50位: Jリーグ屈指の偽サイドバック

 100億円を超える移籍金(契約解除金)も珍しくなくなった今日のサッカー界で移籍金の高い歴代日本人は誰なのか。今回フットボールチャンネル編集部は、データサイト『transfermarkt』が算出した市場価値ランキングの最新版を紹介する。※移籍金は11月2日時点、価格が並んだ場合の順位はサイトに準拠

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DF:山中亮輔(日本/浦和レッズ)
生年月日:1993年4月20日(28歳)
クラブ:横浜F・マリノス→浦和レッズ
移籍日:2019年1月10日
移籍金:160万ユーロ(約1.9億円)

 柏レイソルの下部組織在籍時、各世代別代表に選出された山中亮輔は、2012シーズンの最終節でJリーグデビュー。しかし、なかなか定位置を確保できず、2014年にジェフユナイテッド千葉にレンタル移籍した。

 ジェフユナイテッド千葉でスタメンに定着し、リーグ戦23試合に出場した山中は翌年に柏レイソルに復帰。当時指揮していた吉田達磨監督に期待を寄せられたが、リーグ戦出場は11試合に止まった。その後も定位置を確保できなかったこのDFは、2017年に横浜F・マリノスに移籍。すると、ついに才能が開花した。

 怪我で開幕戦には出遅れたが、第15節でスタメンに抜擢されると、そのまま定位置を確保。2018年にアンジェ・ポステコグルー監督が就任すると、果敢な攻撃参加だけでなく、ボランチの脇にポジションを取ってポゼッションに関与。Jリーグ屈指の偽サイドバックに成長した山中は、2019年に160万ユーロ(約1.9億円)で浦和レッズに加入した。

49位:元アジア年間最優秀ユース選手

MF:堂安律(日本代表/PSV)
生年月日:1998年6月16日(23歳)
クラブ:ガンバ大阪→フローニンゲン
移籍日:2018年7月1日
移籍金:170万ユーロ(約2億円)

 ガンバ大阪が生んだ逸材、堂安律はユース在籍時から圧倒的な活躍を見せ、2016年に行われたAFC U-19選手権初優勝に貢献。同大会MVPを獲得し、さらにアジア年間最優秀ユース選手に選出された。同年にガンバ大阪のトップチームに昇格した堂安は、第5節の柏レイソル戦でJ1デビューも果たしている。

 2016シーズンは、J3に参戦していたガンバ大阪U-23での出場が主となったが、リーグ戦21試合で10得点7アシストを記録。翌年ガンバ大阪に復帰すると主力に定着した。すると同年に行われたFIFA U-20ワールドカップで活躍した堂安は、オランダのフローニンゲンにレンタル移籍。欧州リーグへの挑戦を勝ち取った。

 欧州リーグ初挑戦ながら、開幕戦にスタメン出場した堂安は、そのままスタメンに定着。左利きのドリブラーということもあり、クラブのレジェンド、アリエン・ロッベンと比較され”日本のロッベン”と称された。その活躍により、翌年170万ユーロ(約2億円)でフローニンゲンに完全移籍。その後このMFは、オランダ中にその名を轟かせている。

48位:デュエルモンスター

MF:遠藤航(日本代表/シュトゥットガルト)
生年月日:1993年2月9日(28歳)
クラブ:シント=トロイデンVV→シュトゥットガルト
移籍日:2020年7月1日
移籍金:170万ユーロ(約2億円)

 世界トップクラスの”デュエルモンスター”遠藤航は、2010年に湘南ベルマーレでJ1デビュー。プロ3年目の2012シーズンには19歳ながらキャプテンを務め、J2を優勝。同クラブをJ1復帰に導いた。その後、2016年に浦和レッズへ移籍。加入初年度から3バックの一角としてスタメンに定着した。

 加入1年目からクラブに欠かせない存在となった遠藤は、YBCルヴァンカップ優勝に貢献。翌シーズンには、2度目のAFCチャンピオンズリーグを制覇した。2シーズンに渡り、クラブに貢献したこの男は、2018年にシント=トロイデンVVに加入。欧州リーグに移籍を果たすと、新境地を開拓。強靭なフィジカルと正確なロングパスを武器に、ボランチで才能が開花した。

 ベルギーでその才能と実力を証明した遠藤は、2019年に当時2.ブンデスリーガ(2部)に所属していたシュトゥットガルトにレンタル移籍。1部昇格に貢献すると、翌年に170万ユーロ(約2億円)でドイツの古豪に完全移籍を果たした。そして昨季、ブンデスリーガ初挑戦ながらデュエル勝率NO.1を記録。欧州で一気に評価を高めたこの男は、今季からキャプテンに就任。チームが低迷する中、昨季と変わらぬ活躍でチームを牽引している。

47位:2億円越えの移籍を果たしたが…

DF:水本裕貴(元日本代表/町田ゼルビア)
生年月日:1985年9月12日(36歳)
クラブ:ジェフユナイテッド千葉→ガンバ大阪
移籍日:2008年1月11日(当時22歳)
移籍金:180万ユーロ(約2.2億円)

 高校在籍時、U-18日本代表に選出された水本裕貴は、卒業後にジェフユナイテッド千葉に加入。イビチャ・オシム監督の下で頭角した水本は、対人の強さと粘り強いディフェンスを武器に2年目から徐々に出場機会を増やし、クラブ史上初のナビスコカップ(現YBCルヴァンカップ)優勝に貢献した。

 その活躍により、2006シーズンにはスタメンに定着。DFリーダーとしてチームを支え、ナビスコカップ2連覇を達成した。さらに同年、オシム監督が日本代表監督に就任すると、オシムチルドレンである水本はA代表に初招集。10月に行われたガーナ代表との親善試合で代表デビューを飾った。

 オシム監督の下で着実に成長し、4シーズンに渡りジェフユナイテッド千葉で活躍した水本は、2008年に180万ユーロ(約2.2億円)でガンバ大阪に移籍した。しかし、定位置を確保することが出来ず、わずか5ヵ月で退団。北京五輪目前ということもあり、出場機会を求めて京都サンガF.C.に移籍している。

46位:天才レフティー

MF:中村俊輔(元日本代表/横浜FC)
生年月日:1978年6月24日(43歳)
クラブ:横浜F・マリノス→レッジーナ
移籍日:2002年7月3日
移籍金:200万ユーロ(約2.4億円)

 高校在学時にAFCユース選手権(現AFC U-19選手権)1996に出場した中村俊輔は、ベスト4進出に貢献。卒業後は、ジュニアユース時に所属していた横浜F・マリノスに加入すると、1年目からスタメンの座を勝ち取り、Jリーグ優秀新人賞に選出された。翌年にはプロ2年目にしてA代表に初招集されている。

 3年目の1999シーズン、横浜F・マリノスで10番を託された中村は、Jリーグベストイレブンに初選出された。さらに翌年、シドニーオリンピックベスト8、AFCアジアカップ優勝に貢献。Jリーグだけでなく、代表でも目覚ましい活躍を見せたこの天才レフティーは、同年にJリーグMVPと日本年間最優秀選手賞を受賞した。

 瞬く間に日本トップレベルの選手となった中村だが、怪我の影響もあり2002年に開催された日韓W杯に挑む日本代表から落選。活躍が期待されたが、出場は叶わなかった。だが、同年7月に200万ユーロ(約2.4億円)でセリエAのレッジーナに移籍。その後、欧州にその名を轟かすまでの一歩を踏み出した。