「NHKのタイムマシン」というアプリを作りました。これは、NHKが所有するアーカイブ映像の中に入って、まるで過去にタイムトラベルしたような感覚を味わえるというアプリです。

あの映画「フォレストガンプ」でトム・ハンクス扮するフォレストが、ケネディ大統領と面会したり、ピンポン外交をやったり、ジョン・レノンと共演したり、「あぁ、こんな昔のアメリカの歴史まったく知らないのに、なんでだろう、今ものすごくワクワクしてるっ!!」と興奮してから20年数年あまり。とうとう作ることができたよ、16歳だったあの頃の僕…(涙)

いや、すいません。涙はぜんぜん流していないんですけど、けっこうワクワクできるアプリが作れたと思っています。

というのも、やっぱり「昔の映像に入ってみたい」って古今東西を問わず、多くの人が一度くらいは夢見たことがあるんじゃないかと思うんです。で、NHKにはその手の「入りたくなる」映像がむちゃくちゃあるわけです。あの事件の決定的瞬間とか、あのスポーツの感動の現場とか、今はもう亡くなってしまったあの有名人の生前の姿とか。その映像の中に自分が入れたら、もうそれだけで絶対に面白いだろうし、なによりNHKの映像資産をフルに活用できるよねってことで企画しました。

ちなみにこのアプリは、イベントでの使用を想定したアプリです。使い方は簡単。まず、アプリをダウンロードする(もちろん無料です。NHKなんで)。そして、特設ブースにスマホを持っていき、そこでアプリを起動して、自分が行きたい時代と場所を選択。音声ガイドに従ってポーズをとると、あっという間に過去にタイムトラベルした動画が生成されます。

その動画はスマホに保存することが可能で、ツイッターやフェイスブックなどのSNSなどにも自由に投稿することができます。なかなかいいと思いませんか?(自画自賛)

今回、そんな夢のタイムマシンアプリの第一弾として選んだ舞台は「広島」でした。コンセプトは「戦前の美しい広島に行こう」。原爆投下前の美しい広島の街並みにタイムトラベルできるという企画です。

えっ、他にもいい感じのアーカイブ映像はあるだろうに、なんでまた広島なの? と思われるかもしれませんが、そもそもこの企画が生まれたきっかけは、去年の秋頃にNHK広島放送局の田中意澄プロデューサーからある相談を受けていたからなんです。それは「原爆の歴史や記憶をテレビ以外の方法でも届けられないか」というものでした。

NHK広島放送局にとって、原爆の歴史を伝えるということはとてつもなく重く、大切で、特別な意味を持っています。これまで、たくさんの証言を掘り起こし、新事実を明らかにし、時にスクープ映像もおさめながら、さまざまな角度から原爆の歴史を伝え続けてきました。

しかし、戦後70年が過ぎる中で証言者の高齢化も進み、原爆や戦争の記憶を伝える手段の幅がどんどん狭くなってきていると言います。さらに若者のテレビ離れはもちろん深刻で、どれだけ自分たちが大事だと思って番組を作っても、広島の若者にすら情報が届きにくくなっていると感じると言うのです。

うーむ、これはめちゃくちゃハードルの高いお題です。どうしたものか…と悩んでいるときに出会ったのが、「スマートクロマキーエンジン」(DigiBook社)の技術でした。テレビの世界では昔からあるクロマキー合成技術をスマートフォンで可能にしたこの技術を使って、NHKならではの「タイムマシンアプリ」を作ろう!これはきっと、これまでとはまったく違う、新しい可能性が拓けるぞと瞬間的に思いました。

スマホを使って、誰でも簡単に映像のタイムトラベルができれば、それは若者にとってもきっとワクワクする体験になるでしょう。

もしフォレストガンプを見て興奮していた16歳の自分がこのアプリに触れたとしたら、「戦前の広島に行ってきた!」とか「90年前の広島なう」とか言って、ワクワクしながらSNSに動画を投稿したんじゃないか…単なる都合のいい妄想ですけど、こうしたワクワク感はとっても大事だと思うんです。

僕はユーザーが動いてくれるときに必要なのは、理屈よりも、言葉にならない”衝動”だと思っています。

もし若者たちに、戦争や原爆のことを伝えよう、伝えようと思っても伝わらないのだとしたら、もっと衝動的に「あ、これ面白そう!」とか「これならやってみてもいいかも!」と感じて、彼らの方から近づいてきてもらえるものを作るしかないよなぁと考えていました。そして、このタイムマシンアプリならば、それが実現できるんじゃないかと思ったのです。

とは言うものの、あたりまえですが、このアプリで「戦争や原爆の歴史が若い人たちに継承される」なんてことは考えませんでした。せいぜい広島の街や歴史について、”気になるきっかけ”を作ることくらいしかできないだろうし、それで十分だと思っていました。でも、ほんのちょっとでも気になって、わずかでも心にひっかかることによって、自分がタイムトラベルしたその場所や時代に少しでも思いをはせてくれたらいいなぁとは、密かに願ってはいましたけども。

さて、アプリの狙いが定まったところで、肝心かなめの映像収集に取り掛かることになりました。NHK広島局の映像保管庫や、広島局が独自につながりを持っている映像の収集家にあたると、戦前の広島の町並みが記録された動画が次々に見つかりました。そして、その映像がどれもいいんですよね。去年大ヒットした映画「この世界の片隅に」で主人公のすずさんたちが生きていた世界が、ちゃんと記録されて残っているんです。

自分の無知をさらすようで恥ずかしいのですが、僕のイメージする広島の街は原爆投下後の荒涼とした風景であり、今の原爆ドームくらいのものでした。だから余計にそう思ったのかもしれませんが、古い映像の中の広島の風景は、とても瑞々しくて、見ていて本当に気持ちがいいものでした。

そんな素敵なアーカイブ映像の中から、撮影した場所や時代が特定できるもの、映像の権利がクリアできるもの、合成したときに映像がなじませやすいもの、広島市民にとってなじみのある場所、そして原爆の歴史を語る上で重要な場所…といったいくつかの条件に照らし合わせて、最終的には次の4つの場所にタイムトラベルできるようにしました。

1. 1926年の産業奨励館(今の原爆ドーム)
2. 1926年の本通り(今も昔も広島市随一の商店街)
3. 1933年の相生橋(原爆投下の目標地点にされたといわれた橋)
4. 1933年の中島町界隈(今の平和記念公園あたり)

ユーザーはアプリを使って、この4つの場所から好きなところを選び、自分だけのオリジナルタイムトラベルムービーを作ることができます。できあがるムービーは、「現在の場所(たとえば原爆ドーム)に合成された自分の映像」からはじまり、「広島の歴史(オバマ大統領の来県、広島カープ優勝、山陽新幹線開通、原爆投下などが流れる)タイムトンネル」をくぐりぬけ、「過去の場所(1926年の産業奨励館)に合成された自分の映像」で終わるという30秒ほどの構成になっています。

単純に過去の動画に入れるということでもよかったのですが、今と昔をつなぎ、タイムトンネルの映像を見てもらうことで、今自分たちが立っているこの場所が様々な悲しみや喜びの上に立っていることをなんとなくでも感じてもらえたらいいなと思い、こういう映像構成にしました。

そして、7月22日。イベントブースを市内3か所に設置し、タイムマシンアプリはスタートしました。僕はお客さんの呼び込みをやったのですが、「90年前の広島にタイムトラベルできるんですけど…」と言って、自分のタイムトラベルムービーを見せると・・・すごいウケました。そして、実際体験してもらうと・・・みんな超笑顔、そしてときに爆笑。

普段自分たちがよく知っている場所だけに、80年、90年前のまったく別世界と思えるような動画に入るとテンションがあがるみたいです。土曜日だったので、たくさんの小学生や中学生の友達同士、親子連れ、カップル、10〜20代の若者を中心に1日で300人近いユーザーがアプリを楽しんで使ってくれました。あぁ、作ってよかったなぁと思っていたとき、60代くらいの一人の女性から声をかけられました。

「これって、何やっているの?」。少し険しい表情で聞く女性は、広島の郷土史を研究しているとのこと。「戦前の広島の街並みにタイムトラベルできるんですけど…」と説明すると、女性は「こういうのって、不謹慎よね」と言いました。

僕は心臓をぎゅっとつかまれるような思いがしました。というのも僕たちプロジェクトチームがこの企画を進めるうえで一番気にしていたのが、まさにこの「不謹慎かどうか」ということだったからです。

何度も言うように、タイムマシンアプリは、エンターテインメントを入口にしています。それは意識的にそうしているわけですが、原爆といったテーマを扱う際、このエンターテインメント性そのものが絶対に許されないものなのではないかという不安は強くありました。

もちろん僕たちは、少しでも若い人たちが原爆のことに思いをはせるきっかけを作りたいということでやっているわけですが、やはり広島に生まれ、広島に暮らす人たちからすれば、そう単純に割り切れるものではない…という議論は広島局のディレクター、プロデューサーとはずっとしてきていました。

ですから僕たちは、アプリができあがっても、すぐに市場にリリースせずに、小学生から大学生まで60人ほどの若者を集め事前体験会を開いて感触を確かめたり、地元メディアの記者さんやライターさん、被爆者や被爆3世の方々にもアプリを使ってもらい、意見を求めたりしてきました。

若い人たちからはおおむね好評で「原爆ドームってあんなにきれいだったんだ」「学校ではぼろぼろの広島の街の写真しか見たことなかったからうれしかった」「原爆落ちる前は栄えとったというのは聞いていたけど、ここまでとは思ってなかった」という意見などが聞かれました。

80代になる被爆者の方にも「あまり暗くて重たいものじゃない、こういう映像なら子どもたちが見て、あぁそうだったのかとか、タイムスリップしながら話をしてもらえるんじゃないかな」と言ってもらえて、チーム一同胸をなでおろしたりもしました。ですが、どれだけの数の人に体験してもらっても、どれだけ僕たちにとって耳当たりのいい言葉を聞いても、不安をぬぐうことはできませんでした。

だから、「こういうのって、不謹慎よね」という女性の言葉を聞いて、僕は激しく動揺したわけです。でも、そのあとに女性はこう言ったのです。

「一見不謹慎やけど、これが大切よね。昔、ここに街があった。人が住んどった。そういうことはみんな知らんもんね」

そして、女性は僕のスマホに流れる1926年の産業奨励館の動画を見ながら、自分の母親のことを話してくれました。

「これは産業奨励館でしょ。母たちはよくここに忍び込んで、鉄の手すりで鉄棒しよったって、よく話していたわ」ところころと笑うのです。

「こういう映像があるから、こんな話ができるのよねぇ」と言う女性に、僕は「アプリを体験していかれませんか?」と聞きました。「私はいいわ」と言って、女性は立ち去りました。女性の話では「母親は被爆した」とのことでした。それ以上の詳しい話はしていません。たった数分の短いやりとりでしたが、僕には女性の言葉の一つ一つがものすごく深く心に残りました。

その後も、広島生まれ、広島育ちのアプリのプロジェクトメンバーが、自分のSNSアカウントに投稿したタイムトラベルムービーに対して「不適切ではないか」というコメントが寄せられ、削除するということもありました。何が適切で、何が不適切なのか、それはとても難しい問題だと改めて思わされました。

アプリのブースは8月15日まで、広島市内に出し続けます。毎日、数百人のユーザーがこのアプリを使って、戦前の美しい広島の街にタイムトラベルしています。いろいろ考えちゃうことはありますが、それでも僕はやっぱり、楽しく、ワクワクしながらタイムトラベルしてもらえたらいいなぁと思います。その先に何を思うのか、何に思いをはせるのかは、ユーザーの自由です。

最後に、このアプリを紹介した番組のゲスト、タレントで現役の高校生でもある春名風花さん(はるかぜちゃん)の言葉を紹介しておきますね。

「(アプリを体験してみて)ワクワクしたというのを言うか、言わないか迷ったんです。でもやっぱり過去に戻るっていうのは楽しいことで…だから、そう感じてしまう自分に”違和感”を感じるっていうことが、一番大切なことなのかなって思いました」

小国 士朗