35位:プロデビューからわずか2ヵ月で…

 100億円を超える移籍金(契約解除金)も珍しくなくなった今日のサッカー界で、最も高い市場価値を記録した日本人は誰なのか。今回フットボールチャンネル編集部は、データサイト『transfermarkt』が算出した最高市場価値ランキングを紹介する。※所属クラブは当時、価格が並んだ場合の順位はサイトに準拠

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MF:奥川雅也(ザルツブルク)
最高市場価値:400万ユーロ(約4.8億円)
更新日:2020年7月22日(当時24歳)

 京都サンガF.C.の下部組織出身の奥川雅也は、2015年5月に行われたJ2リーグ第12節のFC岐阜戦でトップチームデビュー。第17節の大分トリニータ戦でプロ初ゴールをマークすると、デビューからわずか2ヵ月でオーストリアのザルツブルクに移籍を果たした。

 ザルツブルクに加入後はローン移籍に出されたが、奥川は移籍先で定位置を確保。各クラブで結果を残し、2019/20シーズンからザルツブルクに復帰した。同シーズンの開幕戦で初ゴールを決めると、第2節以降はスタメンに定着している。怪我による離脱もあったが、リーグ戦23試合で9得点6アシストをマーク。リーグ優勝に貢献すると国内カップも優勝を果たし、シーズン2冠を達成。シーズン終了後には最高額となる400万ユーロ(約4.8億円)を記録した。

 翌シーズンは出場機会が減少したが、2020年11月に行われたチャンピオンズリーグ(CL)・グループリーグ第3節のバイエルン・ミュンヘン戦でCL初ゴールをマーク。前大会王者から貴重な同点ゴールを決めた奥川は、その後2021年1月にドイツのアルミニア・ビーレフェルトに加入し、欧州5大リーグへ移籍を果たした。

34位:初めて新潟から欧州へ移籍を果たしたのは…

DF:酒井高徳(シュツットガルト)
最高市場価値:400万ユーロ(約4.8億円)
更新日:2013年1月13日(当時21歳)

 アルビレックス新潟ユース在籍時に各世代別代表に選出された酒井高徳は、2008年に行われた天皇杯5回戦のFC東京戦でトップチームデビュー。2009シーズンの開幕戦でJ1デビューを果たすと、同シーズンの第16節以降は出場機会を確保していった。

 2010シーズンから不動の存在となった酒井は同年に日本代表に初招集されると、AFCアジアカップ2011最終予選に挑むメンバーにも選出された。A代表には内田篤人らがいたためなかなか出場できなかったが、2012年1月にはドイツのシュツットガルトに1年半のレンタル移籍。新潟生え抜きの選手で初めて欧州クラブに移籍を果たした選手となった。

 シュツットガルトに加入後、スタメンの座を掴んだ酒井は2012年に行われたロンドン五輪に出場。同大会では4試合に出場し、ベスト4進出に大きく貢献した。同年にA代表デビューも果たしたこのDFは、12/13シーズンにはシュツットガルトで不動の地位を確立。ドイツで高い評価を受けた同選手の市場価値は、2013年1月に自己最高額となる400万ユーロ(約4.8億円)を記録した。

33位:川崎フロンターレのレジェンド

MF:中村憲剛(川崎フロンターレ)
最高市場価値:400万ユーロ(約4.8億円)
更新日:2009年12月22日(当時29歳)

 大学卒業後、2003年に川崎フロンターレに加入した中村憲剛は、プロ1年目からJ2リーグ戦34試合に出場。翌シーズンからスタメンに定着した中村は、川崎のJ2リーグ優勝、J1昇格に貢献した。さらに、2006年にはイビチャ・オシムが監督に就任した日本代表に初招集。同年10月に行われたガーナ代表との親善試合で代表デビューを果たした。

 さらに、2006シーズンのリーグ戦全試合に出場した中村憲剛は、自身初の二桁得点をマーク。川崎フロンターレをリーグ2位に導くと、谷口博之と共にクラブ史上初のJリーグベストイレブンに選出された。

 2006シーズン以降、3年連続で Jリーグベストイレブンに選出された中村憲剛は、2009シーズンに初の二桁アシストをマーク。同シーズン終了後には自己最高額となる400万ユーロ(約4.8億円)を記録している。その活躍により、Jリーグ屈指のMFとなった同選手は、日本代表に定着。翌年行われた南アフリカW杯に臨む最終メンバーに選出されると、決勝トーナメント第1戦のパラグアイ代表戦でW杯初出場を果たした。

32位:J1最年少デビューを飾った元怪物

FW:森本貴幸(カターニア)
最高市場価値:400万ユーロ(約4.8億円)
更新日:2010年1月27日(当時21歳)

 2004年に15歳でJ1最年少デビューを飾った森本貴幸は、同シーズンにJリーグ最優秀新人賞を受賞した。怪物と呼ばれ、将来を大きく期待された森本は、その後2006年にセリエAのカターニアに1年間のローンで加入。プロデビューからわずか2年で欧州移籍を果たした。

 カターニア加入後、しばらくはユースチームでのプレーとなったが、ここで森本はゴールを量産。すると、その活躍が認められ、2006年12月に行われたリーグ戦第14節のアスコリ戦で初のベンチ入りを果たした。セリエAデビュー戦となった第21節のアタランタ戦では、1点ビハインドの84分から途中出場すると、そのわずか4分後にセリエA初ゴールをマーク。デビュー戦で貴重な同点弾を決めた。

 翌年6月にカターニアへ完全移籍した森本は、2008年に行われた北京オリンピックに出場。同大会はグループリーグ敗退となったが、08/09シーズンにカターニアでスタメンの座を勝ち取ったこのFWは、リーグ戦23試合で7得点をマークした。イタリアで飛躍を遂げた同選手は、翌シーズンも開幕戦から2試合連続ゴール。昨シーズンの勢いそのままに評価を高めると、2010年1月に市場価値は自己最高となる400万ユーロ(約4.8億円)を記録した。

31位:”ボンバー”と呼ばれた最強DF

DF:中澤佑二(横浜F・マリノス)
最高市場価値:400万ユーロ(約4.8億円)
更新日:2009年5月12日(当時31歳)

 日本屈指のDF、”ボンバー”こと中澤佑二は2002年に横浜F・マリノスに加入。1年目からスタメンに定着すると、2003シーズンには自己最多となる4得点を決める活躍を見せ、同クラブ2度目のリーグ優勝に貢献した。翌年にはリーグ2連覇を果たすと、自身はJリーグMVPと日本年間優秀選手賞を受賞している。

 横浜F・マリノスで飛躍を遂げ、日本代表でもスタメンに定着した中澤は、同年に行われたAFCアジアカップ2004で全試合にフル出場。DFながら、チームトップタイとなる3得点を決め、日本の連覇に大きく貢献した。その後は不動の存在となり、2006年に行われたドイツW杯でもグループリーグ全試合にフル出場している。

 しかし、ドイツW杯後に中澤は代表引退を表明。しばらくの間代表を離れたが、2007年に再び招集されると、同年3月に行われたペルー代表との親善試合で代表復帰している。2004年以降、絶対的な存在として日本代表に君臨した同選手の評価は急上昇。2009年5月には31歳にして、自己最高となる400万ユーロ(約4.8億円)を記録している。