怪我を繰り返す「天才」

<strong>サッカー選手は常に怪我と隣り合わせだ。1つの怪我でキャリアを棒に振ってしまう選手もいれば、何度も大怪我を負いながらもその逆境を乗り越えて長く活躍する選手もいる。今回は世界最高級の才能がありながらも、怪我に苦しむキャリアを歩んできた”ガラスの天才”5人を紹介する。</strong>

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FW:マルコ・ロイス(ドイツ代表/ドルトムント)
生年月日:1989年5月31日
ドイツ代表:48試合15得点16アシスト

 現役選手ではマルコ・ロイスが「ガラスの天才」という言葉が最も似合うかもしれない。ドルトムントの下部組織出身のロイスは、トップチームに昇格することができず、06年夏に当時3部に所属するロート・ヴァイス・アーレンへと移籍。2008/09シーズンに2部で結果を残すと、09年夏にボルシアMGに引き抜かれた。

 ボルシアMGでも結果を残し、18ゴール14アシストを記録した2011/12シーズンは、ドイツ年間最優秀選手賞を受賞した。12年夏に古巣ドルトムントへと移籍してからも多くの得点に絡み、ドイツ代表でも中心選手として活躍。一方でこの頃から怪我をする頻度が増え、特に2016/17シーズン以降は恥骨炎や右膝の前十字靭帯、度重なる肉離れにより長期的な離脱を余儀なくされている。
 
 ロイスは11年からドイツ代表に招集されているのにも関わらず、こうした怪我の影響で国際大会に出場したのはユーロ2012(欧州選手権)と2018年に行われたロシアワールドカップの2大会のみ。『Transfer Markt』によるとドルトムントでの負傷や病気による離脱は、既に50回を超えているそうだ。これだけの怪我を負いながらも、試合に出場すれば確実に結果を残すというのは、彼の能力の高さゆえに出来ていることであり、仮に怪我と無縁のキャリアを送っていたとしたら…。どれほどの選手になっていたのだろうか。

怪我とうつ病により27歳で現役を引退した男

MF:セバスティアン・ダイスラー(元ドイツ代表)
生年月日:1980年1月5日
ドイツ代表歴:36試合3得点8アシスト

 「もう自分の膝が信じられない」。この言葉を残し、セバスティアン・ダイスラーは27歳の若さで現役を引退した。類まれな才能がありながらも度重なる膝の怪我とうつ病により、彼のキャリアは短いものとなってしまった。

 1998/99シーズンにボルシアMGでプロデビューを飾ると、翌シーズンにヘルタ・ベルリンへと移籍。スピードを活かしたドリブル突破と精度の高いキックで瞬く間に評価を上げると、ユーロ2000(欧州選手権)にはチーム最年少の20歳という若さで全3試合に出場した。

 しかし、ダイスラーは毎年のように手術を必要とする大怪我を繰り返した。98年には右膝の前十字靭帯断裂と半月板損傷、99年に右膝の前十字靭帯断裂、00年に鼠径部の炎症、01年に右膝の被膜損傷、02年の日韓ワールドカップの直前に右膝の軟骨損傷、06年のドイツワールドカップ直前に再び右膝の軟骨損傷と、キャリアを通じて6度の手術を余儀なくされた。そのうち5度が膝の手術であり、引退時に残したコメントが彼の心の叫びであった。

 また、両親の離婚や恋人の体調不良などプライベートでも問題を抱え、03年と06年の2度に渡ってうつ病を発症。心身ともに計り知れないダメージを負ったダイスラーは、07年1月にスパイクを脱いだのだった。

瞬く間にドイツ代表でレギュラーを掴んだが…

DF:ホルガー・バトシュトゥバー(元ドイツ代表/無所属)
生年月日:1989年3月13日
ドイツ代表:31試合1得点1アシスト

 20代前半にしてバイエルンとドイツ代表の不動のレギュラーに定着したホルガー・バトシュトゥバーだが、その後のキャリアは怪我によって大きく狂わされた。バイエルンの下部組織出身で、デビューシーズンとなった2009/10シーズンにブンデスリーガで33試合に出場。国内2冠とUEFAチャンピオンズリーグ(CL)準優勝に貢献し、シーズン終了後に行われた南アフリカワールドカップでも2試合に出場した。

 デビューから瞬く間にドイツを代表するCBへと飛躍を遂げたバトシュトゥバーだったが、その全盛期は短く、第一線で活躍出来ていたのは2011/12シーズンまで。12年12月に右膝の前十字靭帯を断裂すると、復帰まで530日以上を擁し、この長期離脱から復帰して以降もアキレス腱断裂や太もも筋断裂、足首骨折など立て続けに大怪我に見舞われた。

 17年冬から半年間シャルケ、17年夏からは3年間シュツットガルトでプレーしたが、かつての輝きを取り戻すことができなかった。シュツットガルトでの最終年はリザーブチームへと降格し、1度もトップチームでプレーすることはなかった。21年夏にスイス1部のルツェルンに加入し、自身初の国外移籍となったが、加入から半年も経たない12月中旬に契約を解除。現在は無所属となっている。

50回以上の離脱をしたタイトルホルダー

MF:サミ・ケディラ(元ドイツ代表)
生年月日:1987年4月4日
ドイツ代表:77試合7得点9アシスト

 ドイツ代表でワールドカップ、所属クラブでブンデスリーガ、ラ・リーガ、セリエA、異なる3つのリーグで優勝を経験しているサミ・ケディラだが、『Transfer Markt』によるとキャリアを通じて負傷や病気によって離脱した回数は50回を超えており、そのキャリアは常に怪我と隣合わせだった。育成の名門、シュツットガルトの下部組織出身のケディラは、デビューシーズンとなった2006/07シーズンにブンデスリーガ制覇を経験。しかし、この頃から長期的な怪我に悩まされており、シュツットガルトでは膝の半月板損傷や疲労骨折、膝の前十字靭帯の損傷などにより離脱を余儀なくされた。

 10年夏にジョゼ・モウリーニョが新監督に就任したレアル・マドリードへと引き抜かれた。モウリーニョ政権時では主力選手として活躍し、ラ・リーガ優勝も経験したが、夏にカルロ・アンチェロッティが監督に就任した2013/14シーズンに右膝の前十字靭帯断裂の大怪我を負うと、その後も足首、背中、大腿二頭筋を立て続けに負傷し、15年夏に契約満了によりレアル・マドリードを退団した。

 15年夏にユベントスへと移籍したが、2016/17シーズン以外は度重なる膝や足首の怪我に悩まされた。在籍最終年となった2020/21シーズンの前半戦は構想外となり、1試合もベンチ入りを果たさないまま21年冬にユベントスを退団。ヘルタ・ベルリンに加入し、10年半ぶりにブンデスリーガ復帰を果たしたが、シーズン終了後に34歳で現役引退を発表した。

W杯と縁がなかった天才

MF:メーメット・ショル(元ドイツ代表)
生年月日:1970年10月16日
ドイツ代表:36試合8得点9アシスト

 「ガラスの天才」という愛称の通り、メーメット・ショルは卓越したパスセンスとテクニックがありながらも怪我に悩まされたキャリアを送っている。カールスルーエでプロデビューを飾ると、92年にバイエルンへと引き抜かれた。

 その後、現役を引退する07年夏までバイエルン一筋でプレーし、8度のブンデスリーガ優勝やUEFAチャンピオンズリーグ(CL)優勝など合計15のタイトルを獲得した。加入直後からバイエルンの絶対的なレギュラーに定着したが、徐々に怪我による離脱が増え、1998/99シーズンは13試合、2003/04シーズンはわずか5試合の出場に留まった。

 95年にドイツ代表デビューを果たすと、ユーロ1996(欧州選手権)では決勝トーナメント以降の全3試合に出場し、優勝に大きく貢献した。しかし、キャリアを通じてワールドカップとは縁がなく、98年大会はベテラン選手を中心に代表メンバーが構成されたため落選。02年大会は怪我による出場辞退と負傷によって一度も大舞台に立つことが出来なかった。