25位:現在進行形で覚醒中の点取り屋

100億円を超える移籍金(契約解除金)も珍しくなくなった今日のサッカー界で、最も高い市場価値を記録した日本人は誰なのか。今回フットボールチャンネル編集部は、データサイト『transfermarkt』が算出した最高市場価値ランキングを紹介する。※所属クラブは当時、価格が並んだ場合の順位はサイトに準拠

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FW:古橋亨梧(セルティック)
最高市場価値:550万ユーロ(約6.6億円)
更新日:2021年12月31日(当時26歳)

 2017年にJ2のFC岐阜でプロキャリアをスタートさせた古橋亨梧は、1年目からリーグ戦全試合に出場した。2年目の2018シーズンは第13節から6試合連続でゴールを決めるなど1年目を大きく上回るペースで得点を量産し、7月末までの第26節までに11得点7アシストと結果を残した。

 こうした活躍が評価され、18年夏にヴィッセル神戸へとステップアップを果たしている。神戸でもすぐに主力に定着し、2019シーズンからは3シーズン続けてJ1で二桁ゴールを達成。在籍した3年間で公式戦111試合49ゴールを記録し、エースとしてクラブに2つのタイトルをもたらした。

 そして21年夏に前横浜F・マリノス監督のアンジェ・ポステコグルーが監督に就任したセルティックへ完全移籍を果たすと、スコットランドでもゴールを量産。21年末までに公式戦26試合に出場し、16ゴールを決めている。この活躍から古橋の市場価値はセルティック加入後からの半年間で350万ユーロ(約4.2億円)アップの550万ユーロ(約6.6億円)まで上昇した。

24位:UEFAカップを制した男

MF:小野伸二(フェイエノールト)
最高市場価値:560万ユーロ(約6.7億円)
更新日:2004年10月4日(当時25歳)

 1998年に浦和レッズでプロデビューを飾った小野伸二は、デビューして間もない4月に18歳という若さで日本代表デビューを飾っている。6月に行われたフランスワールドカップの日本代表メンバーにも選出され、今日まで破られていないワールドカップ日本人史上最年少出場記録(18歳と272日)を樹立した。

 所属する浦和でも不動のレギュラーに定着し、プロ1年目からJリーグ新人王とベストイレブンに選出されている。また、2001年6月に日本で行われたコンフェデレーションズカップでは全5試合で先発し、日本代表の準優勝に大きく貢献。7月に同大会での活躍に目を付けたオランダの強豪フェイエノールトが小野を完全移籍で獲得した。

 フェイエノールトでもすぐに主力に定着し、後にオランダ代表史上最多得点記録を更新するロビン・ファン・ペルシらと共闘した。移籍1年目からUEFAカップ(現EL)を制する快挙を成し遂げ、オランダの地で小野の市場価値は大きく上昇。04年10月には自身最高額となる560万ユーロ(約6.7億円)に到達した。

23位:ドイツで活躍した「半端ない」ストライカー

FW:大迫勇也(ブレーメン)
最高市場価値:600万ユーロ(約7.2億円)
更新日:2018年7月16日(当時28歳)

 2009シーズンに鹿島アントラーズでプロデビューを飾った大迫勇也は、高卒1年目ながら公式戦で6ゴールを決める活躍をみせた。2年目から背番号を9に変更すると出場試合数も得点数も増加し、2011シーズンからのナビスコカップ(現・ルヴァンカップ)2連覇など鹿島では計8個のタイトル獲得に貢献した。

 2013シーズンにJ1で自己最多となる19ゴールを決めて注目を集めると、14年冬にドイツ2部に所属していた1860ミュンヘンへと完全移籍。在籍した半年間で結果を残すと、14年夏にブンデスリーガへと昇格したケルンに引き抜かれた。ケルンではフランス人FWアントニー・モデストと抜群の相性をみせ、2016/17シーズンにはUEFAヨーロッパリーグ(EL)出場権を獲得に貢献した。

 しかし、2017/18シーズン開幕直前にモデストが中国の天津権健へと移籍したことでチームは低迷し、最下位で2部への降格が決定。大迫は18年夏からブレーメンへと活躍の場を移すこととなった。そしてブレーメン移籍が発表された直後に行われたロシアワールドカップでは、日本代表を決勝トーナメント進出に導く活躍を披露。同大会直後に市場価値は自身最高額となる600万ユーロ(約7.2億円)へと上昇した。

22位:圧巻の得点力を誇るDF

DF:田中マルクス闘莉王(浦和レッズ)
最高市場価値:600万ユーロ(約7.2億円)
更新日:2009年5月19日(当時28歳)

 日系ブラジル人の父とイタリア系ブラジル人の母の間に生まれた田中マルクス闘莉王は、ブラジルで生まれ育った後、16歳の時に渋谷幕張高校へと留学するために来日。高校卒業後の2001年にはサンフレッチェ広島に入団した。また、水戸ホーリーホックへと期限付き移籍していた2003年10月には日本国籍を取得している。

 2004年に浦和レッズへと完全移籍を果たすとすぐに不動のレギュラーに定着し、2006シーズンの浦和のJ1初優勝にも大きく貢献した。闘莉王自身はJリーグ年間最優秀選手賞と日本年間最優秀選手賞を受賞している。また、同年8月からは日本代表にも選出されており、代表でも瞬く間に主軸に定着した。

 闘莉王の市場価格は浦和加入後から上昇を続け、09年5月には自身最高額となる600万ユーロ(約7.2億円)に到達した。欧州のクラブへと移籍した経験はないが、2004年から2012年にかけて9年連続でJ1のベストイレブンに選出されていること、そして日本代表でも中澤佑二と鉄壁のCBコンビを築いたことから明らかなように闘莉王は日本屈指のCBとして評価されていた。

21位:J1史上最多出場を誇る「日本の心臓」

MF:遠藤保仁(ガンバ大阪)
最高市場価値:650万ユーロ(約7.8億円)
更新日:2009年12月22日(当時29歳)

 遠藤保仁は1998年に横浜フリューゲルスでプロデビューを飾った。しかし、同年限りでクラブは消滅し、1999年からは京都パープルサンガ(現・京都サンガ)に移籍した。京都では加入直後から主軸に定着したが、2000シーズンにJ1で15位となりJ2への降格が決まってしまった。

 京都のJ2降格に伴い遠藤は2001シーズンよりガンバ大阪に移籍した。2002シーズンから監督に就任した西野朗監督の下で中心選手に定着すると、初の二桁ゴールを記録した2005シーズンには自身、そしてガンバ大阪にとって初めてとなるJ1優勝のタイトルを獲得した。また、2003年頃からは日本代表でも常連となった。

 その後、遠藤はジュビロ磐田へと期限付き移籍する20年10月までガンバ大阪のユニフォームを着ることとなるが、その中でもアジア年間最優秀選手賞を受賞した2009シーズンの活躍は際立っており、J1では自身のキャリアで唯一となる二桁ゴール二桁アシストを達成している。こうした活躍から市場価値は上昇し、09年末には自身最高額となる650万ユーロ(約7.8億円)に到達した。

【了】