サッカーにはその国独自の特徴があり、その頂点に代表チームがある。では、日本代表はどのようにして現在のプレースタイルに辿り着いたのか。2022年カタール・ワールドカップに出場する32カ国+αの「プレースタイル」に焦点を当てた『フットボール代表プレースタイル図鑑』(9月20日発売)はその変遷を辿っている。今回は本書の日本代表の項を一部抜粋した上で、前後編に分けて公開する。(文:西部謙司)

●「日本らしさ」と「勝利」という天秤

 日本にプレースタイルという概念を初めて持ち込んだのは、ビルマ(現在のミャンマー)からの留学生チョウ・ディンとされている。ディンの著した戦術書はスコットランド式ショートパス戦法をベースにしたものだった。

 1998年のショートパスのテンポ感を「日本らしい」と感じるのは、ショートパス戦法を基盤として日本サッカーが発展してきたからだろう。2006年ドイツ大会の日本はその意味では再び日本らしくなっていた。

 1998年を否定したようなトルシエ監督の次に就任したジーコ監督は、2002年の戦法を反故にして選手たちの「自由」を尊重する方針を立てた。裏の裏は表ということで、結果的に伝統に回帰する格好になったわけだ。

 この時期には技術的に優れた選手たちがピークを迎えている、中田英、小野、稲本、中村俊輔、小笠原満男、高原直泰、久保竜彦、三都主、遠藤保仁、大久保嘉人など攻撃のタレントが豊富だった。強化試合などではブラジル、ドイツ、イングランド、フランスといった強豪国にも堂々と渡り合う力も見せる一方で、その強さは継続されず断続的にしか表れていない。ディテールを選手に委ねるジーコ監督の手法は、ヨーロッパへの移籍が急増して「海外組」「国内組」の2つのチームを強化する効率の悪さもあり、最後まで戦術的なまとまりを欠いていた。

 迎えたドイツ大会では初戦を1対3で落とす。終盤8分間でオーストラリアにひっくり返されるショッキングな敗戦だった。ただ、2戦目のクロアチア戦に、傍から見る限り影響は感じられない。ここまで日本はワールドカップで8試合プレーしているが、9戦目のこのクロアチア戦が最も出来が良かった。

 パスワークは過去8戦とは比較にならないくらいハイレベル。展開はほぼ互角、PKを含め決定機はクロアチアが優勢だったが、日本はパスワークの良さと統制の取れた守備を示して0対0で引き分けている。

 しかし、最後のブラジル戦は1対4と大敗。力の差は歴然だった。2点差で勝たなければならない日本は玉田圭司が先制点を挙げ、ハーフタイムを1対1で折り返したが、後半に3点を叩き込まれている。

 日本史上屈指の才能が揃った世代だったが、ヨーロッパに移籍した選手たちはそれぞれに苦戦していた。ジーコ監督は個の能力に依拠したスタイルを進めたが、すでにそこでブラジルに太刀打ちできない上、戦い方の選択肢のないゲームでもあった。日本らしくあるだけでは強豪国にはまったく通用しない現実を見せつけられた一戦といえる。