農家の経験頼みだった肥料や農薬量を、ICT農機が自動的に弾き出す。生産力や生育状況の「見える化」が、高齢化で窮地の日本の農業の景色を塗り替える。

白鷲が一羽、少し遠くの方で餌を優雅についばんでいる。梅雨の晴れ間が空に広がった6月末のある日、千葉県木更津市郊外の田園地帯では、朝露に濡れた稲の株が、太陽の光を受けて一斉に青々と光っていた。

この圃場(ほじょう)にヤンマーヘリ&アグリの数名の担当者が到着したのは、徐々に気温が上がり始めた午前9時前のことだった。彼らが農道に停めた車の荷室から黒いドローンを取り出すと、周囲で様子を見ていた関係者の間で軽くどよめきが起こる。

近くの同社事務所から来た担当者の斎藤修が言った。

「今日はこのドローンを飛ばして、22町歩分の圃場をセンシングしていきます」

彼らが行おうとしているのは、その言葉通りドローンによる圃場の調査である。今年4月から同社がコニカミノルタと共同で事業化したサービスで、空から撮影した画像を分析して圃場の土壌や育成の状況を把握するものだ。

操縦の担当者が本体のスイッチを押すと、8枚のプロペラが蜂の羽音のような音を立て始めた。静かな田園地帯にドローンが飛び上がり、圃場の上空を往復し始める。その音に驚いたのか、先ほどの白鷲が大きく羽ばたき、広々とした水田の上を低空で飛んでいった。

「このドローンにはコニカミノルタが開発したカメラが付いていて、田んぼの一枚一枚をセンシングして葉色マップ化できるんです。分かるのは稲の葉色や茎数、窒素の吸収量。それらのデータを分析することで、稲の生育具合と品質に関係するタンパク質の含有量を割り出す仕組みです」

撮影されたデータはすぐにコニカミノルタへ送られ、5日以内に依頼主である農家に結果が報告される。それから2、3日後、農家はマップをもとに生育の悪い箇所に肥料を足す「追肥作業」を行う。その際も肥料散布用の無人ヘリが使用され、圃場の上を飛ぶだけで自動的に肥料の濃淡が調節されるという。

「ドローンは30メートルの高度を保って、幅15メートルずつを3センチメートル角で圃場を測定していきます。測定する時期は稲の品種によって異なりますが、出穂する25日ほど前に行います」

コニカミノルタとヤンマーヘリ&アグリがこのサービスの実証実験を開始したのは、いまから遡ること3年前の2014年のことだ。

実験は農水省のプロジェクトで、山形県の大規模農園「鶴岡グリーンファーム」で行われた。プロジェクト名は「ISSA山形」。両社は山形大学の農学部と組み、装置や分析手法の研究を3年間にわたって続けた。

両社がこうした共同研究を主導した背景には、日本の農業の抱えるいくつかの危機感があった。一つは農家の担い手の減少と60歳以上が80%を超えるという高齢化の問題。もう一つは農地の集約化が進むなかで、一農家が管理する圃場の巨大化にどう対応するかという課題だ。二つの課題は一体のもので、農業者の減少が見込まれるなか、農地の集約化が自ずと進んでいるという現状がある。

事業の責任者の一人で、コニカミノルタ「精密農業チーム」の星野康は話す。

「これまでは一人の農家さんが管理していたのは、せいぜい10圃場くらいのものでした。それが100や200ヘクタールを管理するのが、もはや当たり前の時代になりつつあります。担い手の減少と農地の大規模化に対応する省力化、効率化は、日本の農業における何よりの課題です」

さらに近年の気象条件の変化も相まって、米の収量や品質にばらつきが見られるようになってきたことも、彼らの危機感を大きなものとした。

「篤農家と呼ばれる経験豊富な方々がとりわけ減ってきているんです。気候や環境の変化があっても、以前は彼らが経験や知識、勘によって圃場の状況や作物の色、雑草の様子を判断し、肥料を見極めていた。それをできる人たちが少なくなり、経験と技能伝承ができなくなっている」

センシングは、そうした篤農家の目と脳の代わりになる技術だ、と話す。

農家の悲願だった「ばらつき」の把握

しかし、農機具メーカーのヤンマー・グループはともかく、電気機器メーカーのコニカミノルタはなぜ、農業事業に対して強い関心を抱いていたのだろうか。

実は同社の製品と農業には、20年来の深い関係がある。

日本の米作農家では稲の生育状況を調べる際、コニカミノルタ製のSPADという測定器が標準的な機器として使用されている。SPADはポケットにも入る小型の機械で、植物の葉をセンサーに挟みこむことで、そこに含まれる緑葉素量を計測できるものだ。例えば前述の出穂前の時期の水田では、営農指導員が畔あぜに座り込み、稲の育ち具合を調べている様子が見られるはずである。

ただ、圃場で一株ずつ数値を測定するSPADには、土壌の状態を判断する上で精度の限界があった。仮に30アールの広さの水田について考えてみても、そこで育つ稲の数は約6万株に上る。従来の測定のやり方では、圃場ごとに10〜20株の数値を調べ、その平均値で土壌の大まかな良し悪しを判断するしかなかったわけだ。

「圃場というのは一つひとつの中にもばらつきがあるんです。そこに肥料を均一に撒いてしまうと、米の出来不出来が生じてしまう。空中からのセンシングの最も大きな役割は、これまで”点”で把握していた圃場の状態を、”面”で『見える化』することにあります」
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農機のICT化がもたらす3C構想 (1)田植え前には土地が持つ作物を育てる能力、田植え後には生育状況を診断し、面データを作成。(2)面データに基づき、場所ごとに最適な基肥の量を指示。(3)生育状況などのフィードバック。(4)生育診断に基づいた、最適な追肥量を指示。雑草が生えている場所を狙った農薬散布。

この「面による圃場の見える化」を可能にしたのは、数年前にコニカミノルタが開発した「IRカラーカメラ」と呼ばれる技術だ。もともとは自動車向けのセンサーとして開発されたもので、近赤外光を取り込みながらフルカラーで映像を撮影できる。

「この技術を開発後、しばらくしてNDVI(光の反射率でSPADと同等の測定を行う植生評価の計算式)という概念を知り、農業分野に応用できないかという話になったんです」と星野は振り返る。そうして山形大学の土壌の専門家・藤井弘志教授に技術的な意見を求めたことが、ISSA山形というプロジェクトへとつながった。

光学技術に強い関心を示したのが、実際に農業の現場で生産者と接しているヤンマーヘリ&アグリだった。同じくセンシング事業の責任者で、同社の常務取締役・技術サービス部担当の長田真陽は語る。

「これまでのSPADによる調査では、追肥が必要な圃場が見つかっても、均一に肥料を撒くしかありませんでした。対して圃場全体の生育状況が細かく分かれば、良い所には肥料を少なく、悪い所には多くという『可変追肥』を効率的に行える。いわば、圃場内のばらつきを把握することは、農家の悲願であったんです」

また、圃場内の良し悪しを可視化したマップやデータは、「追肥」だけではなく翌年に向けての土壌改良にも活用できる。

「上空からのセンシングは血液検査のようなもの。悪い箇所が分かりさえすれば、農家は様々な打つ手を持っているものです」

サブソイラー(心土破砕機)で上下の土を入れ替えるというのも一例。データを活用した本質的な処方を施し、データをもとに生産性の高い安定した農地をつくることができるというわけだ。

ドローンが可能にした正確なセンシング

ヤンマーヘリ&アグリにはすでに無人ヘリによる農薬散布の実績があり、全国の42パーセントの農家が無人ヘリを散布の際に使用していた。その無人ヘリにカメラを取り付けることができれば、同じ割合の圃場を「見える化」できるはずだ──。

長田はそのアイデアを思いついたとき、上空からのセンシングの持つ可能性の大きさに胸が躍ったと回想する。

「100メートル四方といった大きな圃場が当たり前になると、稲が育てば水田の中に人は入れませんから、どうしたって人間の目では全体を把握できなくなります。その意味でも集約化が進めば進むほど、上空から圃場を『見える化』するニーズは強まっていく」

ただ、同社には光学カメラの技術がない。「(コニカミノルタから)SPADでの測定をカメラによって”面”でできるようになる、と聞いたときのインパクトは強かったです。これは間違いなく日本の農業を変える力になる、とすぐさま思いましたね」

当初、長田が思い描いていたのは、無人ヘリでセンシングを行いながら同時に肥料を撒くという大胆なものだった。だが、センシングを正確に行うためには、稲が垂直に立っていることが条件だ。無人ヘリではプロペラによる下降気流で稲穂が倒れてしまい、データを取得するのが難しかった。そこで彼らはドローンの使用に舵を切り、「撮影はドローン、追肥は無人ヘリ」という現在の形に落ち着くことになったという。

星野が話す。

「実用化を確信したのは実験開始から2年後、試行錯誤していた入射光の補正技術が確立され、センシングのデータとSPADのデータに相関が取れるようになった時です。二つのデータがきれいに一直線上に並んだグラフを見た際は、『これでいける!』と思いましたよ」

「経験」がなくても農業ができる時代に

実際に圃場でのセンシングの結果に基づいて可変追肥を行うと、目に見えて大きな効果があった。土壌が適切に改善されたことで、同量の肥料と10メートル四方あたりの収量は7俵から11俵へ増加。ブランド米の「はえぬき」でも、6俵から10俵へ収穫量が増えた。さらに品質の指標であるタンパク質含有量についても、有意差のある効果が認められた。

「SPADでは10株の測定に30分の時間が必要でしたが、ドローンでは30アールを約1分で撮影できます。追肥作業も重い動力散布機を背負って行っていましたが、その重労働からも解放される。農家の方々の負担は相当に軽減されます」(星野)

また、二人が口を揃えて強調するのは、こうしたドローンによる圃場のセンシングが将来、農業の風景やイメージを一変させるきっかけになるということだった。

「追肥の他にも、サーマルカメラを使って稲穂の発熱を調べれば、病気をいち早く発見したり、刈り取り時期を判断したりもできるようになる。もちろん米作以外にも応用していく。そうして我々が最終的に考えているのは、農業を3C=『クリーン、カンファタブル、クレバー』という仕事へと変えていくことなんです」

そのカギとなるのが農機具のICT化だ。すでにヤンマーには農機をアンテナと通信端末を通して管理し、作業記録をクラウド管理するソリューションサービスがある。空からの情報と農機に取り付けたセンサーのデータ。それらをフィードバックし合うことで、さらなる効率化・省力化のアイデアも生み出されてくるだろう。

「経験豊富な農家の減少によって知識と勘が伝承され難い現状では、若手が就農しても経験不足から成果が出せず、結局はやめてしまう事例も多い。しかし、こうした精密農業の技術がより進むと、たとえ知識がなくても意欲と経営センスさえあれば、きちんと農業に進出できる仕組みができるはず。オフィスにいながらタブレットで農地の全てを管理し、ボタン一つで全ての作業が自動運転の農機で進められる-そんな未来もそう遠くはないと考えています」

Forbes JAPAN 編集部