30位:ドイツでのキャリア豊富なアタッカー

 100億円を超える移籍金(契約解除金)も珍しくなくなった今日のサッカー界で、最も高い市場価値を記録した日本人は誰なのか。今回フットボールチャンネル編集部は、データサイト『transfermarkt』が算出した最高市場価値ランキングを紹介する。※所属クラブは当時、価格が並んだ場合の順位はサイトに準拠

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MF:原口元気(ハノーファー)
最高市場価値:450万ユーロ(約5.4億円)
更新日:2018年7月16日(当時27歳)

 2009年1月、浦和レッズ史上最年少となる17歳でプロ契約を締結。その3ヶ月後には同じくクラブ史上最年少でのゴールを決めるなど、原口元気は華々しいデビューを果たしていた。その後は浦和でレギュラーに定着。2011年にはナビスコカップ・ニューヒーロー賞を受賞し、2013シーズンにはJ1リーグで11得点をマークするなど活躍した。

 2014年にはドイツ・ブンデスリーガのヘルタ・ベルリンに移籍。持ち味の走力と運動量を活かして攻守に奮闘するなど、3シーズン半に渡りプレーしている。そして2018年冬には当時2部のデュッセルドルフに移籍。ここでは半年間でリーグ戦1得点4アシストの成績を残し、1部昇格に貢献した。

 2018年夏にはドイツでの3クラブ目にハノーファーを選択。デュッセルドルフからの移籍金は、当時の市場価値を上回る450万ユーロ(約5.4億円)だった。それに伴い、原口の市場価値は上昇。移籍直後の2018年7月中旬に、キャリアハイとなる450万ユーロ(約5.4億円)を記録した。

29位:フランスで大活躍

MF:松井大輔(ル・マン)
最高市場価値:450万ユーロ(約5.4億円)
更新日:2008年5月5日(当時26歳)

 高校サッカーの名門・鹿児島実業高校卒業後に京都パープルサンガに加入した松井大輔。プロ1年目からコンスタントに出場機会を得ると、2年目の2001シーズンには背番号を10に変更し、クラブのJ1昇格に貢献した。さらに翌2002シーズンには、後にマンチェスター・ユナイテッドの一員となるパク・チソンらと共に京都を初の天皇杯優勝へと導く活躍を見せている。

 2004年には初の海外挑戦を決断。新天地は当時フランス2部にいたル・マンだった。松井は非凡なドリブルセンスなどを武器に加入後すぐに主力となると、1年目で1部昇格に大きく貢献。そのプレーぶりが評価され、サポーターからは『ル・マンの太陽』と呼ばれた。その後も松井はル・マンに欠かせぬチャンスメーカーとして奮闘。多くの記憶を現地のサポーターに残した。

 市場価値は、リーグ・アンで5得点6アシストを記録し、クープ・ドゥ・フランスでベスト4入りに貢献した2007/08シーズン中にキャリアハイを更新。450万ユーロ(約5.4億円)という金額だった。ちなみにフランスの地で市場価値が5億円を超えた日本人選手は松井が初めてである。

28位:移籍から間もなくして…

FW:久保裕也(ヘント)
最高市場価値:500万ユーロ(約6億円)
更新日:2017年6月6日(当時23歳)

 京都サンガF.C.ユースでエースストライカーとして活躍していた久保裕也は、2010年に2種登録選手としてトップ登録。その後一旦解除されたものの、2011年に再登録されている。同年のJ2リーグではレギュラーとしてプレーし、17歳ながらチームトップの10得点をマークするなど躍動。翌2012シーズンは低迷したものの、2013シーズンは主にスーパーサブとして結果を残していた。

 その後久保はスイスのヤング・ボーイズに加入した。移籍1年目はベンチスタートが多かったもののリーグ戦35試合に出場し、7得点6アシストをマークしている。以降はスタメン起用の頻度が増えており、2015/16シーズンにはリーグ戦29試合で9得点5アシストと非凡な成績を収めた。

 そしてスイスで存在感を示した久保は、2016/2017年シーズン途中に当時のクラブ史上最高額でヘントに移籍した。するとリーグ戦では7試合で5得点、プレーオフでは10試合で6得点2アシストを叩き出すなど圧巻の活躍を披露。現地で絶賛されることになった。その結果、同シーズン終了後に市場価値が大きく変化。ヘント退団時は200万ユーロ(約2.4億円)だったが、わずか半年で自己最高額の500万ユーロ(約6億円)までアップすることになった。

27位:強豪移籍で…

MF:森岡亮太(アンデルレヒト)
最高市場価値:500万ユーロ(約6億円)
更新日:2018年6月3日(当時27歳)

 京都府久御山高校3年時にヴィッセル神戸とセレッソ大阪からオファーを受け、神戸加入を決断した。当初はメンバーにすら入れないことが多々あったものの、与えられたチャンスを活かして徐々に徐々に存在感を増していき、在籍4年目の2013シーズンからは背番号をエースナンバーである「10」に変更。翌2014シーズンにはJリーグ優秀選手賞にも選出されているなど、国内屈指MFとなった。

 2015年には活躍の場をポーランドのシロンスク・ヴロツワフに移した。ここでも10番を背負い、1年目から中心選手として奮闘。最終的に2シーズン在籍で公式戦53試合15得点11アシストの成績を残した。そして2017年には、ベルギーのワースラント=ベフェレンに移籍。リーグ開幕戦でアシストを記録し、以降コンスタントに結果を残すなど、評価をさらに高めた。

 そんなベフェレンでの活躍もあり、2018年冬にはベルギーの強豪アンデルレヒトへの移籍が決定した。するとリーグ戦では6試合で3得点4アシストを記録と爆発。プレーオフでも10試合で3得点1アシストをマークと、レベルの高いチームでも持ち味を発揮した。そのシーズン終了後、市場価値は自己最高額の500万ユーロ(約6億円)まで上昇することになった。

26位:ブンデスリーガ優勝を経験

MF:長谷部誠(ヴォルフスブルク)
最高市場価値:500万ユーロ(約6億円)
更新日:2010年7月16日(当時26歳)

 静岡の藤枝東高校でプレーしていた長谷部誠は、同校卒業と同時に浦和レッズへ加入した。1年目は公式戦出場がたったの1試合に留まったものの、2年目より出場機会が増加。そして3年目には鈴木啓太とダブルボランチを組むなど主力の座に躍り出ており、チームのJ1リーグ2ndステージ優勝などに貢献している。その活躍が認められ、シーズン後には自身初のベストイレブン選出を果たすことになった。

 浦和で日本を代表するMFに成長した長谷部誠は、2008年1月に海外移籍。新天地はドイツのヴォルフスブルクだった。すると長谷部は加入後すぐにファーストチョイスに。そして在籍2年目となった2008/09シーズンには、クラブの史上初となるブンデスリーガ優勝に大きく貢献。日本人選手が同リーグ優勝を経験するのは、奥寺康彦氏以来31年ぶりの快挙となった。

 翌2009/10シーズンも長谷部は主力として奮闘した。自身初となるチャンピオンズリーグ(CL)の舞台では全試合に出場し、ブンデスリーガではキャリアハイとなる1得点6アシストをマークしている。そのシーズン終了後、自己最高となる市場価値500万ユーロ(約6億円)を記録することになった。