(1)「マリオ・バロテッリの10年」

 マリオ・バロテッリはまだ24歳だが、はるか昔からサッカーの世界に存在しているかのようだ。彼の極端な言動やゴールやツイートは、もう10年近くにわたってメディアのページを賑わせてきた。

 残念ながら、彼に対する評価の大半は表面的にのみ知られた事実に基づいている。主にイタリアとイギリスのメディアが喧伝し、世界中で愚かしくも模倣されてきた報道内容だ。

 バロテッリが「困難な少年時代を過ごし」、「いつも適応に問題を抱えてきた」という記事はたびたび目に付く。これらは事実ではあるとしても、アフリカにルーツを持ち「イタリア人になること」に苦心してきた一人の青年の諸問題が深く掘り下げられたことはほとんどなかった。

 それをやってしまえば、メディア好みの奇人というイメージから興味を失わせてしまうような正当化が成されてしまうかのようだ。

 これはジャーナリズム的にも、そして単純に人間的な面からも、全くの誤りでしかない。

(2)「マリオ・バルウアーとは何者か?」

 事実上マフィアの支配下にあるシチリアの町パレルモの貧困地区で、マリオはガーナ移民であるバルウアー夫妻の子として生まれた。幼児期には腸の異常があると診断され、その結果として緊急手術を受けて約1年間の入院生活を送ることを余儀なくされた。

 マリオがまだ2歳の時、家族は北イタリアへ移り住む。父親のトーマスは鋳物工場で働いたり、古タイヤをイタリアからガーナへ売ったりしながら日銭を稼いでいた。だが苦労を重ねても生活は成り立たず、マリオの生みの両親は彼をイタリア人家族であるバロテッリ一家に委ねることを決断した。

 学校でのマリオは、自身の「違い」によって大きな苦難を強いられることになった。小学校の恩師ティツィアーナ・ガッティは、マリオが何度もピンクのマジックを使って「肌の色を変えようとしていた」こと、アフリカに送り返されるのではないかと怯えながら過ごしていたことを振り返っている。

 マリオを「救う」ことになったのはカルチョだった。5歳からプレーを始めた彼は、生まれ持った体の強さと技術のおかげで当時から他の子供たちを圧倒することができた。友人たちは誰も彼を止めることができず、愛犬であるシェパードのマックスと一緒に中庭で一人で練習していることも多かったという。

 プロサッカーの世界にデビューしたのは15歳の時。所属していたセリエC1のルメッツァーネで、パドヴァとのアウェーゲームだった。

 ブーイングを浴び、早くも人種差別的な野次の対象となりながらも、好プレーを披露したマリオはすぐにビッグクラブからの関心を集める。フィオレンティーナやマンチェスター・ユナイテッド、バルセロナといったクラブだ。

マリオは「ラ・マシア」を訪れ、見事にトライアルに合格したものの、国籍の問題(正式にイタリア人として欧州国籍を得るのは2008年になってから)のため、カタルーニャへ移ることはできなかった。

 最終的に現れたのはインテルであり、そこからのサッカー選手としてのバロテッリの話は誰もが十分によく知っているものだ。

(3)「問題児?」

 ミラノとマンチェスター、そして最近数ヶ月はリヴァプールで、バロテッリはいつも変わらずメディアの晒し者にされてきた。何か行動するたびに注目され、分析され、詮索され、事実が膨らまされた挙句に読者や傍観者たちの餌として供されるのが常だ。

 イタリア代表でチームメイトとなるジョルジョ・キエッリーニは、最近のインタビューにおいて「ジャーナリスト達は、マリオが1日に何度トイレに行くかさえ知りたがっている」と、まるで強迫観念に取り憑かれたようにバロテッリを追い回していることを指摘した。

 例えばマンチェスターの自宅で花火遊びをしてアパートを半壊させたように、本当に馬鹿げたエピソードがあったことも事実だ。だが基本的に、バロテッリは犯罪に手を染めたこともなければ特別に狂った行為に走ったこともないし、ドーピングに手を出したことも一度もない。

 先週末には午前4時半にディスコの出口でビデオを撮られたとして、センセーショナルな話題であるかのようにメディアに取り上げられた。だが実際のところ、24歳の若者が休日に友人たちと一緒に楽しんだとして、何が問題なのだろうか?

 友人たちと言えば、彼と同年代の若者の多くや、彼を直接知る者たちも、おそらくはピッチ上での彼の態度を批判してきたかもしれない。だが日常生活においては、誰もが彼のことを非常にオープンで社交的な、そして気前の良い青年だと表現している。

 結局のところ、特に彼の困難な幼少期を考慮に入れたとすれば、マリオがたちの悪い人間だと言い切ってしまうのは間違っているということだ。極端な部分もあるし、過ちを犯すこともあるが、それは彼だけに限らない。サッカー選手も含めた同年代の若者たちと同じであるだけだ。

(4)「偉大なサッカー選手?」

 バロテッリが悪人であるという考え方が間違っているのと同じくらい、彼が偉大なサッカー選手であるという見方も事実を歪めたものだ。

 サッカー選手として、バロテッリがある種のクオリティを備えていることは間違いない。特にシュートに関しては世界最高クラスの一人だと言える。一例として、ノイアーを無力化したEURO2012でのシュートは今でも信じられないような技術の賜物だ。

 セットプレーからも強烈なシュートを放つし、その正確性も驚異的なものであることが多い。PKや直接FKで見せる能力がそのことを証明している。ヘディングに関しても、高さと技術の両面で非常に優れている。

 だが、こういった能力(残念ながら今シーズンは発揮しきれていないが)が非常に大事なものではあるとしても、バロテッリに残された改善の余地は莫大なものだ。

 特に、安定感が決定的に不足している。シーズンを通してだけでなく、1試合の中でも言えることだ。

 どこかへ隠れてしまったかのようにバロテッリがプレーから消えることはあまりにも多過ぎる。基本的にあまり動くことはなく、ボールのない場所での動きでチームメートを助けはしない。10人でプレーすることを避けたい監督が彼を交代させざるを得ないケースは多い。

 信じがたいが動かしようのない一つのデータがある。プレミアリーグで出場した63試合で、バロテッリはアシストをたった一度しか記録していない。その一つは、2011-12シーズンのマンチェスター・シティのプレミアリーグ優勝を決定付けたアグエロへのパスではあったが。

 加えて、芝居がかった態度もある。シミュレーションや、簡単に倒れてしまうプレー。審判に抗議をして、いつも余計なカードを貰ってしまう。

 カードに関するデータは身の毛もよだつようなものだ。ミランでの最後のシーズンに、バロテッリは10枚のイエローカードと1枚のレッドカードを受けた。

 クラブでのキャリアを通算すれば、235試合で80枚のカードを出されている。欧州カップでは44試合の出場で、ゴール数(13点)よりも受けたカードの数(レッド2枚を含む17枚)の方が多い。

 マリオのキャリアを支えてきたものは、選手としての成績以上にその知名度であり、毎回のようにそれまで以上の好条件での契約を見つけてくる代理人ミーノ・ライオラ(イブラやネドヴェドをはじめ、他にも多くの有名選手を手がけている)の手腕である。

 その最新の契約例として、昨シーズンのミランで栄光を逃したにも関わらず、バロテッリは現在リヴァプールで手取り600万ユーロ(約8億7000万円)を受け取っている。昨年は「たったの」400万ユーロ(約5億8000万円)だった。

(5)「現在」

 バロテッリは、イタリア代表合宿から離脱した。当初は足のつけ根の負傷とされていたものの、一部ではベンチスタートを嫌っての“逃亡”であると推測されている。

 この物語からは、さらに多くのゴシップも生まれてくるだろう。

 いずれにせよ、ある意味では不可解でもあるが、突然のようにアントニオ・コンテの代表チームに招集されたことは、バロテッリにまたしても巡ってきた新たなチャンスだった。

 代表監督の給料の半分以上が、バロテッリのスポンサーでもあるプーマ社から支払われていることが彼の招集に繋がったと考えている者は多いし、実際にそう言ったり書いたりしている者もいる。

 仮にそれが事実であったとしても、マリオの人気がいまだ山をも動かすものであることの証明だとも言える。しかし、疑問を抱くべき点はマリオの人気ではない。『タイム』誌の表紙でも裏付けられたように、その人気はもはや生涯保証されたものだ。

 本当に疑問を抱くべき対象はマリオ自身だ。素質に疑いの余地はなく、プロサッカー選手としての濃密なキャリアを通して非常に大きな可能性が与えられたにも関わらず、成長できていないことに対してだ。