問題がありすぎて…

 アルゼンチン代表はどのポジションを切り取っても世界トップクラスのタレントと選手層を擁している。今回は、選手層が厚すぎるがゆえにアルゼンチン代表で活躍できなかった5人の選手を紹介する(※成績は2021年10月31日時点)。

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FW:マウロ・イカルディ
生年月日:1993年2月19日
アルゼンチン代表成績:8試合1得点1アシスト

 2013年から7年間過ごしたインテルでセリエA得点王に2度も輝くなど、一躍世界的ストライカーとしてその名を轟かせたマウロ・イカルディ。しかし、そんな彼はこれまでアルゼンチン代表で8試合しか出場したことがない。クラブでの華々しい活躍とは別に、この男には“問題”が多すぎたのである。

 2013年10月に代表デビューを果たしたイカルディだったが、その2ヶ月後、同胞でサンプドリア時代の仲間だったマキシ・ロペスの妻であるワンダ・ナラとの不倫が発覚。それにより、レジェンドであるディエゴ・マラドーナ氏などから痛烈な批判を浴び、さらにはリオネル・メッシら重鎮選手がイカルディの招集を望んでいないといった報道も絶えぬようになってしまった。

 プライベートの問題でしばらく代表から遠ざかっていたイカルディは2018年に久々に招集されているのだが、その翌年には再び声を掛けられなくなった。理由はインテルとの契約延長交渉が難航し、主将の座を剥奪され、さらに監督からのメンバー招集を拒否したことにある。事実、当時リオネル・スカローニ監督は「現時点で彼に起こっている問題が我々に悪影響を及ぼすことは明らか」と話していた。結局、問題を繰り返してきたイカルディは、インテルを退団しパリ・サンジェルマン(PSG)に加入して以降もアルゼンチン代表のユニフォームを着られずにいる。

セリエA年間最優秀MF受賞者

MF:アレハンドロ・ゴメス
生年月日:1988年2月15日
アルゼンチン代表成績:10試合3得点2アシスト

 近年目覚ましい成長ぶりをみせているアタランタだが、その中で特別な存在感を放ってきたのがアレハンドロ・ゴメスである。2015年に加入すると、そこから毎シーズンのようにゴールとアシストを量産。2019/20シーズンにはセリエAだけで16ものアシストを記録し、見事同リーグの年間最優秀MFに選出されている。監督との確執によって退団したのは残念だったが、間違いなくクラブの顔だった。

 しかし、アタランタで爆発的な活躍を披露したA・ゴメスだが、アルゼンチン代表ではなかなか目立つことができていない。2017年に代表デビューを果たすも、その後は選外続き。2018年ロシアワールドカップ、そして2019年のコパ・アメリカでもメンバーに名を連ねることはなかった。

 昨年10月に約3年ぶりとなる代表復帰を果たし、それ以降招集自体は続いているのだが、リオネル・メッシにアンヘル・ディ・マリア、さらに若いラウタロ・マルティネスやニコラス・ゴンサレスと攻撃陣の層が厚い中で出番は限定的。今夏のコパ・アメリカ2021でも全7試合中、出場はたった2試合だった。能力にまったく疑いの余地はないのだが、絶対的な存在になることはどうやら難しいようだ。

遅咲きのストライカー

FW:ディエゴ・ミリート
生年月日:1979年6月12日
アルゼンチン代表成績:25試合4得点2アシスト

 ジェノアやサラゴサで活躍したディエゴ・ミリートが初めてビッグクラブに移籍したのは2009年、すでに30歳の時だった。しかし、インテルでは当時のジョゼ・モウリーニョ監督の信頼をガッチリ掴み、ファーストチョイスの座に君臨。そして加入1年目ながら3冠の立役者となり、2009/10シーズンのUEFA年間最優秀選手にも選出されているなど、名実ともに世界屈指の点取り屋へと変貌を遂げた。

 それでも、D・ミリートはアルゼンチン代表で爪痕を残すことができなかった。ジェノアに所属していた2003年、当時のマルセロ・ビエルサ監督の元でデビューを果たしそこから数試合プレーしたが、2004年から招集外が続くように。2006年のワールドカップ行きも逃した。当時のFW陣はエルナン・クレスポとハビエル・サビオラが1番手で、ベンチにはカルロス・テベスにロドリゴ・パラシオ、またリオネル・メッシがいるなど層が厚かった。

 ドイツW杯後は度々招集されるようになり、インテルで圧巻の活躍をみせたことで2010年の南アフリカW杯メンバーにも選出された。しかし、ここでも高い壁に阻まれる。テベス、メッシ、ゴンサロ・イグアイン、セルヒオ・アグエロという実力者を前に、本大会では5試合で91分間のみの出場に留まってしまった。結局その後もD・ミリートにスポットライトは当たらず、代表チームでの成績は24試合出場4得点と寂しいものになってしまった。

ユベントスの10番

FW:パウロ・ディバラ
生年月日:1993年11月15日
アルゼンチン代表成績:30試合2得点5アシスト

 2015年にパレルモからユベントスに加わったパウロ・ディバラは、瞬く間にユベンティーノのアイドルとなった。1年目からゴールを量産して驚きを与えると、3年目にはロベルト・バッジョやアレッサンドロ・デル・ピエロら名だたるレジェンドが身に着けてきた背番号10を継承。そして記憶に新しい2019/20シーズンにはセリエA9連覇の立役者となり、リーグの年間最優秀選手に選ばれている。

 と、クラブでは輝きを放っているディバラだが、アルゼンチン代表では苦戦中だ。2015年のデビュー以降コンスタントに名を連ねてはいるものの、プレータイム自体はそこまで多くなく、2018年ロシアワールドカップもたった1試合のみの出場。ここまで得点数も「2」と物足りない数字である。

 ディバラが活躍できない理由としてあげられているのはリオネル・メッシの存在だ。プレースタイルの似ている二人は共存が難しく、揃った場合は必然的にメッシが起用され、ディバラは優先順位的に低くなってしまうという現実がある。「活躍できなかった」という烙印を押すのはまだ早いかもしれないが、しばらく代表チームでの苦労は続きそうだ。

日本でも大人気の天才

MF:パブロ・アイマール
生年月日:1979年11月3日
アルゼンチン代表成績:52試合8得点6アシスト

 あのリオネル・メッシが自身の「アイドル」と公言しているのがパブロ・アイマールだ。身長170cmの小柄なMFは世界最高峰のテクニックと優れたアイデアを駆使してファンを魅了。バレンシアの黄金期を中心として支えた人物でもあり、日本でも高い人気を誇る選手だった。アイマールのプレーを見るために、バレンシアやアルゼンチン代表の試合をチェックするという人も少なくなかっただろう。

 そんな天才アイマールだが、代表チームではあまり活躍できなかった。52キャップを記録しているが、意外にもその半分以上が途中出場となっているのだ。大舞台での経験値も豊富ではなく、2002年日韓ワールドカップはフアン・セバスティアン・ベロン、2006年ドイツW杯ではフアン・ロマン・リケルメにそれぞれポジションを譲っている。コパ・アメリカには3度出場しているが、合計プレータイムは159分と非常に短かった。

 2007年のコパ・アメリカ終了後しばらくは怪我などの影響もあって招集すらされず。2009年にはディエゴ・マラドーナ監督から声がかかり南アフリカW杯・南米予選の1試合に出場したが、結局本大会には行けず、それがアイマールにとってアルゼンチン代表でのラストゲームとなった。バレンシアでの輝きが凄まじかっただけに、代表チームでの輝きは小さく見えてしまった。