Pearly shells from the ocean shining in the sun ……。毎年夏前になると、商店街がBGMで流し始める「真珠貝の歌」だ。ハワイアンの、いかにも平和な南の島を思い起こさせるメロディである。あるいは6月1日が真珠の日だからだろうか。

海外でも日本を代表する人気の高い産品が真珠である。ダイヤやサファイヤの輝きも素晴らしいが、真珠貝がその体内で作り出した、生きた宝石ともいうべき美しさはまた格別だ。それに慶事だけではなく、弔事にも使われる珍しい宝飾品である。

商業的に成り立つ真珠を生み出す貝は、世界中で6種類しかないそうだ。貝類は10万種を超える。確かに貴重な存在だ。日本真珠の中心をなすアコヤ貝のほか、黒蝶貝や白蝶貝が有名なところだろう。最近では、中国産の淡水真珠が急速に伸びている。宝飾品は人によって大きく嗜好が異なるが、小玉でも深く複雑な光沢を誇る日本真珠はやはり素晴らしいと感じる。

日本は明治期に半円真珠の養殖に成功、20世紀になると球形の真円真珠の養殖が始まったことで急速な発展を見ることになった。真円真珠はその開発を巡って特許権が争われるなど、知財紛争の側面からも興味深い出来事だった。

当初は、希少な天然真珠しか扱わない、と頑迷な欧州の加工業者や宝石商もいたが、次第に養殖真珠が天然真珠とまったく異ならないことが世界的に認知されるようになっていった。こうなると、天然真珠の産地、クウェートなどの輸出激減を尻目に、日本真珠が世界市場を席巻する。

第二次大戦で壊滅的打撃を受けた日本真珠だったが、戦後、政府の支援もあり再び成長軌道に乗った。昭和23年の輸出額16億円が、昭和55年に500億円を突破。昭和59年には800億円を超えて、Japan Pearlは世界市場を席巻した。

「でも、厳しいもんだよ、昨今は」。ため息交じりに漏らすのは、盛山正仁衆議院議員である。盛山氏は霞が関官僚から国会議員に転じ、現在は法務副大臣を務める。法学部出身で法学博士号とともに商学博士号まで持っている。真珠輸出で名高い神戸と真珠産地である三重県との所縁が深く、真珠振興議員連盟事務局長にも任じている。

「ファッションの変化もあって真珠への人気はかつてほどではない。若者はヒカリ物のほうを好む傾向が強いし、海外の安価で大粒の真珠に勢いがある。それに真珠生産は元来南のほうが有利なんだよ。日本の生産現場では後継者も少なくなっているしね」

現在でも、日本の真珠生産額は世界シェアの34%に及んでいるし、日本国内の宝飾品市場では15%が真珠関連になっている。だが、生産額自体の水準は162億円とピーク時の5分の1程度に激減、輸出額も322億円と最盛期の半分以下になってしまった。

この現状に危機感を抱いた盛山氏ら国会議員たちが、議員立法で成立させた法律が『真珠の振興に関する法律』(真珠振興法)である。昨年の真珠の日に満場一致で可決された。真珠振興法は、真珠産業と真珠関連の宝飾文化の振興を目的としており、農林水産大臣と経済産業大臣が定める基本方針に沿って施策を講じていくものとされている。この基本方針が間もなく実施に移される。

内容は、真珠の需要の長期見通しや生産量目標、生産者の生産基盤整備、生産性・品質向上、漁場に関する事項、流通高度化、輸出振興から研究開発、人材育成までカバーしている。海外展開の方途として「ブランド力を生かしたクールジャパン政策の活用」まで謳っている。

このような日本政府の対応については、地場産業である真珠振興には国が旗を振るよりも、各地の民間関係者の自主的努力のほうが大切だ、と指摘する向きもある。正論だろう。

ゴールデンウィークの最中、北京では中国社会科学院設立40周年記念シンポジウムが開かれていた。テーマは、「持続的地球社会の構築」だ。水質汚染の防止改善が論題の一つである。晩餐会でも水産物と水質維持という話題が持ち上がったので、私は日本の真珠振興法を紹介してみた。中国の学者が直ちに反応する。「民間活力が源であることは間違いない。でも政府のリードなしに政策課題を解決できる国は世界中にない。米国だってそうでしょう」。

この日の北京は外出も困難な猛烈な黄砂に見舞われていた。政府のリーダーシップを強調する中国人学者の発言が、奇妙に説得力を持って耳に響いた。

川村 雄介