに復帰した。アーセナルでは2度のプレミアリーグ優勝を含む7つのタイトルを獲得。積上げたゴール数とアシスト数は共にクラブ歴代最多記録だ。これらの功績が評価され、ベルカンプ同様にアーセナルの本拠地エミレーツ・スタジアムに銅像が設置されている。