メガクラブ移籍から怪我に悩まされのは…

サッカー選手は常に怪我と隣り合わせだ。1つの怪我でキャリアを棒に振ってしまう選手もいれば、何度も大怪我を負いながらもその逆境を乗り越えて長く活躍する選手もいる。今回は世界最高級の才能がありながらも、怪我に苦しむキャリアを歩んできた”ガラスの天才”5人を紹介する。

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MF:イブラヒム・アフェライ
生年月日:1986年4月2日
オランダ代表:53試合7得点10アシスト

 若い頃からオランダ代表の将来を担う存在になると期待されていたイブラヒム・アフェライだが、そのキャリアは怪我によりスター街道から大きく逸れてしまった。

 PSVの下部組織出身のアフェライは、2003/04シーズンに17歳の若さでトップチームデビューを飾った。デビュー2年目よりPSVで不動のレギュラーに定着し、2007年には20歳でオランダ代表デビュー。翌2008年に行われたユーロ2008(欧州選手権)では主力選手として3試合に出場するなど順調にキャリアアップを果たした。

 PSVは2004/05シーズンからエールディビジ4連覇を達成しているが、その過程においてアフェライはチームに欠かせない選手だった。クラブ、代表で着実に結果を残したことで多くのメガクラブから関心が寄せられ、11年冬にバルセロナへの移籍を決断する。しかし、残念ながらこの移籍をきっかけにキャリアは下降線を辿ってしまう。

 移籍2年目の2011/12シーズンは開幕直前に筋肉系のトラブル、そして復帰直後の9月に左膝の前十字靭帯断裂の大怪我を負った。この怪我でシーズンの大半を棒に振ったアフェライは、環境を変えるべく2012/13シーズンにシャルケへとローン移籍する。しかし、ドイツでは右大腿直筋の慢性的な怪我に悩まされ、約1年2ヶ月間もの長期離脱を余儀なくされた。15年夏にストークへと移籍したが、今度は膝の長期的な怪我に悩まされ、トップフォームに戻ることがないまま21年2月に現役を引退した。

わずか1年半で3度の手術を余儀なくされたのは…

MF:ケビン・ストロートマン
生年月日:1990年2月13日
オランダ代表:46試合3得点4アシスト

 数年前までオランダ代表の主力を担っていたケビン・ストロートマンだが、度重なる膝の怪我により本来のポテンシャルを発揮できずにいる。

 育成の名門、スパルタ・ロッテルダムでプロデビューを飾ったストロートマンは、ユトレヒトを経て11年夏にPSVに加入。2シーズンに渡って主力選手として活躍し、出場することはなかったがユーロ2012(欧州選手権)のオランダ代表メンバーにも選出されている。
 
 ユーロ2012終了後からはオランダ代表のスタメンに定着するなど順調なキャリアを歩んでいたストロートマンは、13年夏にローマに完全移籍を果たした。1年目から主力選手に定着したが、2年目に膝の前十字靭帯を断裂すると以降、この怪我の再発に苦しめられた。この怪我を克服するために1年半という短期間で3度の手術を経験している。

 2016/17シーズンに完全復活を果たしたストロートマンだが、18年夏にローマがスティーブン・エンゾンジらを補強したことで構想外となりマルセイユへと活躍の場を移した。しかし、加入3年目にマルセイユでも構想外となり、2020/21シーズン後半はジェノアへ、2021/22シーズンはカリアリへとローン移籍している。ローマ退団以降は怪我の頻度は少なくなっていたが、カリアリでは既に3度の負傷離脱を余儀なくされており、イタリアで再び苦しいシーズンを送っている。

怪我で約3年間もピッチから離れていたのは…

MF:マルコ・ファン・ヒンケル
生年月日:1992年12月1日
オランダ代表:8試合0得点0アシスト

 19歳でオランダ代表デビューを飾り、20歳の時にチェルシーに引き抜かれたマルコ・ファン・ヒンケルも長期的な怪我に悩まされた選手の1人だ。

 17歳で下部組織時代から過ごすフィテッセのトップチームデビューを飾ったファン・ヒンケルは、オランダ代表デビューも飾った2012/13シーズンにエールディビジで8得点10アシストを記録しブレイク。13年夏にチェルシーへと完全移籍を果たした。

 1年目の2013/14シーズンはプレシーズンのアピールに成功し、開幕からトップチームに定着した。公式戦4試合に出場したが、9月のリーグカップで膝の前十字靭帯断裂の大怪我を負ってしまい、残りのシーズンを棒に振った。その後、怪我から復帰し、ACミランやストーク、PSVへのローン移籍を経験。2度目のPSVへのローン移籍となった2017/18シーズンは、主将としてキャリア初のリーグ戦二桁ゴールを達成し、エールディビジ制覇に貢献するなど完全復活を遂げたかと思われた。

 しかし、同シーズン終了後に以前負った膝の前十字靭帯の修復作業に加え、膝の軟骨の損傷を治すための手術を余儀なくされた。所属元のチェルシーで長期的なリハビリを行うこととなり、PSVへの3度目のローン移籍となった2020/21シーズンに復帰するまで約3年間ピッチから遠ざかる結果となった。チェルシーのトップチームでは1年目を除いて試合に出場することがないまま、21年限りで契約満了に伴い退団。2021/22シーズンからは正式にPSVの選手となっている。

オランダが誇るスピードスター

FW:アリエン・ロッベン
生年月日:1984年1月23日
オランダ代表:96試合37得点34アシスト

 圧倒的なスプリント力を武器に多くのゴールに関与してきたアリエン・ロッベンだが、その爆発的なスピードは諸刃の剣で、常に怪我と隣合わせのキャリアを送った。その証拠としてリーグ戦で30試合以上に出場したのはPSV所属時の2002/03シーズンのみだ。

 フローニンゲンでプロデビューを飾ったロッベンは、04年夏にチェルシーに加入。度々怪我を負いながらも主力選手としてプレミアリーグ2連覇に貢献した。07年夏に移籍したレアル・マドリードでも怪我に悩まされ、在籍2年間で10度の離脱が余儀なくされている。

 09年夏にクリスティアーノ・ロナウドがレアル・マドリードに移籍したことに伴い、ロッベンは放出候補となりバイエルンへと移籍。10年間在籍したバイエルンでは、オランダ人選手としてはブンデスリーガ史上最多となる99ゴールを記録し、8度のブンデスリーガ優勝や2012/13シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ(CL)優勝など数々のタイトル獲得に貢献した。長きに渡って絶対的な右WGとしてクラブの躍進を支えたが、『Transfer Markt』によるとバイエルンでは細かい怪我を含めると50回の離脱をしているそうだ。

 バイエルン最終年となった2018/19シーズン限りで現役引退を発表したが、20年6月にプロデビューを飾ったフローニンゲンで現役復帰。しかし、ふくらはぎの怪我でシーズンの大半を欠場することとなり、1年後の21年夏に2度目の現役引退を発表した。

キャリアの最後まで得点力が衰えなかったのは…

FW:ロビン・ファン・ペルシ
生年月日:1983年8月6日
オランダ代表歴:102試合50得点20アシスト

 オランダ代表最多得点記録保持者であるロビン・ファン・ペルシも怪我に悩まされた選手の1人だ。

 フェイエノールトでプロデビューを飾ったファン・ペルシは、04年夏にアーセナルへと完全移籍を果たした。加入当初はウイングだったが、アーセン・ヴェンゲル監督によってストライカーのポジションにコンバートされると得点力が開花。多くの得点に関与したが、アーセナルでは毎年のように怪我に悩まされ、2006/07シーズンは右足の骨折、2007/08シーズンは太腿の負傷、2009/10シーズンは足首の負傷で長期離脱を余儀なくされた。

 これらの怪我を負いながらも2011/12シーズンからはアーセナルの主将に就任し、同シーズンはプレミアリーグで30得点を記録。自身初の得点王のタイトルを獲得し、PFA年間最優秀選手賞を受賞した。

 12年夏に移籍したマンチェスター・ユナイテッドでは、移籍1年目の2012/13シーズンにプレミアリーグで26得点を決め、自身2年連続となる得点王のタイトルを獲得。キャリアの全盛期を迎えたファン・ペルシは、14年夏に行われたブラジルワールドカップで3得点を決めるなど国際舞台でも結果を残した。

 しかし、ワールドカップ終了後の2014/15シーズン以降は、再び高い頻度で負傷離脱を繰り返した。そうした中でも得点力は衰えることなく、現役最終年となった2018/19シーズンは、古巣フェイエノールトで26試合16得点を記録。オランダはこれまで数々の名選手を輩出しているが、その代表チームで最も多くの得点を決めたストライカーに相応しい活躍を披露して自身のキャリアにピリオドを打った。