7月1日、中国返還20周年を迎える香港。事件は、その直前に起きた。民主化運動の活動家たちが香港当局に次々と逮捕、拘束されたのだ。

これは、記念式典に出席するために香港入りする習近平主席への香港当局の配慮だった。拘束されたのは、雨傘運動の象徴ともいえる黄之鋒と周庭をはじめ、十数人の民主活動家たちだった。

式典当日、習主席は演説で、「香港の『一国二制度』は全世界が認める成功を収めている」と自画自賛した。その上で、民主化運動、独立運動を念頭に置いてこう強調した。

「まず『一国』にこそ基本があり、中央の権力と香港基本法に挑戦する動きは絶対に許されない」

民主活動家の拘束は、習近平が香港を離れるまで続くのではないかと懸念されたが、微罪であったため、逮捕後、30時間ほどで釈放された。これは、まだ香港の司法がかろうじて機能しているようだ。

だが、弾圧は、信じられない形で進行している。一昨年10月から香港の出版関係者五人が次々と謎の失踪を遂げていったのだ。その出版社とは銅羅湾書店。独自に取材した共産党幹部のゴシップなどを書いた書籍を出版していた。中国本土からの旅行者が買い求め密かに大陸に持ち込まれるとして、北京政府が問題としていたのである。

昨年、香港に戻った失踪者たちは一様に口をつぐむが、北京政府の手によって中国本土に連れ去られていたことが明らかになったのだ。銅羅湾書店は活動停止となり、すべての出版物は絶版となった。これが、香港の自由な言論が権力によって弾圧された銅羅湾書店事件である。

確実に、香港の自由は奪われつつあるのだ。

そんな暗い事件が続く香港で、市民の圧倒的支持を受けた映画が、日本で上映される。『十年』である。雨傘運動(2014年)の翌年に公開されたこの映画は、2025年の香港の姿を描いている。監督五人によるオムニバス形式であるが、それぞれが描く未来はなんとも陰鬱なディストピアの香港で、現実世界とリンクしている。

五本の最後を飾る『本地蛋(香港の卵)』の伍嘉良(ン・ガーリョン)監督に聞いた。

「映画の企画が始まったのは2013年で、雨傘運動の頃は、脚本を書いている時期でした。現場を体験して、いろんな物が見えてきました。当局の弾圧の姿勢などです。私はフィクションを作っていますが、雨傘運動で起こっていることを、いかに表現できるか、人に伝えられるか、ということを考えていました」

各作品に共通するのは、雨傘運動を経ての十年後の香港の物語という点だ。政治的陰謀に巻き込まれる香港ノワールを彷彿とさせる冒頭作から、コメディタッチで香港から広東語が駆逐されていく作品、ドキュメンタリー仕立てで抗議の焼身自殺事件を追う作品まで、それぞれの監督の個性がはっきりと現れているのも興味深い。

『本地蛋(香港の卵)』では、地元の小さな食品店で香港産と表記した卵を販売したために、愛国団体から弾圧を加えられる店主の視点で描かれている。

「養鶏場はすでに香港で20軒ほどしかありません。作品の中の卵は、香港の産業全体のことを意味しています」

民主派のデモでも卵は象徴的に扱われる。監督の言葉通り、香港の産業は大陸資本の流入によって商業地の家賃は高騰し、小規模な商店は次々と潰れていき、大陸からの観光客に依存するような極端な商店街が香港各地に出現している。すでに大陸からの食料品の輸入によって農業は壊滅状態だという。経済的にも香港は大陸に屈しつつある。

映画のラストは地下書店で終わる。弾圧を避けるため、書店の店主は愛国的でないとされた書物を店の裏に密かに集めたのだ。そこには『ドラえもん』も並んでいた。

「自分も日本の漫画、アニメで育っています。同世代はみんなそうです。『ドラえもん』は昔『叮(口當、ティントン)』と呼ばれていました。でも最近は中国語の当て字の『多拉A夢(トゥオラエイモン)』になってしまいました」

広東語が脅かされる香港ならではの危機感だ。映画は隅々までこうした香港の悪夢に彩られている。すでに十年のうち二年半ほどが経過した現在、この映画の内容は現実になっているのだろうか?

「現実化にはまだ遠いです。この映画の製作期間から現在まで当局からの妨害などもありませんでした。まだ香港には表現の自由があり、声はあげられるのです。ただ、雰囲気的には近づいてきていると感じています。実際に銅鑼湾書店事件が起こり、香港独立運動は存在感を増しています。広東語に関しても、政府は北京語の扱いに以前より比重をおくようにもなりました」

現実に映画が追いつくのは、それこそ悪夢だ。五つの作品の結末はすべて悲劇で終わる。この映画の起点ともいえる雨傘運動自体が、そもそも失敗だったのだろうか?

「目的という意味からいうと失敗だったかもしれません。普通選挙の実現はできませんでした。しかし、香港の将来のことを考える人が増えたことは事実で、雨傘運動の意義はすでに芽生え始めています。だから、将来、歴史的には雨傘運動は成功と解釈されるかもしれないのです」

監督の言葉の通り、各作品は過酷な状況に翻弄されながらも自らのアイデンティティーを決して見失わない香港人の力強さが描かれている。そのことこそ『スターウォーズ』を抑えて興行収入トップとなった所以でもあるのだろう。

映画は7月22日に新ケイズシネマほかで順次公開。初日の7月22日には、伍嘉良監督も来場する予定だ。

小川 善照◎東洋大学大学院修了。社会学修士。フリー記者として週刊誌では事件取材などを担当。『我思うゆえに我あり 死刑囚・山地悠紀夫の二度の殺人』で2008年に小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。他に共著の『ノーモア 立川明日香』。雨傘運動以降、香港問題に関心をよせている。

Forbes JAPAN 編集部